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東北大、Muse細胞を用いて脳梗塞動物モデルの失われた神経機能の回復に成功

2015-10-08

Muse細胞がもたらす医療革新
‐動物モデルにおいて脳梗塞で失われた機能の回復に成功‐


【研究概要】
 東北大学大学院医学系研究科の出澤真理(でざわまり)教授と冨永悌二(とみながていじ)教授らのグループは、ヒト皮膚由来多能性幹細胞(Muse細胞)を用いて脳梗塞動物モデルの失われた神経機能の回復に成功しました。Muse細胞は生体内に存在する自然の多能性幹細胞です。ヒト皮膚由来Muse細胞を脳梗塞のモデル動物(ラット)に移植したところ、梗塞部位に生着して自発的に神経に分化し、さらに大脳皮質から脊髄までの運動・知覚回路網を再構築しました。脳梗塞で失われた運動・知覚機能の回復は約3ヶ月後も維持され、腫瘍形成は見られませんでした。Muse細胞は自然の多能性幹細胞であり、遺伝子導入で多能性を持たせる必要が無いので腫瘍形成の可能性が極めて低いと考えられます。また今回の結果から移植前の神経への分化誘導も必要としないことが分かりました。したがって、成人皮膚・骨髄などからMuse細胞を採取し、細胞をそのまま投与するという簡潔な操作で治療を行うことが可能です。Muse細胞による治療は、脳梗塞に対して細胞移植による機能回復という根本治療を提供するのみならず、再生医療を特別な治療から一般的な治療へと変える革新を起こすと期待されます。本研究結果は、9月21日に米国学術誌Stem Cellsに掲載されました。本研究はNEDO機能代替プロジェクトの支援を受けて行われました。


【研究のポイント】
 ・脳梗塞ラットにおいて、ヒトMuse細胞は神経分化、錐体路・知覚回路網の再形成、運動・知覚機能の回復をもたらした。
 ・生体内におけるヒトMuse細胞の神経分化は外来遺伝子導入などの操作によるものではなく、梗塞脳の微小環境に応じて自発的になされた。
 ・ヒトMuse細胞の生着と機能回復は約3ヶ月間という長期間にわたって維持されていた。
 ・腫瘍形成はみられなかった。
 ・Muse細胞移植は脳梗塞に対する根本的治療となりうる。
 ・ヒトへの臨床応用では迅速かつ低コストでの治療法となる可能性が高い。


【研究背景】
・脳梗塞と細胞治療の現状
 脳梗塞は高齢化に伴い増加しており、年間医療費が1兆円を超えている。新規薬剤開発や血管内治療の発展した現在でも、完成した脳梗塞への根本的な治療手段はなく、後遺障害や寝たきり患者の増大が社会問題になっている。このような社会状況の中で、細胞治療は脳梗塞への新規治療として期待され、主に骨髄から分離した細胞を用いた臨床試験が行われている。骨髄から分離した間葉系幹細胞や単核球を脳梗塞後に移植した数々の臨床試験では、細胞治療の安全性は示されているが、未だ治療効果は限定的である。そこで私たちは他の幹細胞には見られない特徴を持つMuse細胞に着目し、脳梗塞の新規細胞治療開発に着手した。

Muse細胞の持つ特徴
 Muse細胞は骨髄・皮膚などの生体組織に存在する腫瘍性を持たない多能性幹細胞(注1)である(図1.Kuroda et al.PNAS,2010)。これまで、肝細胞、筋肉、神経、グリア細胞、皮膚色素細胞(メラノサイト)、表皮、血管などへの三胚葉全てに渡る多様な細胞への分化が複数のグループによって報告されている(Kuroda et al.PNAS,2010;Tsuchiyama et al.J Invest Dermatol,2013;Heneidi et al.Plos One 2013;Kinoshita et al,Stem Cell Transl med,2015;Yamauchi et al,Plos One 2015)。特に、メラノサイトに関しては、2015年1月にDSファーマバイオメディカル社によりヒト有色皮膚3次元培養の製造販売が開始されている。

 ※図1は添付の関連資料を参照

 これまでの研究で、Muse細胞には他の多能性幹細胞には見られない性質が備わっていることが分かってきている。

 1)高い治療効果(根本治療となる可能性)
  ・血管投与により傷害臓器に遊走・生着し、集積する。
  ・生着した組織に応じた細胞に自発的に分化する。生体内での分化において遺伝子導入などの操作を必要としない。
  ・ドナー由来の他家移植が可能である。
  ・長期にわたり再生修復効果が維持される。

 2)高い安全性
  ・生体由来の幹細胞であり、腫瘍化のリスクが低い。多能性を持たせるために遺伝子導入は必要としない。
  ・年間1000例以上行われている移植骨髄中にも含まれており、安全性に関連するデータが集積されている。

 3)容易な細胞調整(特別な治療から一般的治療となる可能性)
  ・骨髄、脂肪、臍帯や市販の培養細胞(線維芽細胞)から分離できる。
  ・線維芽細胞と同程度の増殖力を持ち、細胞数確保は可能。
  ・移植前のcell processing centerでの分化誘導を必要としない。


【研究内容】
1.実験方法
 成体ラットの中大脳動脈の虚血再灌流(注2)により脳梗塞を作成した。ヒト皮膚由来線維芽細胞から、多能性幹細胞マーカーSSEA−3(注3)を用いて、その陽性細胞であるMuse細胞を採取し、陰性細胞をnon−Muse細胞として採取した。それぞれを1万細胞ずつ、脳内の3カ所に打込み、合計3万細胞を移植した(図2)。non−Muse細胞移植の他に同量のバッファー投与例も対照とした。

 ※図2は添付の関連資料を参照

2.Muse細胞の梗塞部位への生着と分化
 ヒトMuse細胞は梗塞部に生着すると3日で神経細胞様の形態に変化し(図3B)、神経前駆細胞マーカー(NeuroD)を発現していていた(図3C,E)。7日目では、神経様に分化したMuse細胞同士がネットワーク状につながり成熟マーカー(MAP2およびNeuN)を発現した(図3D,E)

 ※図3は添付の関連資料を参照

3.移植細胞の生存
 約3ヶ月後(84日)の脳内では細胞を移植した付近に多くのMuse細胞(図4、緑の蛍光で標識)がラット脳内で残存している。一方、non−Muse細胞はほとんど残っていない。また、3ヶ月後においても、腫瘍形成は認められていない。

 ※図4は添付の関連資料を参照

4.Muse細胞の神経分化
 ヒトMuse細胞は生着後自発的に神経系に分化していた。すなわち、約3ヶ月後に脳内に残っていたヒトMuse細胞(図5、緑)の〜65%は成熟神経(NeuN陽性)に分化し、〜25%はグリア細胞であるオリゴデンドロサイトに分化していた。

 ※図5は添付の関連資料を参照

5.機能回復
 1)mNSS(注4)とRotarod(注5)による評価
  運動・知覚機能を評価するmNSSスコアと運動機能を評価するrotarodをみると、Muse群では時間を追ってすこしずつ回復しているが、2ヶ月半を過ぎた時点から急速に回復が見られ、コントロール2群と比べて統計的有意差が認められた(図6)。2ヶ月半を過ぎた時点での急速な機能回復は、細胞の生着、神経への分化、神経線維のターゲットまでの伸長、シナプス再形成といった一連の組織再建に2ヶ月半の時間を要した結果と推定される。

 ※図6は添付の関連資料を参照

 2)錐体路の再建
  運動系は大脳皮質の運動野を基点として錐体路といわれる脳―脊髄内の経路によって構成されるが、脳梗塞では運動野の神経が脱落するため機能障害となる。ヒトMuse細胞はラット運動野に生着し、自発的に分化して神経線維を脊髄まで伸ばし、錐体路(注6)を再建する能力があることが認められた(図7)。

 ※図7は添付の関連資料を参照

 3)知覚回路網の再建
  知覚経路は四肢などの末梢からの知覚が脊髄に入り、大脳の知覚野の神経に信号が送られて認識されるが、脳梗塞では知覚野の神経が脱落するために知覚障害が起きる。ヒトMuse細胞はラット知覚野で神経に自発的に分化し、送られてきた知覚刺激を受け取るシナプスを再形成した。実際に足の筋肉を電気刺激すると、送られてきた知覚信号を受けて発火し、活動電位(注7)を出して興奮する機能性を持つことが認められた(図8)。

 ※図8は添付の関連資料を参照


【今後の展望】
・橋渡し事業と脳梗塞患者への移植の見通し
 脳梗塞にはいくつかの種類があり、結果として生じる障害はさまざまである。今後の臨床応用の最初の段階として、比較的小さな脳梗塞が、単純構造の部位で生じ、かつ高度の症状(麻痺)を呈するタイプの脳梗塞である「深部白質梗塞」に対してMuse細胞を用いた治療を開発する。Muse細胞自家移植による深部白質梗塞治療は、AMEDの橋渡し研究加速ネットワークプログラムのシーズとして採択されており、3年以内に前臨床試験を終了し、臨床応用に移行することを目標としている。その後は対象となる脳梗塞の種類の拡大や、他家移植製剤の開発により、治療の汎化を視野に入れている。

 ※参考画像は添付の関連資料を参照

・脳梗塞を適応とした事業化の見通し
 脳梗塞を適応としたMuse細胞製剤の事業化については、Muse細胞に関する独占的実施権を有する株式会社Clioが担当することになるが、時期等については現時点では未定である。また、Muse細胞を用いた脳梗塞治療に関する特許は東北大学とClio社により共同出願されている。


【用語説明】
 注1.多能性幹細胞:生体は発生学的に3胚葉(内胚葉、中胚葉、外胚葉)で構成されている。多能性幹細胞は1細胞からこの3系統すべてに分化する能力を持つため、体の多様な組織や細胞に分化できると考えられている。

 注2.虚血再灌流:一時的に血流が停止し、その後に回復すること。ここではラットの中大脳動脈を糸で一時的に閉塞し、一定時間後に血流を回復させた。

 注3.SSEA−3:Stage specific embryonic antigen.3。糖脂質を認識する抗体でありヒトES細胞などの多能性幹細胞に発現する。

 注4.mNSS:Modified neurological severity score。運動、感覚、バランスおよび反応試験を複合した統合的な神経機能評価スコア。正常が0点、最大の神経機能欠損が18点で表される。

 注5.Rotarod:運動機能検査の一種。回転するロータからラットが落下するまでの時間を記録する。脳梗塞導入前の測定を基準スコアとし、得られた結果を基準スコアで割って%表示とした。

 注6.錐体路:中枢神経系(脳と脊髄)にある神経伝導路(伝導路)のひとつで、筋の運動をおこす指令を、大脳皮質から脳幹や脊髄の決まった場所に伝える回路網。

 注7.活動電位:刺激に応じて細胞膜に生じる一過性の膜電位の変化で、神経細胞の活動性を示す。


【論文題目】
 Transplantation of unique subpopulation of fibroblasts,Muse cells,ameliorates experimental stroke possibly via robust neuronal differentiation.

 Uchida H,Morita T,Niizuma K,Kushida Y,Kuroda Y,Wakao S,Sakata H,Matsuzaka Y,Mushiake H,Tominaga T,Borlongan CV,Dezawa M.

 Stem Cells.2015 Sep 21.doi:10.1002/stem.2206.[Epub ahead of print]PMID:26388204

 (日本語訳)線維芽細胞に含まれる特異的な細胞集団 Muse細胞の移植は確固とした神経分化を介して実験的脳梗塞を改善させる。



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