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京大と宮崎大と東大など、成人T細胞白血病リンパ腫における遺伝子異常を解明

2015-10-08

成人T細胞白血病リンパ腫における遺伝子異常の解明


■概要
 成人T細胞白血病・リンパ腫(adult T−cell leukemia lymphoma:ATL)は、日本を主要な流行地域の一つとするヒトT細胞白血病ウイルス1型(human T−cell leukemia virus type−1:HTLV−1)感染によって生じる極めて悪性度の高い血液がんの一つです。乳児期にHTLV−1ウイルスに感染したT細胞に、数十年間にわたってさまざまな遺伝子の変化が生ずることによってATLの発症に至ると考えられていますが、従来こうした遺伝子の変異については多くが不明のままでした。

 今回、京都大学大学院医学研究科 腫瘍生物学 小川誠司 教授、宮崎大学医学部 内科学講座消化器血液学分野(第二内科)下田和哉 教授、東京大学医科学研究所附属ヒトゲノム解析センター 宮野悟 教授、国立がん研究センター研究所 がんゲノミクス研究分野 柴田龍弘 分野長、京都大学ウイルス研究所 ウイルス制御研究領域 松岡雅雄 教授、東京大学大学院新領域創成科学研究科 メディカルゲノム専攻 渡邉俊樹 教授を中心とする研究チームは、約400例のATL症例の大規模な遺伝子解析を行い、ATLの遺伝子異常の全貌を解明することに成功しました。本研究では、全エクソン解析・全ゲノム解析・トランスクリプトーム解析などの次世代シーケンサーを用いた解析およびマイクロアレイを用いたコピー数異常やDNAメチル化の解析を組み合わせて、さまざまな遺伝子の異常を包括的に明らかにしました。この大規模なデータ解析は、東京大学医科学研究所附属ヒトゲノム解析センターと共同でスーパーコンピュータ「京」を利用することにより可能となりました。

 今回の研究の主な成果は以下の点です。
 [1]最先端の遺伝子解析手法とスーパーコンピューティングを用いた統合的な解析によって、これまで同定されていなかった多数の新規の異常を含むATLの遺伝子異常の全体像の解明に成功しました。
 [2]今回同定された異常は、PLCG1、PRKCB、CARD11、VAV1、IRF4、FYN、CCR4、CCR7などの機能獲得型変異、CTLA4−CD28、ICOS−CD28などの融合遺伝子、CARD11、IKZF2、TP73などの遺伝子内欠失などからなります。これらの異常は、T細胞受容体シグナルの伝達をはじめとする、T細胞の分化・増殖などのT細胞の機能に深く関わる経路や、がん免疫からの回避に関わる経路に生じており、こうした異常によって正常なT細胞の機能が障害される結果、T細胞のがん化が生じてATLの発症に至ると考えられました。
 [3]特に、ホスホリパーゼCやプロテインキナーゼC、FYNキナーゼ、ケモカイン受容体など、同定された変異分子の多くが新規治療薬剤の開発に向けた有望な標的と考えられました。

 本研究は、ATLについて行われた過去最大規模の遺伝子解析研究です。さまざまな手法を組み合わせることにより包括的にATLの遺伝子異常を明らかにすることに成功しました。本研究の結果は、ATLの病気の仕組みの解明に大きな進展をもたらすのみならず、今後、本疾患を克服するための診断や治療への応用が期待されます。

 本研究は、厚生労働省ならびに2015年度からは日本医療研究開発機構(AMED)の「革新的がん医療実用化研究事業」、科学研究費助成事業 新学術領域研究(22134006)、HPCI戦略プログラム利用研究(hp140230)、国立がん研究センター研究開発費(26−A−6)の支援を受けて行われたもので、その成果は、2015年10月6日付で国際科学誌「Nature Genetics」電子版にて公開されます。


1.背景
 成人T細胞白血病リンパ腫(adult T−cell leukemia lymphoma:ATL、図1)はヒトT細胞白血病ウイルス1型(human T−cell leukemia virus type−1:HTLV−1)の感染によって生じる血液がんの一つです。現在日本だけでも約120万人(全世界で2000万人)が同ウイルスに感染しており(HTLV−1キャリア)、このうち年間1000人程度(生涯で5%)の方がATLを発症すると推定されています。本疾患は極めて悪性度の高いがんで、ひとたび発症すれば既存の抗がん剤では十分な治療効果を得ることが難しく、同種造血幹細胞移植を除いて根治的な治療手段は知られていません。ATLは、乳児期に主として母乳を通じてHTLV−1ウイルスがT細胞に感染したのち、数十年の年月を経て発症に至ります。この間に感染したT細胞に蓄積する「遺伝子の変異」がその本質的な原因になっていると考えられています。従って、本症の克服のためには、その発症に関わるこれらの遺伝子の異常を同定することによってその分子メカニズムを解明し、これに基づいて新たな発症予測の方法や有効な治療薬剤の開発を行うことが重要となります。しかし、従来こうしたATLの発症に関わる遺伝子の異常については多くが不明のままでした。

 ※図1は添付の関連資料を参照


2.研究方法と結果
 <次世代シーケンサーとスーパーコンピュータによる塩基配列の解読>
 今回、主に国内7施設・グループ(宮崎大学、国立がん研究センター、HTLV−1感染者コホート共同研究班、熊本大学、京都大学、長崎大学、佐世保市立総合病院)から合計426例のATLの検体を採取し、京都大学にて包括的な遺伝子解析を行いました。今回の研究では、全エクソン解析・全ゲノム解析・トランスクリプトーム解析などの次世代シーケンサーを用いた解析およびマイクロアレイを用いたコピー数異常やDNAメチル化の解析を組み合わせて、さまざまな遺伝子の異常を網羅的に明らかにしました。この大規模なデータ解析は、東京大学医科学研究所附属ヒトゲノム解析センターと共同でスーパーコンピュータ「京」を利用することにより可能となりました。

 <ATLにおける遺伝子異常の全体像>
 81例の全エクソン解析および48例の全ゲノム解析にてATLに特徴的な遺伝子変異を同定し、それらの変異を対象として370例に対して標的シーケンスを行い、ATLにおいて計50個の遺伝子に有意に変異が認められることを明らかにしました。これらの遺伝子の多くはATLにおいて初めて変異が報告される遺伝子であり、13個の遺伝子は10%以上の症例に変異を認めました。次に、426例を対象としてマイクロアレイを用いたコピー数解析を行い、計26個のゲノム欠失領域および計50個のゲノム増幅領域を同定し、その多くで原因となる遺伝子を同定しました。これらの遺伝子変異とコピー数異常を合わせると、ATLの98%の症例に少なくとも一つの遺伝子異常を認めました(図2)。

 ※図2は添付の関連資料を参照


 <T細胞受容体シグナリング/NF−κB経路への遺伝子異常の集積>
 本研究の解析の結果、ATLにおける遺伝子異常の最も顕著な特徴は、T細胞受容体シグナリング/NF−κB経路に遺伝子異常が高度に集積することであることが明らかになりました(図3)。全体の90%以上を超える症例にこの経路の少なくとも一つの遺伝子異常を認め、この経路の異常がATLの病態において中心的な役割を果たすことが示唆されました。中でも、PLCG1(36%)、PRKCB(33%)、CARD11(24%)、VAV1(18%)、IRF4(14%)、FYN(4%)変異などの機能獲得型変異(遺伝子の機能が亢進する、あるいは新たな機能を獲得するタイプの変異)が多数認められることが特徴と考えられました(図4)。この中でもPRKCB変異はプロテインキナーゼCファミリーというがんにおいて大変重要な機能を持つタンパク群で初めて同定された機能獲得型変異でありました。最も頻度が多かったPRKCB D427N変異を用いた、機能を検証する実験においても、この変異によりNF−κB経路が活性化することが明らかにされました。さらに、このPRKCB変異はCARD11変異と共存することが多いこと、両者は機能的にも協調してNF−κB経路を活性化することが明らかになりました。

 ※図3・4は添付の関連資料を参照


 <B7/CD28共刺激経路の異常>
 57例のRNAシーケンスおよび追加のスクリーニングの結果、約7%の症例にCTLA4−CD28またはICOS−CD28融合遺伝子が認められることを明らかにしました(図5)。全ゲノム解析でも同じ部位にタンデム重複(ゲノムの一部の領域が重複して縦列に並ぶ構造異常)を認め、融合遺伝子の原因と考えられました。この融合タンパクは前半部分がCTLA4またはICOS、後半部分がCD28で構成されており、前述のT細胞受容体シグナリングを活性化させるために重要なB7/CD28共刺激経路を増強させると予想されました。この融合遺伝子以外にもCD28には変異や高度増幅を認め、ATLにおける主要な遺伝子異常の標的の一つであると考えられました。

 ※図5は添付の関連資料を参照


 <ケモカイン受容体の活性型変異>
 現在ATLに対して唯一使用可能な分子標的薬(ポテリジオ(R))の標的はCCR4分子です。この分子はケモカイン受容体ファミリーと呼ばれるタンパク群に属しており、細胞の遊走(組織内を移動すること)や腫瘍の浸潤に重要な役割を果たします。本研究では、既に変異が報告されていたCCR4(29%)に加えて、同様の機能を持つCCR7(11%)にも高頻度に分子が途中で切断されるタイプの変異を認めることを明らかにしました(図6)。さらに、CCR4およびCCR7の変異は機能獲得型変異として作用することを明らかにしました。この結果はCCR7もCCR4と同様に有望な創薬ターゲットであることを示しています。

 ※図6は添付の関連資料を参照


 <全ゲノム解析により同定されたスプライシング異常を伴う微小欠失>
 本研究では、全ゲノムシーケンスとスーパーコンピュータを利用した大規模データ解析を用いることにより、これまで発見が困難であったゲノムの構造異常を同定できました。特に、IKZF2(35%)、TP73(10%)、CARD11(8%)遺伝子の特定の部位に集中して起こる欠失(遺伝子内欠失)は特筆すべき発見であります(図7)。これらの遺伝子内欠失はスプライシング異常を引き起こし、ATLの進展に寄与していると考えられます。このような新しいタイプの遺伝子異常の発見はスーパーコンピュータを用いた解析による画期的な成果であり、今後のがん研究全体の進展に寄与することが期待されます。

 ※図7は添付の関連資料を参照


 <ATLにおけるメチル化異常>
 109例のマイクロアレイを用いたDNAメチル化解析の結果、約40%の症例にCpGアイランドと呼ばれる遺伝子発現の制御領域にメチル化の亢進を認めました(CpG island methylator phenotype(CIMP))(図8)。CIMPを呈する症例は、悪性度が高い病型が多く、生存率の低下を認めました。このDNAメチル化の標的となる遺伝子は主要組織適合遺伝子複合体クラス1遺伝子群(免疫反応に必要な抗原を提示する分子であり、腫瘍細胞の拒絶などに関係する)に集積していました。これらの分子(HLA−A、HLA−B)や他の類似の機能を持つ分子(CD58、B2M)には変異や欠失などの他の遺伝子異常も集積しており、がん免疫からの回避に関わる分子群がATLの主要な遺伝子異常の標的であることが示されました。

 ※図8は添付の関連資料を参照


3.まとめと波及効果
 ATLは日本人に多く、現在有効な治療手段が限られていることから、日本がその解明と克服に中心的な役割を担うべき重要な疾患です。本研究は、ATLに関する過去最大の包括的な研究で、本研究を通じてその遺伝学的基盤に全体像が明らかになりました。特に、多数の症例において次世代シーケンサーおよびスーパーコンピュータを用いた大規模データ解析を行うことにより、本疾患の遺伝子異常を網羅的に解明できた点は特筆すべきことです。本研究の結果は、ATLの病気の仕組みの解明に大きな進展をもたらすのみならず、本疾患を克服するための診断や治療に関して大変重要な知見を与えています。


4.今後の予定
 今回初めて見出された異常の多くは、大変頻度も高く、また分子創薬の標的として好都合な特性を備えており、今後、今回の知見に基づいた新規診断技術、治療薬剤の開発が期待されます。実際、本研究成果に基づいて、京都大学、宮崎大学、武田薬品工業による産学連携医療イノベーション創出プログラム「成人T細胞白血病リンパ腫に対する新規テーラーメード治療」がAMEDによって採択され、ATLの克服にむけた、新規治療薬の開発が実施される予定となっており、今後の研究成果に大きな期待が持たれます(図9)。

 ※図9は添付の関連資料を参照


<論文タイトルと著者>

 ※添付の関連資料を参照


<用語解説>
 <ゲノム>
 ある生物のもつ全ての遺伝情報、あるいはこれを保持するDNAの全塩基配列である。タンパク質のアミノ酸配列をコードするコーディング(エクソン)領域とそれ以外のノンコーディング領域に大別される。

 <シーケンス>
 DNAを構成するヌクレオチドの塩基配列を決定すること。次世代シーケンサーは、従来の蛍光キャピラリーシーケンサーと対比させて用いられる用語。次世代シーケンサーの登場により、大量の塩基配列を短時間で決定することが可能となり、癌おける遺伝子変異の知見が飛躍的に進歩した。

 <スーパーコンピュータ>
 科学技術計算を主要目的とする大規模コンピュータである。生物学の分野では次世代シーケンスなどの大規模データ解析に用いられている。「京」は理化学研究所に設置された世界有数のスーパーコンピュータである。





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