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東北大、酸化ストレス防御因子が鎌状赤血球症の炎症と組織障害の改善を解明

2015-09-17

鎌状赤血球症の創薬標的を同定
‐酸化ストレス防御因子が鎌状赤血球症の炎症および組織障害を改善する‐


【研究概要】
 東北大学大学院医学系研究科の鈴木 未来子(すずきみきこ)講師(ラジオアイソトープセンター)、Nadine Keleku−Lukwete(ナディーン ケレク ルクウェテ)大学院博士課程学生、山本 雅之(やまもとまさゆき)教授(兼東北メディカル・メガバンク機構機構長)らのグループは、酸化ストレス防御因子Nrf2を活性化することによって、鎌状赤血球症の炎症と組織障害が改善することを解明しました。鎌状赤血球症は、世界で最も患者数の多い遺伝性疾患のひとつですが、認可されている治療薬は1種類しかなく、また、その薬効は不十分であり、約3分の1の患者には効果がみられません。本研究成果は、鎌状赤血球症の新しい治療薬開発に繋がるものと期待されます。
 本研究成果は、2015年9月14日(日本時間15日午前4:00)以降に米国の学術誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)」(米国科学アカデミー紀要)の電子版で公開されます。本研究は、文部科学省科学研究費補助金、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業(CREST)などの支援を受けて行われました。


【研究内容】
 鎌状赤血球症は、赤血球で酸素を運搬するヘモグロビンの異常によっておこる遺伝性疾患であり、アフリカ、中東、インドなどで多くみられます。本症患者の赤血球は、酸素濃度の低い毛細血管に入ると鎌状に変形する性質をもっています(図1)。鎌状になった赤血球は、毛細血管内をスムーズに通り抜けることができなくなるために、血管内に詰まります。この一時的な血管閉塞は、虚血再灌流障害(注1)を引き起こし、周囲の細胞に酸化ストレス障害を与えます。また、鎌状化した赤血球は、毛細血管内で破壊されやすく、赤血球内から血液中にヘム(注2)が流出します。流出したヘムは、周囲の細胞に酸化ストレスを惹起し、障害を引き起こします。さらに、酸化ストレスによって細胞が障害されると、周囲組織に炎症が生じます。このような複合的なメカニズムによって、鎌状赤血球症では肺や肝臓などの様々な臓器に障害が起こります。
 現在、鎌状赤血球症の治療薬として認可されている薬はヒドロキシウレアのみです。ヒドロキシウレアは、赤血球の鎌状化を抑制する作用がありますが、鎌状赤血球症患者の約3分の1には効果を示しません。そのため、新たな治療薬の開発が待ち望まれています。この点で、これまで創薬の方向性としては鎌状化の抑制を目的とした治療戦略が考えられてきましたが、現在までにそれは実現していませんでした。
 Nrf2は、私たちの体を酸化ストレスなどから守るために働く遺伝子発現制御因子(転写因子)です。本研究で、鈴木講師らは、Nrf2を活性化し、生体防御の能力を高めることにより、鎌状赤血球症の症状を改善できないかと考え、この仮説の検証に着手しました。ストレスのない状態では、Nrf2の機能はKeap1によって、常に抑制されています。そこで、本研究では、鎌状赤血球症モデルマウスを、Keap1発現が弱い(Keap1ノックダウン)マウスと交配させることによって、全身でNrf2が活性化したモデルマウスを作製しました。このマウスでは、通常の鎌状赤血球症モデルマウスでみられる肝障害や肺の炎症が軽減されていました(図2左上)。本モデルマウスでは、鎌状化による赤血球破壊の程度は変化していませんでしたが、Nrf2の活性化によって血液中のヘム量が減少していました。これらのことから、Nrf2の活性化は赤血球の鎌状化の抑制ではなく、鎌状化によって引き起こされる酸化ストレス障害や炎症を抑制することによって、鎌状赤血球症の症状を改善していることわかりました(図2右)。
 さらに、山本教授らのグループは、鎌状赤血球症モデルマウスに、Nrf2活性化剤であるCDDO−Imを経口投与することによっても、同様の症状改善効果がみられることを明らかにしました(図2左下)。このことは、Nrf2を活性化する化合物が鎌状赤血球症の新規治療薬となる可能性を示しています。Nrf2活性化剤は、すでに多発性硬化症の治療薬としてジメチルフマル酸が米国および欧州で認可されています。さらに現在、様々な製薬企業が、より効果が高く、副作用の少ないNrf2活性化剤の開発を進めています。今後、Nrf2活性化剤が多くの患者が苦しんでいる鎌状赤血球症の新薬に繋がることが期待されます。
 なお、本研究は文部科学省科学研究費補助金、独立行政法人科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)、公益財団法人三菱財団、公益財団法人内藤記念科学振興財団、公益財団法人武田科学振興財団の支援を受けて行われたものです。なお、Nadine Keleku−Lukweteは文部科学省の国費外国人留学生の支援を受けました。


【用語説明】
注1:虚血再灌流障害
 血管が閉塞されることによって、循環する血液が少なくなり、低酸素の状態になることを虚血という。虚血になった後、血管が再び開通して酸素濃度の高い新鮮血液が循環することを虚血再灌流という。再灌流によって、活性酸素が生じ、周囲の細胞に酸化ストレス障害を起こす。虚血による障害よりも、再灌流による障害の方が強いことが知られている。

注2:ヘム
 血液中で酸素を運搬するヘモグロビンの構成要素。


 ※図1〜図2は添付の関連資料を参照


【論文題目】
 Amelioration of inflammation and tissue damage in sickle cell model mice by Nrf2 activation
Nadine Keleku−Lukwete,Mikiko Suzuki,Akihito Otsuki,Kouhei Tsuchida,Saori Katayama,Makiko Hayashi,Eriko Naganuma,Takashi Moriguchi,Osamu Tanabe,James Douglas Engel,Masue Imaizumi,and Masayuki Yamamoto

 「Nrf2の活性化が鎌状赤血球症モデルマウスにおける炎症と組織障害を軽減する」
 Nadine Keleku−Lukwete,鈴木未来子,大槻晃史,土田恒平,片山紗乙莉,林真貴子,長沼絵理子,森口尚,田邉修,James Douglas Engel,今泉益栄,山本雅之

 掲載予定誌
 Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)




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