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基礎生物学研究所、脳神経回路の髄鞘損傷からの再生を促す仕組みを発見

2015-09-09

髄鞘再生に関わる分子機構の解明:
神経回路の絶縁シートが回復する仕組み


 基礎生物学研究所 統合神経生物学研究部門の野田昌晴 教授の研究グループは,脳神経回路の髄鞘損傷からの再生を促す仕組みを発見しました。
 神経細胞から伸びる軸索は,髄鞘(ミエリン鞘)と呼ばれる絶縁シートに覆われることで,高い信号伝達能を獲得しています。通常,この髄鞘は破損しても修復されますが,その回復を制御する仕組みはよくわかっていませんでした。今回,髄鞘を形成するオリゴデンドロサイト(希突起膠細胞)という細胞を選択的に傷害するクプリゾンという物質をマウスに与えた後に,その回復過程を調べたところ,脱髄によって傷ついた神経軸索からはpleiotrophinというタンパク質が分泌されており,これが髄鞘になるオリゴデンドロサイトの前駆細胞上に存在するPTPRZという受容体分子の機能を抑制することで,細胞の分化を促し,髄鞘の回復に寄与していることがわかりました。
 多発性硬化症などの脱髄疾患では,髄鞘の絶縁シートが壊れてしまうことで,視力低下や手足のしびれ,運動障害などの症状が生じます。今回の成果は,PTPRZの働きを抑制することで,髄鞘の回復を促すことができることを示しており,新しい治療法開発の可能性を示しています。
 本研究の成果は,米国東部時間2015年9月2日に米国神経科学会誌The Journal of Neuroscienceに掲載されました。


【背景】
 髄鞘(ミエリン鞘)は,オリゴデンドロサイト(希突起膠細胞)という細胞がその細胞膜を神経軸索に巻き付けて形成されています。この髄鞘が絶縁シートのように働くことで,跳躍伝導と呼ばれる非常に速い神経伝達が可能になります。脱髄疾患では,この髄鞘の構造と機能が大きく失われることで,四肢の麻痺や失明などの症状が引き起こされます。最も有名な脱髄疾患である多発性硬化症は,女性の罹患率が高く,その平均発症年齢30歳前後です。出産・育児に多大な困難を及ぼすため,精神的にも社会的にも大きな損失です。多発性硬化症厚生労働省の指定難病の一つであり,その治療法の確立が待ち望まれています。
 脱髄疾患に対する既存治療の主体は,炎症や自己抗体による攻撃を阻んで,髄鞘の破壊が進行しないように食い止めることです。しかし,脱髄の生じた部位が修復されなければ,症状の改善は見込めません。そこで,その修復を効果的に促すような,再ミエリン化誘導薬の開発が注目されています(図1)。


【研究成果】
 研究グループは,髄鞘を選択的に破壊する薬剤であるクプリゾンを含む食餌を与えることで,マウス脳内に人為的に脱髄を誘発した後,そこから回復する過程を解析しました。その結果,脱髄状態のマウス脳内では,正常な脳組織ではほとんど作られていないpleiotrophinと呼ばれる分子が発現していることが判りました。この発現は一過性であり,脱髄からの回復が進むと低下していくことから,pleiotrophinの発現が髄鞘の回復に関与していると予想されました(図2A,B)。
 さらに調べると,pleiotrophinは,脱髄状態の神経細胞に発現しており,ダメージを受けた神経軸索において輸送小胞中に存在することがわかりました(図2C)。
 pleiotrophinは細胞外に分泌される細胞増殖様因子の一つです。研究グループの過去の研究から,pleiotrophinの受容体であるPTPRZは,pleiotrophinが結合することで,その働きが抑制されることがわかっていました。そこで,PTPRZを発現しないように遺伝子操作されたマウスにクプリゾン食餌を与えると,通常の野生型マウスと同じように脱髄をおこしましたが,野生型より早く回復することが判明しました(図3)。これらの結果は,損傷を受けた軸索からpleiotrophinが分泌されてPTPRZの働きを弱めることで,再ミエリン化が促されていることを示唆しています。

 髄鞘を形成するオリゴデンドロサイトは,OPCs(oligodendrocyte precursor cells)と呼ばれる前駆細胞から分化・成熟します(図4A)。PTPRZ受容体は,OPCsに多く発現しており,そこでは細胞を未分化状態に留めるブレーキのように働くと考えられていましたが,そのブレーキを解除する仕組みは不明でした。研究グループは,pleiotrophinをシャーレ内で培養したマウス脳の細胞に作用させたところ,より多くのオリゴデンドロサイトへと成熟することを見出し,pleiotrophinがPTPRZのブレーキを解除するシグナルになっていることを証明しました(図4B)。
 今回の研究によって,脱髄で傷ついた神経からはpleiotrophinが分泌されて,その周囲に存在するOPCsのPTPRZに作用することで,髄鞘を形成するオリゴデンドロサイトへの分化・成熟を促し,脱髄修復を効率的に進めている仕組みが明らかになりました。


【今後の展開】
 本研究の成果は,多発性硬化症などの脱髄疾患において再ミエリン化を積極的に促すような薬剤として,PTPRZの働きを止める化合物の有望性を示しています。研究グループでは,このコンセプトに基づいて創薬探索研究を開始しています。
 本研究の成果には,以下のようなミエリン化促進薬の探索を推進する新技術が含まれます。培養細胞を用いたバイオアッセイは,化合物の初期評価で最も重要視されるステップです。これまでミエリン化促進の評価系の多くは,実験ごとにマウスやラット脳から細胞を分離して行われてきましたが,久保山和哉 研究員は,マウスからOPCsの形質を良好に保存したオリゴデンドロサイト系譜細胞(OL1細胞)を樹立しました。OL1細胞は,適切な培養下で成熟したオリゴデンドロサイトへと再現良く分化します(動画1<https://youtu.be/nqxigfwvJ4I>)。OL1細胞を評価系として用いることで,化合物の生物活性の評価の迅速化が期待できます。
 また,これまで脱髄やその回復を評価は,動物から脳を取り出し,パラフィン組織切片を作成,ルクソールファストブルー(髄鞘の染色法)などの組織染色によって行われていました。この方法は多くの時間と,熟練した技術を必要としますが,これに変わる簡便な解析手法の開発にも成功しました。藤川顕寛 研究員は,取り出した脳を造影剤に浸漬し,コンピュータ断層(CT)撮影することで,脱髄の程度が定量的に評価できることを見出し,この原理を用いた評価系を実用化しました(動画2<https://youtu.be/O_ReIADiR0I>)。CT解析後のサンプルは,通常の組織解析にも利用可能であることも大きな利点です。in vivoにおける薬効評価の定量性の向上とともに,迅速化と低コスト化につながる新技術です。
 今後研究グループでは,オリゴデンドロサイトの分化・成熟の制御基盤に対する基礎的理解をさらに深化させるとともに,開発した新技術を広く公開します。


【発表雑誌】
 米国神経科学会誌 The Journal of Neuroscience 2015年9月2日号掲載
 論文タイトル:Inactivation of Protein Tyrosine Phosphatase Receptor Type Z by Pleiotrophin Promotes Remyelination through Activation of Differentiation of Oligodendrocyte Precursor Cells
 著者:Kazuya Kuboyama,Akihiro Fujikawa,Ryoko Suzuki,and Masaharu Noda


【研究グループ】
 本研究は,基礎生物学研究所 統合神経生物学研究部門の野田昌晴教授らの研究グループによって実施されました。


【研究サポート】
 本研究は,日本学術振興会 科学研究費助成事業,科学技術振興機構 研究成果最適展開支援プログラム(A−STEP),および自然科学研究機構 新分野創成センターイメージングサイエンス研究分野プロジェクトの支援を受けて行われました。


 *図1〜5は添付の関連資料を参照



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