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東大、オキシトシン経鼻剤連日投与による自閉スペクトラム症中核症状の改善を実証

2015-09-09

オキシトシン経鼻剤連日投与による
自閉スペクトラム症中核症状の改善を世界で初めて実証
〜新しい治療法の確立をめざして〜


1.発表者:
 山末 英典(東京大学医学部附属病院精神神経科/東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻 准教授)


2.発表のポイント:
 ◆オキシトシン(注1)経鼻剤の連続投与によって、対人場面に現れる自閉スペクトラム症(注2)の中核症状が改善すること、さらにはこの症状改善は脳の機能改善を伴うことを発見しました。
 ◆オキシトシン経鼻剤が自閉スペクトラム症中核症状そのものに対して改善効果があること、この中核症状の改善が脳機能の改善と相関することを世界で初めて実証しました。
 ◆今回の結果は、自閉スペクトラム症中核症状に対する初の治療薬としてオキシトシン経鼻剤の開発を進める根拠になります。現在、名古屋大学、金沢大学、福井大学と連携し、東京大学で先行して行った20名での今回の予備的試験の結果を多施設で大人数による確認をするための臨床試験を行なっています。


3.発表概要:
 東京大学医学部附属病院 精神神経科 山末英典准教授らは自閉スペクトラム症と診断がつく20名の成人男性を対象にランダム化二重盲検(注3)試験を探索的に行い、オキシトシン経鼻剤の6週間連続投与によって対人相互作用の障害と呼ばれる自閉スペクトラム症の中核症状が改善することを発見しました。この症状の改善は内側前頭前野(注4)という脳領域での安静時機能的結合(注5)の改善と相関していました。今回の連続投与において、1回の投与時の効果と同様に、表情や声色を重視した他者理解の頻度の増加やその際の内側前頭前野の脳活動改善が認められましたが、6週間投与を続けても1回の投与と概ね同等の効果を得ました。
 これまでに、実験室内における自閉スペクトラム症の方へのオキシトシン経鼻剤の1回投与による心理検査の成績や脳機能の改善は繰り返し報告されており、同剤が自閉スペクトラム症中核症状に対する初の治療薬となることが期待されていました。しかし、自閉スペクトラム症中核症状そのものに対するオキシトシン連日投与のランダム化比較試験では、いずれも主要評価項目への有意な効果を見出すことに失敗していました。本研究では、対人場面でのコミュニケーションが困難という自閉スペクトラム症中核症状そのものに対して改善効果があること、さらにはこの自閉スペクトラム症中核症状そのものの改善が脳機能の改善と相関することを世界で初めて実証しました。
 自閉スペクトラム症中核症状の治療薬として、オキシトシン経鼻剤の臨床開発を更に進める根拠となりうるこれらの結果は、日本時間9月4日に英国科学誌Brain(電子版)にて発表されます。なお、すでに現在、東京大学で先行して行った本臨床試験の結果を114名の新たな参加者で確認するために、東京大学、名古屋大学、金沢大学、福井大学の4大学が連携し、臨床試験Japanese Oxytocin Independent Trial(JOIN−Trial)を行っています。
 JOIN−Trialは、日本医療研究開発機構「脳科学研究戦略推進プログラム」の「精神・神経疾患の克服を目指す脳科学研究(課題F):発達障害研究チーム(拠点長:名古屋大学・尾崎紀夫)」(平成27年度に文部科学省より移管)の一環として行なっています。


4.発表内容:
<研究背景>
 自閉スペクトラム症(自閉症スペクトラム障害)は、(1)対人場面での相互作用とコミュニケーションの障害、(2)同じ行動パターンを繰り返して行なうことを好み、変化への対応が難しいという常同性・反復性を幼少期から一貫して認めることで診断されます。その発症は、100人に1人程度と頻度の高い障害であることが知られてきています。現在の自閉スペクトラム症の治療は、従来の薬物療法によって上記の2つの中核症状よりも、不安や抑うつ(気分の落ち込みや意欲の低下など)および強迫症(自分の意図に反して繰り返し浮かんでくる強迫観念など)などの併発した症状を対象にしています。2つの中核症状に対しての有効な治療法は乏しいものの、常同性・反復性に関してはその関連症状でもある強迫症に対して一部の抗うつ薬などの効果が認められます。しかし、対人場面での相互作用とコミュニケーションの障害については薬物療法がなく、平均以上の知能を有する方でも社会生活の破綻をきたす最大の原因となっています。
 本臨床試験で用いるオキシトシンは、脳から分泌されるホルモンで、女性での乳汁分泌促進や子宮平滑筋収縮作用が広く知られています。日本では注射剤のみが認可されており、陣痛誘発・分娩促進などに保険適応が認められています。一方、経鼻スプレー製剤はヨーロッパで認可され、授乳促進の目的で使用されています。オキシトシンは、授乳促進や子宮平滑筋収縮作用の他に、脳の中でも作用していることが指摘されていました。動物では、親子の絆を形成する上でオキシトシンの働きが重要であると知られているとともに、人でも、健常な成人男性への経鼻スプレーを用いたオキシトシンの投与によって、他者と有益な信頼関係を形成して協力しやすくなること、相手の表情から感情を読み取りやすくなること、などが報告されていました。
 東京大学医学部附属病院精神神経科 山末英典准教授は、これまでにオキシトシンを1回経鼻投与することで、自閉スペクトラム症において元来低下していた内側前頭前野と呼ばれる脳の部位の活動が活性化され、それと共に他者の友好性への理解が改善されることを2013年に報告していました(2013年12月JAMA Psychiatryにて発表:http://www.h.u-tokyo.ac.jp/press/press_archives/20131219.html)。しかし、実験室内で見出した1回の投与による効果が、連日投与を続けた場合においても認められ、生活上の対人場面においても役に立つのかを検証する必要がありました。一方で、その後海外で行われたランダム化臨床試験では、連日投与の有意な効果を見出せないという報告が続きました。

<研究内容>
 今回行った臨床試験には、自閉スペクトラム症と診断された20名の成人男性が参加しました。参加者はオキシトシン経鼻剤を毎日2回ずつ連続して6週間使用し、使用前と使用後に対人場面での自閉スペクトラム症中核症状の評価や脳機能の画像評価や採血を受けました。海外での先行試験とは異なり、確立された方法で十分な訓練を受けてライセンスを受けた評価者が最終的に1人で全ての参加者の中核症状の評価を行う方法をとりました。20名の参加者は、オキシトシン経鼻剤の使用期間に続いてプラセボ経鼻剤の使用期間を受ける10名と、その逆の順番(オキシトシン経鼻剤使用前にプラセボ経鼻剤を使用)で受ける10名に無作為に分かれました。この使用期間がどちらの順番であったのか、つまり使用している薬がオキシトシンであったかプラセボであったかは参加者も研究者らも分からない二重盲検という方法で行いました。
 その結果、オキシトシン投与前後ではプラセボ投与前後に比べて、対人場面での相互作用の障害という中核症状の改善が有意に認められました(図1)。また、同様に内側前頭前野と呼ばれる脳の領域の機能(安静時機能的結合)も改善していましたが、この脳機能の改善が強い参加者ほど中核症状の改善効果も強く認められました(図2)。また、1回の投与で効果を認めた他者の友好性を理解する方法の改善と脳活動の改善については、連続投与でも概ね同じ程度の効果を認めました(図3)。
 なお、20名の参加者のうち2名では前半の投与期間中に精神的に不安定になり臨床試験の中止を余儀なくされました。このうち1名はオキシトシン使用中で、もう1名はプラセボ使用中でした。また、臨床試験期間中に眠気やだるさや鼻の違和感を報告した方も数名認めましたが、オキシトシン使用中もプラセボ使用中も同等の頻度でした。

<社会的意義・今後の予定>
 今回行った臨床試験の結果から、オキシトシン経鼻剤の連続投与によって自閉スペクトラム症の中核症状に改善効果が得られること、連続投与でも有害な事象は増加しないことが示されました。オキシトシン経鼻剤による自閉スペクトラム症の治療は臨床試験の段階ですが、新たな治療法としての将来的な実用化を目指し、20名という比較的少人数の参加者から得られた今回の結果はより大人数で確認される必要があります。
 そのため、平成26年10月末から、東京大学、名古屋大学、金沢大学、福井大学と合同で、今回示された効果や安全性を114名の参加者で確認する臨床試験(JOIN−Trial)を行っています。JOIN−Trialは現在も参加者を募集しており、平成27年度中に試験を終了する予定です。


5.発表雑誌:
 雑誌名:BRAIN
 論文タイトル:Clinical and neural effects of six−week administration of oxytocin on core symptoms of autism
 著者:Takamitsu Watanabe(§),Miho Kuroda(§),Hitoshi Kuwabara,Yuta Aoki,Norichika Iwashiro,Tatsunobu Natsubori,Hidemasa Takao,Yasumasa Nippashi,Yuki Kawakubo,Akira Kunimatsu,Kiyoto Kasai,and Hidenori Yamasue(※)
  (※ 責任著者、§ 同等の貢献度)


■用語解説:
 注1)オキシトシン
  脳の下垂体後葉から分泌されるホルモンで、従来は子宮平滑筋収縮作用を介した分娩促進や乳腺の筋線維を収縮させる作用を介した乳汁分泌促進作用が知られていました。しかし一方で男女を問わず脳内にも多くのオキシトシン受容体が分布していることが知られ、脳への未知の作用についても関心が持たれていました。そうした中、健康な大学生などを対象とした研究において、他者と信頼関係を築きやすくする効果などが報告されて注目を集めていました。

 注2)自閉スペクトラム症(自閉症スペクトラム障害)
  従来の自閉症からアスペルガー障害や特定不能の広汎性発達障害までを含む概念です。自閉症的な特性は、重度の知的障害を伴った自閉症から、知的機能の高い自閉症、あるいは自閉スペクトラム症の症状を持ちながらも症状の数が少なく程度も軽い正常範囲の人まで続くスペクトラムを形成するという考えに基づいています。

 注3)二重盲検
  思い込みなどから生じる偽薬(プラセボ)による作用(プラセボ効果)や観察者の先入観などを排除するために、臨床試験の参加者も試験担当者も偽薬か実薬か分からない状態で服薬も検査も行って、実薬による真の薬理効果を実証する方法。

 注4)内側前頭前野
  情報を統合して行動を調節するといった機能を担っているとされる前頭前野の内側面に位置しています。他者との交流・自己・意識といった様々な高次精神機能に関与することが知られていますが、本研究でオキシトシンによる活動の変化を認めた場所は、自分の感情や体験に照らし合わせることで他者の感情や考えを理解したりする働きに関わる場所と(腹側内側前頭前野)、他者の考えを論理的・客観的に推論する機能に関わる場所(背側内側前頭前野)との両者を含んでいます。

 注5)安静時機能的結合
  出来るだけリラックスして何も考えない状態で起きている脳活動は、機能的に関連した複数の脳領域が一致した変動を示します。この離れた脳領域間の協調活動を反映した機能的結合がネットワークとしての脳の働きや脳の情報処理機能と強い関連を示し、精神疾患などの新たなマーカーとして注目されてきています。


■添付資料:

 *添付の関連資料を参照



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