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東大、細胞器官のマジックナンバー「9」の由来の一端を解明

2011-04-01

細胞器官のマジックナンバー「9」の由来

発表者 廣野 雅文(東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻准教授) 

 
発表概要
 原生動物からヒトまで、繊毛の内部はきまって2本の管を9本の管が囲んだ不思議な形をしている。 「9+2」構造とよばれるこの形は、根元にある中心子という細胞小器官の形に由来する。 この形ができるしくみは長らく謎だったが、今回、中心子の中央部を構成するタンパク質の構造が決定され、その普遍的な形ができるしくみの一端が解明された。 


発表内容
 
1)これまでの研究でわかっていた点
 精子などの活発に運動する鞭毛や繊毛(以下、繊毛)((注1))の内部には、2本の微小管((注2))を9本の微小管が取り囲んだ「9+2」とよばれる骨格構造がある(図1)。また、匂い受容体がある嗅上皮繊毛や網膜の視細胞の繊毛など、動かない繊毛の内部は「9+0」型になっている。外周にある微小管の数を9本に決めているのは、9本の短い微小管からなる中心子(基底小体)という細胞小器官が鞭毛の根元にあって(図1)、これが鋳型として働くためである。繊毛と中心子のこの特徴的な構造は、10億年以上前に真核生物の共通の祖先が獲得した古い形質で、それが現在も原生動物からヒトにいたる広い範囲の生物で保存されている。 

 中心子構造がどのように形成され、9という数がどのように決まるのかは、現代細胞生物学の大きな謎だった。 しかし最近、単細胞緑藻クラミドモナスの突然変異体を用いた我々の研究により、a) カートホイールという、傘の骨のような放射状の構造が中心子微小管の形成の足場として働くこと、b) カートホイールの中心部分を作っているのはSAS−6というタンパク質で、これがなくなると中心子微小管の数が9本に固定されなくなること、が明らかになった(図1)。 つまり、9放射相称形のカートホイールができることが中心子の特徴的構造構築の第1歩であり、その中央部分を作っているSAS−6が9という数を決めている可能性が考えられた。 

2)この研究が新しく明らかにしようとした点
 しかし、SAS−6がどのような構造で、どのようにカートホイールに組み込まれているかは不明であった。 そこで、X線結晶解析によってSAS−6の分子構造を明らかにし、カートホイール中央部におけるSAS−6分子の配置を調べた。 

3)この研究で得られた結果、知見
 遺伝子工学を利用して作製したSAS−6の分子構造をX線結晶解析で決定した。 その結果、a) SAS−6は二量体を形成して、2つの球状の頭部と繊維状の尾部からなる形をしていることと、b) この二量体どうしが頭部の先端で結合することにより、9放射相称形に会合できる形を持つことが明らかになった(図2)。 つまり、カートホイールの中央部はSAS−6が会合してできたものだと考えられる。 この推定が正しいことを検証するため、SAS−6を欠失したクラミドモナス突然変異体に、二量体どうしが会合できないようにアミノ酸配列を改変したSAS−6を発現させたところ、カートホイールは形成されなかった。 さらに、電子顕微鏡を用いた解析により、結晶内の分子構造が実際のカートホイール内での構造に一致することも確かめられた。 従って、分子構造から推定されたとおり、カートホイール中央部はSAS−6そのものでできていることが明らかになった。 この結果は、真核生物の普遍的な構造パターンが、SAS−6という1種類のタンパク質の構造によって規定されていることを示す画期的なものである。 

4)研究の波及効果
 繊毛は、細胞の運動や水流を起こす働きばかりでなく、細胞外の情報をキャッチするアンテナとしても機能することがわかってきた。 先述の嗅覚、視覚における機能に加えて、腎臓で尿の流量を感知することにも繊毛が働いている。 これらの重要な繊毛の機能を裏付けるように、バルデー・ビードル症候群、多発性嚢胞腎などの「繊毛病」と呼ばれる遺伝病が存在する。 今回の研究は、多様な繊毛機能の理解に欠かすことのできない知見を提供するものである。 

 また、中心子は繊毛形成だけでなく、中心体の中核構造として細胞分裂にも重要な機能をもつ。 実際、がん細胞の多くは、細胞内の中心子の数が異常になっている。 今回の中心子形成の原理の解明は、このような中心子形成の異常の理解にも重要である。 

5)今後の課題
 今回はカートホイールの中央部分がSAS−6によって構成されていることが明らかになった。 今後はその他のカートホイール構成タンパク質を同定して、構造全体がどのように構築されるかを完全に解明し、最終的には中心子の形成機構を解明することが重要である。 我々は、すでにカートホイールの周辺部にあるタンパク質Bld10pを同定しているので、これとSAS−6がどのように相互作用するかを調べることが次の具体的な課題である。 

6)論文の参照情報
 米国Science誌2011年3月4日号に掲載済み。
 “Structures of SAS−6 Suggest Its Organization in Centrioles”
 M. van Breugel, M. Hirono, et al., Science 331, 1196−1199 (2011).


用語解説

(注1) 
 鞭毛と繊毛は本質的に同じものである。細胞あたりに1本または2本だけあって比較的長いものを鞭毛、多数あって短いものを繊毛ということが多い。↑ 

(注2)
 チューブリンというタンパク質が重合してできる管状構造。細胞の骨格をなすタンパク質繊維の一つ。紡錘体を構成する他、細胞内の物質が移動する際のレールのような役割も担う。

 

図1:鞭毛の「9+2」構造と中心子の構造。左はクラミドモナス細胞の模式図。2本の鞭毛とその基部に中心子をもつ。A. 鞭毛の断面図。2本の中心対微小管を9本の周辺微小管(ダブレット微小管)が取り囲んでいる。B. 中心子の構造。右は中心子の縦断面と底部の横断面を示す。中心子は9本のトトリプレット微小管が環状に並んだ円筒状の構造。底部にカートホイールがある。カートホイールは、中心のチューブ構造(ハブ)から9本の細い繊維(スポーク)が放射状に配置したもの。

 拡大画像 ※ 関連資料参照
 
 
図2:SAS−6の分子構造。A. SAS−6二量体分子の模式図。2つの頭部と細長い尾部からなる。B. SAS−6二量体の結晶構造。2つの二量体の頭部のみを拡大して示す。二量体が頭部の結合を介して会合し、カートホイールの中央部分を作る。

 拡大画像 ※ 関連資料参照

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