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JST、置換困難な位置に選択的に官能基を導入する触媒反応を開発

2015-08-22

置換困難な位置に選択的に官能基を導入する触媒反応を開発
〜医薬品や機能性材料の効率的な合成に期待〜


■ポイント
 ・医薬品や機能性材料を効率的に合成するためには、芳香環の特定の位置に官能基を導入する反応が必要である。
 ・芳香環の置換困難な特定の位置へ選択的に官能基を導入する新たな触媒反応を開発した。
 ・新たな医薬品や機能性材料の開発や、より効率的な合成に寄与することが期待される。


 JST戦略的創造研究推進事業において、ERATO金井触媒分子生命プロジェクトの触媒グループの東京大学 大学院薬学系研究科 國信 洋一郎 グループリーダー(准教授相当)、金井 求 研究総括らは、これまで置換困難だった芳香環(注1)の特定の位置に官能基(注2)を選択的かつ効率的に導入する独自の触媒を開発し、水素結合を用いる新たな反応機構を示すことに成功しました。
 多くの医薬品や機能性材料(注3)は芳香環に官能基を導入する(芳香環の水素を官能基に置換する)ことで合成されます。しかし、芳香環の特定の位置に選択的に官能基を導入することは容易ではなく、さまざまな反応や触媒の開発が進められています。特に、最も置換することが困難な位置(メタ位(注4))への選択的な反応は、置換できる化合物の種類が少ないことや、他の位置に置換された混合物が得られてしまうなどの課題があり、より効率的な反応の開発が望まれていました。
 本研究グループは、置換反応を進行させる「反応部位」、水素結合(注5)により芳香環の置換基(注6)を認識する「認識部位」、これらの部位をつなぐ「架橋部位」の3つの部位で構成される独自の触媒を設計し、温和な条件下でメタ位に選択的に官能基を導入することに成功しました。また、目的の化合物をグラム単位で合成できるため、汎用性や実用性の高い反応と言えます。
 本研究成果により、今後、新たな医薬品や機能性材料の開発や、より効率的な合成法の開発に寄与することが期待されます。
 本研究成果は、2015年8月17日(英国時間)に英国科学誌「Nature Chemistry」のオンライン速報版で公開予定です。


 本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。
  戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)
   研究プロジェクト:「金井触媒分子生命プロジェクト」
   研究総括:金井 求(東京大学 大学院薬学系研究科 教授)
   研究期間:平成23年8月〜平成29年3月
 上記研究課題では、複雑な構造を持つ医薬候補物質を短い工程で、かつ地球環境を汚染せずに合成できる汎用金属を用いた触媒の開発や、触媒自体が医薬となる人工触媒システムの開発を通して、触媒化学から医薬への貢献を目指します。


<研究の背景と経緯>
 抗がん剤や液晶、プラスチックなど我々の身の回りにある化学物質の多くは、炭素と水素が環のようにつながった芳香環という化合物が骨格となって、この芳香環にさまざまな原子の集合体(官能基)がついています。そのため、医薬品や機能性材料を合成するには、この芳香環にある水素を官能基に置き換える反応が必要です。
 芳香環は、水素の数だけ反応でき、ベンゼンのように6つの水素がある場合は6ヵ所に官能基を導入することができます(図1)。この芳香環の1つの水素を官能基に置換すると、2つ目の官能基はすでに置換された官能基(置換基)から見て3つの位置(オルト位(注4)、メタ位、パラ位(注4))のいずれかの水素と置換されます。従って、特定の化合物を合成するためには、これらの3つの位置のうち特定の位置に限定して官能基を導入することが重要です。
 これまでの芳香環の置換反応では、1つ目の置換基から最も近いオルト位に置換されやすいことが知られています。これは、1つ目の置換基を足がかりにして2つ目の官能基を導入しやすくしているためと考えられています。そのため、オルト位に選択的な反応は多く開発されてきましたが、メタ位に選択的に官能基を導入する反応は有用と期待されつつも、変換できる化合物の種類が限定されることや、他の位置も変換された複数の生成物との混合物が得られるなどの課題があり、新たな反応の開発が求められていました。


<研究の内容>
 本研究グループは、官能基を位置選択的に導入するために、置換反応を進行させる「反応部位」、芳香環の1つ目の置換基を認識する「認識部位」、これらの部位をつなぐ「架橋部位」の3つの部位から構成される独自の触媒分子を設計しました(図2)。これは、「認識部位」により芳香環の1つ目の置換基を認識した上で、「架橋部位」を適切な長さに調整し、「反応部位」を特定の位置に近づけることで、特定の位置に優先的に官能基を導入できると考えたためです。本研究グループは、この設計をもとに実際に遷移金属(注7)触媒を合成し、メタ位にボリル基(注8)を導入することに成功しました。
 このボリル基を導入する反応機構を調べたところ、合成した触媒の「認識部位」は芳香環の置換基との間に水素結合を形成していることが明らかになりました(図3)。また、「反応部位」をメタ位に近づけるためには、「架橋部位」を適切な長さに調整することが重要であることも分かりました。このように水素結合により芳香環上の官能基を認識することでメタ位に選択的に官能基を導入する反応は世界的に例がなく、本触媒を用いることで官能基を導入する位置が選択できることを初めて示すことができました。
 今回開発した触媒は芳香環を持つさまざまな化合物にボリル基を導入することが可能な汎用性の高いものと言えます。また、温和な条件下でグラム単位の反応でも比較的高い収率で目的の化合物が得られただけでなく、他の官能基を持つ芳香族化合物が共存していても、狙った芳香族化合物に対するボリル化反応が阻害されることなく反応が進行し、目的の化合物を合成できたことから、実用性の高い反応機構であると考えられます。ボリル基は反応後、続けてクロスカップリング反応(注9)により別の官能基に変換でき、さらに多様な化合物へと変換することが可能です。


<今後の展開>
 本研究により、水素結合と適切な長さの「架橋部位」を活用することで、これまで困難であった芳香環のメタ位に選択的にボリル基を導入するための触媒を設計する戦略を示すことができました。他の官能基を位置選択的に導入する反応や触媒が同様の戦略によって開発されることが期待されます。また、今回開発した反応機構を用いることで、新たな医薬品や機能性材料の開発や、より効率的な合成に寄与することが期待されます。

<参考図>

 ※図1〜図3は添付の関連資料を参照


<用語解説>
 注1)芳香環
 ベンゼンを代表とする環状不飽和有機化合物に含まれる環状の構造。

 注2)官能基
 有機化合物を特性づける原子団。例えば、カルボン酸のカルボキシル基(−COOH)やアミンのアミノ基(−NH2)など。

 注3)機能性材料
 化学的・物理的な特性を持った材料のこと。例えば、半導体やイオン交換樹脂など。

 注4)メタ位、オルト位、パラ位
 芳香環上で置換基から最も遠い反応点をパラ位、最も近い反応点をオルト位、これら以外の反応点をメタ位と言う。

 注5)水素結合
 電気陰性度が大きな原子に結合して電気的に弱い陽性を帯びた水素原子が、酸素や窒素などの原子と作る引力的相互作用。

 注6)置換基
 水素原子と置き換わった原子または原子団。

 注7)遷移金属
 周期表で第3族元素から第11族元素の間に存在する金属元素の総称。

 注8)ボリル基
 化合物に特定の化学的な性質を与える原子の集合体のうちホウ素原子を含む集合体。

 注9)クロスカップリング反応
 2つの異なる化学物質の炭素原子と炭素原子を結合させる反応。北海道大学の鈴木 章名誉教授、パデゥー大学の根岸 英一 特別教授とデラウェア大学のリチャード・ヘック教授は、「パラジウム触媒を用いるクロスカップリング反応」で2010年ノーベル化学賞を受賞。


<論文タイトル>
 “A meta−Selective C−H Borylation Directed by a Secondary Interaction between Ligand and Substrate”
 (配位子と基質との二次相互作用によるメタ位選択的C−Hボリル化)
 doi:10.1038/nchem.2322




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