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理研、コムギの塩ストレス耐性のメカニズムを解明

2015-08-14

コムギの塩ストレス耐性のメカニズムを解明
−商業品種コムギの品種改良に貢献−


■要旨
 理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター バイオマス研究基盤チームの高橋史憲研究員、篠崎一雄チームリーダーと、オーストラリアアデレード大学・The Plant Acceleratorのマーク・テスター教授(現 アブドラ国王科学技術大学)らの国際共同研究グループ(※)は、ハイスループットな自動表現型解析システム[1]を使い、主要な商業品種である南オーストラリア産のコムギが、塩ストレスに強くなるメカニズムを解明しました。

 一般的に、農作物は塩分の多い土地では育てることができません。実際、世界の灌漑(かんがい)農業地[2]の約20%では、土壌に含まれた塩による被害を受けています。特に乾燥地帯が広がり、灌漑が盛んなオーストラリアでは、この塩害による農作物の収量低下が深刻な農業問題となっており、主要な農作物であるコムギを塩害に強い品種へ改良することが求められています。これまでに、コムギの塩ストレス耐性に関わる遺伝子はいくつか報告されていました。しかし、それらの遺伝子を改変するだけでは、コムギの塩ストレス耐性を十分に強くすることはできませんでした。

 国際共同研究グループは、はじめに、塩害農地とほぼ同じ濃度のマイルドな塩ストレス条件に強い品種と弱い品種を探しました。実験には、コムギの成長を自動的かつハイスループットかつ正確に記録・解析できる自動表現型解析システムを用いました。その結果、マイルドな塩ストレスに強い品種と、弱い品種を選び出すことに成功しました。次に、これらのコムギ品種の遺伝子発現を網羅的に解析し、塩ストレスに強い品種では非常に多くの遺伝子が、塩ストレスに応答して素早くダイナミックに変化していることを突き止めました。さらに、塩ストレスに強いコムギ品種は、既知のストレス耐性遺伝子を使うのではなく、ストレスに負けずに成長をより促進させる新しいメカニズムを使って、マイルドな塩ストレスに対して耐性を示していることを明らかにしました。

 本研究は、塩害農地で品種改良されているコムギが、遺伝子レベルでどのように改良されているかを明らかにしました。この結果は、実際の塩害農地で、より強い塩ストレス耐性を示す品種の改良へ重要な知見を示しており、今後の品種改良を加速させることが期待できます。

 本研究は、米国のオンライン科学雑誌『PLOS ONE』(8月5日付け:日本時間8月6日)に掲載されます。


※国際共同研究グループ

 理化学研究所 環境資源科学研究センター
 バイオマス研究基盤チーム
 チームリーダー 篠崎 一雄(しのざき かずお)
 研究員 高橋 史憲(たかはし ふみのり)

 植物ゲノム発現研究チーム
 チームリーダー 関 原明(せき もとあき)

 アデレード大学 The Plant Accelerator
 教授 マーク・テスター(Mark Tester)
 研究員 ベティナ・バーガー(Bettina Berger)

 アデレード大学 Australian Center for Plant Functional Genomics
 研究員 スチュワート・ジェイ・ロイ(Stuart J.Roy)
 研究員 ジョアンナ・ティルブルック(Joanne Tilbrook)
 技術員 クリスティーネ・トリッターマン(Christine Trittermann)


■背景
 一般的に、塩分の多い土地ではその塩がストレスとなり、農作物は生育不良を起こします。実際、世界の灌漑農業地の約20%は、土壌に含まれた塩による被害を受けています。特に乾燥地帯が広がり、灌漑が盛んなオーストラリアでは、この塩害による農作物の収量低下が深刻な農業問題となっており、主要な農作物であるコムギを塩害に強い品種へ改良することが求められています。

 これまでに、コムギの塩ストレス耐性に関わる遺伝子として、ナトリウムトランスポーターと呼ばれる膜輸送タンパク質[3]の一種が同定されていました。この遺伝子は、コムギが根から塩を吸い上げてしまうことに関わっています。しかしこの遺伝子を改変して、植物体の中に塩が貯まらないようにしても、塩ストレス耐性を十分強くすることはできていませんでした。このことからコムギでは、ナトリウムの蓄積を制御する以外の、別な塩ストレス耐性メカニズムが重要であることが示唆されていましたが、その詳細は分かっていませんでした。

 そこで国際共同研究グループは、商業用に品種改良されたさまざまなコムギ品種を使って、実際の塩害農地に近い条件で、遺伝子レベルでの応答と塩ストレス耐性との関連について調べることにしました。


■研究手法と成果
 これまでの塩ストレス耐性に関する研究では、200mM前後の非常に高濃度の塩溶液を処理し、植物の生死を指標にして塩ストレス耐性の形質を評価してきました。しかし、実際の塩害農地での塩分濃度は、50〜100mM位と低濃度であるため、本研究では、実際の塩害農地の環境に則した、マイルドな塩ストレスに対するコムギの耐性メカニズムに着目しました。また、植物の生死に替わる新しい形質評価の指標として、塩ストレス条件下でのバイオマス[4]の増加量で、耐性を評価することにしました。そのためには、コムギの日々の成長を長期的にモニターする必要があり、連続的で厳密な定量性が求められます。

 そこで、アデレード大学・The Plant Accelerator[5]にあるハイスループット自動表現型解析システム「LemnaTec Scanalyzer 3D」を使って、マイルドな塩ストレス条件でのコムギの成長を経時的にモニターし、形質を評価しました(図1)。

 実験では約1ヶ月の間、毎日、同じ時間に植物のバイオマス量を画像データとして保存し、成長をモニターしました。その後、解析ソフトウェアを使って、見かけの表面積をバイオマス重量に換算し、増加量を品種間で比較することで、マイルドな塩ストレスに対する耐性を評価しました。さまざまなコムギ商業品種を用いて成長を測定した結果、マイルドな塩ストレスに強い2品種と、弱い2品種をそれぞれ選び出すことに成功しました(図2)。

 次に、これらのコムギ品種を用いて、遺伝子レベルでの応答と、塩ストレス耐性との関連について調べました。しかしコムギは、マイルドな塩ストレス条件下では、日々、成長し続けます。そこで、本研究では、4枚目の葉の葉鞘(ようしょう)[6]に着目し、この組織だけを取り出して、ストレス条件下での遺伝子発現解析を行いました。その結果、塩ストレスに強い2品種では、非常に多くの遺伝子が、塩ストレスに応答して素早くダイナミックに変化していることを突き止めました。また、この遺伝子発現の変化は、塩処理を始めてから24時間以内に起こり、2日目以降では、そのような応答はほとんど見られなくなるという特徴を示しました。

 さらに、発現に変化のあった遺伝子群の生物学的機能を調べた結果、イネやシロイヌナズナなどの、モデル植物を用いた解析から見いだされた、既知のストレス応答性遺伝子群ではなく、形態形成や細胞分裂に関わる遺伝子群であることが明らかになりました。この結果は、マイルドな塩ストレスに強いコムギ品種は、これまで解析されてきたストレス耐性遺伝子群を使うのではなく、ストレスに負けずに成長をより促進させる新しいメカニズムを使って、ストレス耐性を獲得していることを意味します。

 また、商業品種コムギは、その長い育種過程の中で、モデル植物とは異なる遺伝子発現制御を獲得し、そのゲノム情報を変化させていることが示唆されたことから、本研究は、塩害農地で品種改良されているコムギが、遺伝子レベルでどのように改良されているかを明らかにしたと言えます。


■今後の期待
 オーストラリアでは、乾燥した土地に灌漑施設を設けて、コムギを栽培しているため、塩害による収量低下を改善することは、農業における大きな目標の1つです。オーストラリアのコムギは、日本にも大量に輸入されています。本研究で明らかにした商業品種のコムギが持つ、新しい塩ストレス耐性メカニズムの知見を、品種改良に積極的に取り入れることで、コムギの収量の改善、そして海外への安定供給に向けた、良質なコムギ育種に貢献することが期待できます。


■原論文情報
 ・Takahashi,F.Tilbrook,J.Trittermann,C.Roy,SJ.Seki,M.Shinozaki,K.Tester,M.,“Comparison of leaf sheath transcriptome profiles with physiological traits of bread wheat cultivars under salinity stress.”,PLOS ONE


■発表者
 理化学研究所
 環境資源科学研究センター(http://www.riken.jp/research/labs/csrs/) バイオマス工学研究部門(http://www.riken.jp/research/labs/csrs/biomass_eng/) バイオマス研究基盤チーム(http://www.riken.jp/research/labs/csrs/biomass_eng/biomass/
 研究員 高橋 史憲(たかはし ふみのり)
 チームリーダー 篠崎 一雄(しのざき かずお)


■補足説明
1. ハイスループットな自動表現型解析システム
 植物の生育環境をコントロールして、「表現型」として現れる植物の形質変化を、自動で経時的にモニターし解析するシステム。RGBカメラや、近赤外線カメラ、赤外線カメラなど複数のカメラを使って、植物の成長や形態形成の変化を画像として、自動かつ定時的に取得し解析する。ポット中の土壌水分もモニターし、必要な水分も自動で供給する。ポットは、ベルトコンベアー式の搬送システムに乗せて自動で各解析機器の場所へ搬送される。ポットの設置場所をローテーションさせることで、広い温室内で生じる場所ごとの環境影響の不均一さを、平均化して生育させることもできる。

2. 灌漑農業地
 乾燥地域、あるいは年間の降雨量が一定でない地域の耕地に、人工的に水を供給して行う農業。外部から水を引き込む灌漑を必要とする地域では、元来の水はけの悪さや、不十分な排水により、塩類の蓄積が起こりやすい。また、地中の塩類が溶け出した後、水分蒸発に伴って地表付近に濃縮されてしまう。その結果、塩害が発生する。

3. 膜輸送タンパク質
 生体膜を貫通するように存在し、膜を通して物質の移動ができるように、分子内部には穴となる部位を持つ。ナトリウムトランスポーターはナトリウム(Na+)を選択的に輸送する。

4. バイオマス
 生物資源の量を、物質の量として表した概念。質量や、エネルギー量、現存量の語として使われることが多い。

5. The Plant Accelerator
 オーストラリアにあるAustralian Plant Phenomics Facilityに所属する研究所。オーストラリア州立アデレード大学Waiteキャンパス内にある。実際の圃場で有用な形質を示す植物を作出するには時間がかかるため、様々な解析をハイスループット化・自動化し、品種改良にかかる時間を劇的に短縮させる目的で、研究が進められている。コムギだけでなく、イネや、トウモロコシ、チクピーなどを主たる研究対象としている。

6. 葉鞘(ようしょう)
 葉の基部が鞘(さや)状になり、芽生えを保護するように茎を包む部分。主に単子葉植物などに見られる。


 *図1・2は添付の関連資料を参照



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