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京大など、混ざり合わないポリマーを完全に混ぜる手法を開発

2015-07-07

混ざり合わないポリマーを完全に混ぜる手法を開発
−プラスチックの持つ機能を飛躍的に向上−


 京都大学(総長:山極壽一)の研究グループは、九州大学(総長:久保千春)および東北大学(総長:里見進)の研究グループと協力し、多孔性物質(※1)を鋳型とすることで、絶対に混ざり合わないと言われていたポリマー(※2)が分子レベルで完全に混ぜ合わせる手法を開発しました。

 植村卓史 京都大学大学院工学研究科 准教授、北川進 同大学 物質−細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)拠点長・教授らの研究グループは、無数のナノ空間を有する多孔性金属錯体(PCP)の細孔内で異なる種類のポリマーを順次合成し、得られた複合体からPCPのみを除去することで、数ナノメートル以下のレベルで混合されたポリマーブレンド(※3)を取り出すことに成功しました。構造や性質が大きく異なるため、常識的には混合することはないポリマーの組み合わせでも、分子レベルで混合できることを証明し、本手法の高い一般性も示されました。ここで得られたポリマーブレンドは、これまでの慣例的な方法で得られたブレンド体に比べてはるかに高い熱安定性を示したことから、分子レベルで究極に混合することにより、プラスチック材料の持つ様々な機能を飛躍的に向上できる新手法になることが期待されます。

 本研究は科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)および文部科学省(MEXT)科学研究費助成事業新学術領域研究によって推進されました。
 本成果は英国夏時間2015年7月1日午前10時(日本時間7/1日午後6時・7/2日付朝刊)に英科学誌「Nature Communications(ネイチャー・コミュニケーションズ)」で公開される予定です。


1.背景
 プラスチックをはじめとしたポリマー材料は軽量性や加工性、強度、透明性などに優れていることから、土木・建築から電子部品、食品、医療、航空・自動車産業に至るまで様々な産業分野で利用されています。昨今ではポリマー材料のニーズがいっそう高度化・多様化しているため、単一のポリマー材料ではその要請に応えることが難しい場合も多く、種類の異なるポリマーを混ぜ合わせた「ポリマーブレンド」の作成により、個々のポリマーでは実現できない新しい性質や機能を持った材料の開発が行われています。しかし、ほとんどのポリマーブレンドにおいて、異種ポリマーをナノメートルレベルで混合することは不可能で、それぞれのポリマーが数ミクロン程度の大きさで固まった相分離が起こってしまいます。これはフローリー・ハギンス理論(※4)においても、統計熱力学の観点から説明されており、フローリーはその業績により1974年にノーベル化学賞を受賞しています。しかし、相分離したままのポリマーブレンドでは物性の大幅な改善は見込まれないため、あらゆるポリマーの組み合わせにおいて、分子レベルで混合できる方法の開発が望まれてきました。これまで、異種ポリマー同士を化学的に結合させて、無理やり混合させるような手法や、両方のポリマーに親和性の高い化合物(相溶化剤)などを加えることでポリマーブレンドの作成が行われてきましたが、このような手法では、ポリマーの性質自体が反応により変化することや、相溶化剤といった不純物がブレンド中に存在してしまうこと、また数ナノメートルという極限状態まで混合することが出来ないという欠点がありました。


2.研究内容と成果
 今回本研究グループは、PCPの細孔内で異種ポリマーを順次合成し、その後、PCPを除去することで、ポリマー同士を数ナノメートル以下のレベルで混合することに成功しました。本手法により、元来混合しない組み合わせのポリマーでも分子レベルで混合させることができ、低性能なプラスチック材料を大幅かつ合理的に高機能化できる可能性を示しました。

 ・図1は添付の関連資料を参照

 本研究では、金属イオンとそれをつなぐ有機物からなり、規則的なナノサイズの空間を有する多孔性金属錯体(PCP)に着目しました(図1)。本研究グループでは以前から、PCPのナノ細孔を反応場とすることで、得られるポリマーの構造の制御に取り組んでおり、有用なプラスチック材料の開発に成功しています。今回の研究では、これまで絶対に混じり合わないとされていたポリスチレン(PS)とポリメタクリル酸メチル(PMMA)に着目し、これらのポリマーをPCPの細孔内で合成した後、鋳型のPCPを除去することで、PSとPMMAのポリマーブレンドを作成することを試みました(図2)。この系では、速度論的にポリマーブレンドを取り出すことができるため、常識的に用いられてきたフローリー・ハギンス理論は適用されず、これまで不可能だった分子レベルでの完全混合が期待できます。ここでは、まず、PCPが有する細孔内にPSの原料となるスチレンモノマーの導入・連結反応を行い、続いて、異なる原料モノマーであるメタクリル酸メチルを空いている細孔内で反応させることで、PSとPMMAがPCPの細孔内にランダムに導入された複合体を形成します。得られた複合体をキレート剤で処理して、PCP骨格のみを選択的に除去することで、ポリマーブレンドを単離しました。このブレンド体の1Hスピン―格子緩和時間(T1p(◇))測定を行ったところ、PSとPMMAのT1pの値がほぼ同じであることがわかり、分子レベルで混合されていることが示唆されました。そこで、東北大学の陣内浩司教授(旧:九州大学教授)らの研究グループと協力して透過型電子顕微鏡観察を行うと、一般的なブレンドの調整法(溶液からのキャスト)で得られたPS−PMMAブレンドでは、それぞれのポリマーが数ミクロン以上のドメインで凝集した相分離構造を示しますが、本手法で得られたブレンド体ではドメイン構造は全く観測されず、数ナノメートル以下のレベルでPSとPMMAが混合した状態にあることが確認されました(図3)。

 ◇「T1p」の正式表記は添付の関連資料を参照

 ・図2・3は添付の関連資料を参照

 興味深いことに、このような分子レベルで混合された状態は8か月以上も室温で安定に保たれることが分かりました。また、ここで得られたポリマーブレンドの熱分解測定を行うと、PMMAの耐熱性が飛躍的に向上することが明らかになり、たった数%のPSを混合するだけでもPMMA単体と比べ80℃以上も熱分解温度が向上することが示されました(図4)。つまり、PCPを鋳型として極限までブレンド化することで、材料の耐熱性や強度といったプラスチック材料の機能を飛躍的に向上できる可能性が示されました。

 ・図4は添付の関連資料を参照

 本手法の特筆すべきところとして、様々なポリマーの組み合わせに適用ができるという一般性の高さも挙げられます。実際、溶解度パラメーターが大きく異なるため、常識的に混合するとは考えられない組み合わせのポリマー(PSとポリアクリロニトリル(PAN))でさえ、上述のPS−PMMAと同様に分子レベルで混合させることに成功しました。PS、PMMA、PANはポリマー材料において最も中心的な存在として利用されていますが、ほとんどのポリマー材料と混合はできません。本手法では、このような汎用性ポリマーを数ナノメートル以下のレベルで合理的に混合させることに成功したことから、学術および産業的にも非常に大きな成果であると言えます。


3.今後の期待
 自動車、電子機器、情報、土木、医療、食品、スポーツなどの多くの産業の発展とともにポリマーブレンドの需要が高まってきています。現在のポリマーブレンドの世界市場規模は約5兆円程度と推定され、毎年4.5%程度の伸びで益々拡大していくものと予測されています(BCC Researchより)。本研究で開発したPCPによる鋳型法を利用すれば、あらゆる種類のポリマーを分子レベルで完全に混合できる可能性があることから、プラスチック材料の品質を大幅に高める目的や、これまでにない機能性材料を産み出す新技術として幅広い分野での利用が期待されます。


■用語解説・注釈

 ※1 多孔性物質:多数の微細な孔を持つ物質。吸着材、分離材や触媒などに利用される。
 ※2 ポリマー:分子量が非常に大きい分子(通常1万以上)。合成ポリマーにはプラスチックやナイロンなど、天然(生体)ポリマーにはタンパク質や脂質などが含まれる。ポリマーに関する研究で日本人が近年ノーベル賞を受賞した例としては「導電性ポリマーの発見とその開発(白川英樹:2000年)」「生体ポリマーの同定および構造解析のための手法の開発(田中耕一:2002年)」が知られる。
 ※3 ポリマーブレンド:複数のポリマーを混合することで、新しい特性を持たせた多成分ポリマーのこと。混合比や混合状態により、合目的に性能をチューニングでき、足し合わせではない創発的な機能の発現もしばしば見られることから、エンジニアリングプラスチックの開発など様々な産業用途に使用されている。
 ※4 フローリー・ハギンス理論:1942年にポール・フローリーとモーリス・ハギンスはそれぞれ独立に格子モデルによる統計熱力学理論を発表した。この理論ではポリマーを数珠状につながった玉とみなすことで、ポリマー溶液やブレンドの性質の説明を可能できることから、一般的な理論として、広く受け入れられている。フローリーはこれらの業績から1974年にノーベル化学賞を受賞している。


■論文タイトルと著者
 “Mixing of immiscible polymers using nanoporous coordination templates”
 Takashi Uemura(*),Tetsuya Kaseda,Yotaro Sasaki,Munehiro Inukai,Takaaki Toriyama,Atsushi Takahara,Hiroshi Jinnai,and Susumu Kitagawa(*)
 Nature Communications|DOI:



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