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広島大と東北大など、月表層の岩石試料(アポロ試料)から高圧相を世界で初めて発見

2015-07-04

月表層の岩石試料(アポロ試料)から高圧相を世界で初めて発見


【ポイント】
 ●アポロ計画で回収された月表層の岩石試料から、世界で初めてシリカ(SiO2)の高圧相(※1)であるスティショバイトを発見
 ●スティショバイトの存在は超高圧力状態の発生、すなわち天体衝突現象の明確な証拠
 ●アポロ試料中のスティショバイトを用いて、より直接的な証拠からのクレーターの形成年代や衝突規模の推定が可能


【概要】
 広島大学大学院理学研究科の宮原正明准教授、東北大学大学院理学研究科の大谷栄治教授、千葉工業大学の荒井朋子上席研究員らを中心とした研究チームは、アポロ15号計画で回収された月表層の岩石試料(アポロ試料)からシリカ(SiO2)の高圧相であるスティショバイトを発見しました(図1)。
 スティショバイトが生成するには少なくとも8万気圧以上の超高圧力条件が必要であることが分かっています。このような超高圧力状態が地表で発生するのは巨大な物体が高速で激突した際、すなわち小天体が月に衝突した場合以外には考えられません。実際、地球上での小天体の衝突跡とされるクレーターの周辺の岩石からもスティショバイトが発見されています。月にも小天体の衝突跡と考えられるクレーターが多数存在しますが、アポロ計画で回収された月表層の岩石試料からはこれまではスティショバイトは見つかっていませんでした。そこで、研究チームがアポロ15号の宇宙飛行士が持ち帰った月表層の試料をナノ分析装置で調べたところ、スティショバイトの存在を世界で初めて突き止めることに成功しました。研究チームはこの岩石試料に含まれる物質(鉱物)の種類や化学組成から、このスティショバイトは月の巨大な海の1つである「嵐の大洋(プロセラルム盆地)」の形成に関与した無数の天体衝突の内の1つに伴い生成したと推定しています。
 この研究成果は、米国鉱物学会が発行する“米国鉱物学雑誌”にハイライト論文として掲載されました。また、今後アメリカ科学振興協会(AAAS)が発行する“Science”にも紹介される予定です。

 *図1は添付の関連資料を参照


【発表論文】
 著者:Shohei Kaneko、Masaaki Miyahara*、Eiji Ohtani、Tomoko Arai、Naohisa Hirao and Kazuhisa Sato
  *Corresponding author(責任著者)
 論文題目:Discovery of stishovite in Apollo 15299 sample
 掲載雑誌:American Mineralogist(米国鉱物学雑誌)、Vol.100、1308−1311、2015.
 掲載URL:http://www.minsocam.org/msa/Ammin/AM_Notable_Articles.html
  [Stishovite on the Moon の部分]
 DOI番号:10.2138/am−2015−5290


【研究の背景】
 月には数多くのクレーターが存在し、これらは月に衝突した小天体が作り出した地形であると考えられています。また、月表層の岩石は小天体の衝突によって粉々に粉砕され、粉砕された岩石は月表層を厚く覆っています。クレーターや粉砕された岩石層の存在はいずれも激しい天体衝突の名残と考えられています。巨大な物体が高速で衝突すると、地表では衝撃波によって瞬間的な超高圧力状態が発生します。シリカ(SiO2)は月の表層を構成する物質(鉱物)の1つです。高圧力発生装置を用いた合成実験の結果から、シリカに高い圧力を加えると、より高密度な物質(高圧相:スティショバイト)に変化することが分かっています。スティショバイトの存在は超高圧力状態の発生、すなわち天体衝突現象の明確な証拠となります。これまでの研究チームの研究で、小天体が衝突した際に月の表層から弾き飛ばされて地球に落下したとされる月の岩石、月起源隕石にはスティショバイトが含まれていることが分かっていました。しかし、アポロ宇宙飛行士が地球に持ち帰った月の表層試料(アポロ試料)にはこれまでスティショバイトが見つかっておらず大きな謎でした。


【研究の内容】
 研究チームはアポロ15号の宇宙飛行士が地球に持ち帰った月表層の岩石試料(アポロ試料)からシリカ(SiO2)の高圧相であるスティショバイトを発見しました。アポロ15号は1971年に月に着陸し、月の岩石試料(77.3kg)を回収しました。今回の研究で用いたアポロ試料(試料番号:Apollo15299)はアポロ15号が月の「雨の海」の淵に位置するハドレー谷の近くで回収した試料の1つです。Apollo15299は主に破壊された岩石片が再度集積した角レキ岩からなり(図1)、角レキ岩の中には細粒のシリカの破片も含まれています。研究チームはそのシリカの一部を集束イオンビーム加工装置(※2)で切り出し、大型放射光施設SPring−8の強力なX線で構造解析を行いました。その結果、Apollo15299がスティショバイトを含むことが世界で初めて明らかとなりました(図2)。

 *図2は添付の関連資料を参照


 アポロの宇宙飛行士が試料を月から持ち帰って既に半世紀近くたちますが、集束イオン加工装置やSPring−8(※3)BL10XUといったナノ解析技術を駆使することでようやくその存在を突き止めることに成功しました。研究チームはApollo15299に含まれる物質(鉱物)の種類や化学組成から、このスティショバイトは月の巨大な海の1つである嵐の大洋(プロセラルム盆地)の形成に関与した無数の天体衝突の1つに伴い生成したと推定しています。


【波及効果と今後の展開】
 地表でのスティショバイトの存在は天体衝突現象を決定づける証拠の1つです。スティショバイトが生成するために必要な圧力条件やその圧力が持続した時間を用いて衝突した天体の速度や大きさを推定することも可能です。また、放射性同位体の測定と組み合わせることで、衝突が起きた年代を明らかにすることも出来ます。現在、クレーターの形成年代や衝突規模の推定は数値シミュレーションやクレーター年代学(※4)を用いて間接的に行われていますが、アポロ試料中のスティショバイトを用いてより直接的な証拠からの推定が可能となります。
 スティショバイトを含めた高圧相は地球に落下した地球外物質である隕石の中からは数多く発見されています。これらの隕石中の高圧相は宇宙空間で天体同士の衝突に伴って発生した超高圧力状態で生成したと考えられています。これまで高圧相は隕石の中からのみ発見されていましたが、今回の我々のアポロ試料の研究から地球外の天体の地表にも存在していることが初めて証明されました。今後、地球へのサンプルリターンが期待される火星や小天体等の地表の岩石中にも高圧相が存在している可能性があり、高圧相にも注目していく必要があります。


(用語の解説)

※1 高圧相
 天然に産する固体物質でほぼ均一の化学組成と結晶構造を持つものが鉱物です。鉱物は周りの環境(圧力や温度)に応じてその結晶構造を変化させます。私達が暮らしている地表の圧力(1気圧)よりも高い圧力で安定に存在する鉱物を“高圧相”と呼んでいます。

※2 集束イオンビーム加工装置
 細く絞ったイオンビームで試料を走査し、試料表面の観察をしたり、マイクロメートルサイズの微細加工をしたりする装置です。本研究では試料の一部を切り取り、SPring−8でのX線回折や電子顕微鏡観察用薄膜を作製するために使用しています。

※3大型放射光施設 SPring−8
 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高エネルギーの放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理と利用者支援などは高輝度光化学研究センター(JASRI)が行っています。SPring−8の名前はSuper Photon ring−8 Gev(ギガ電子ボルト)に由来しています。放射光とは、電子を高速に近い速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する強力な電磁波のこと。SPring−8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。

※4クレーター年代学
 天体上のクレーターの数密度を基に天体表層の形成年代を求める手法。





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