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東大、小さなRNAの暗号解読に成功

2015-06-27

小さなRNAの暗号解読に成功
〜右利き・左利きの謎を解明:
プレシジョンメディシン時代の核酸医薬へ新たなる一歩〜


1.発表者:
 鈴木 洋(研究当時:東京大学大学院医学系研究科分子病理学 特任助教、現所属:マサチューセッツ工科大学コーク癌総合研究所 客員研究員)
 宮園 浩平(東京大学大学院医学系研究科分子病理学 教授)


2.発表のポイント:
 ◆長く不明であった生体内の遺伝子の制御において重要な役割を持つ小さなRNA(マイクロRNA、注1)の産生、特にRNAの右利き左利き、に関する中心的な原理を発見しました。
 ◆マイクロRNA産生・RNA干渉の起点となる2本鎖RNAから、どちらの1本鎖RNAがマイクロRNAとして機能するかについて、普遍的な原理と対応するメカニズムの解明、さらにこれを予測・制御する数理的モデルの構築に成功しました。
 ◆RNA干渉の起点となる2本鎖RNAの運命を決定するしくみが明らかになったことで、RNA干渉を利用した核酸医薬(注2)の合理的開発・最適化が可能になると期待されます。


3.発表概要:
 マイクロRNAと呼ばれる小さなRNAはタンパク質の設計図となる他のRNAを抑制することで、さまざまなタンパク質の産生を調節するというユニークかつ重要な機能をもっています。また、マイクロRNAのメカニズムの原点となるRNA干渉は、病気に関係する遺伝子を直接的に調節するための核酸医薬における主要アプローチの1つとしても期待されています。一方で、RNA干渉は2本の対になったRNAが起点となる分子機構ですが、そのどちらのRNAが機能するか(右利き・左利き)については未だ正確なメカニズムが不明であり、このことは核酸医薬においてRNA干渉の作用・副作用を十分に制御できないことを意味します。
 東京大学大学院医学系研究科の鈴木洋特任助教(研究当時/現所属:マサチューセッツ工科大学コーク癌総合研究所)、宮園浩平教授らの研究グループは、長く不明であった生体内の遺伝子の制御において重要な役割を持つ小さなRNA(マイクロRNA)の産生、特にRNAの右利き左利きに関する中心的な原理を発見しました。研究グループは、どちらの1本鎖RNAがマイクロRNAとして機能するかについて、普遍的な原理と対応するメカニズムの解明、さらに、これを予測・制御する数理的モデルの構築に成功しました。本研究によりRNA干渉の起点となる2本鎖RNAの運命を決定するしくみが明らかになったことで、マイクロRNAの生体における役割のより正確な理解、および、RNA干渉を利用した核酸医薬の合理的開発・最適化が可能になると期待されます。
 本成果は国際科学誌Nature Structural&Molecular Biologyに、2015年6月22日午前11時(米国東部時間)にオンライン版で発表されます。本研究は東京大学大学院医学系研究科とマサチューセッツ工科大学との共同研究により行われました。なお、本研究は日本学術振興会文部科学省の科学研究費補助金などの支援を受けて行われました。


4.発表内容:
<研究の背景>
 我々の体を構成する細胞の中で、マイクロRNAと呼ばれる小さなRNAはタンパク質の設計図となる他のRNAを抑制することで、さまざまなタンパク質の産生を調節するというユニークかつ重要な機能をもっています。マイクロRNAはがんなどのさまざまな病気にも関わっていることが明らかになっており、注目されています。特に、マイクロRNAのメカニズムの原点となるRNA干渉(2006年ノーベル医学生理学賞)は、遺伝子の機能を抑制する手法として世界中の生物学研究・医学研究で利用されているだけでなく、病気に関係する遺伝子を直接的に調節するための核酸医薬における主要アプローチの1つとしても期待されています。マイクロRNA・RNA干渉を応用した病気の診断法や治療法の研究が世界中で進められています。
 ところで、マイクロRNAは、細胞内で前駆体となる2本鎖RNAからどちらかの1本鎖RNAがマイクロRNAとして選択されることによって機能します(図1A)。2本のRNAの内、それぞれのRNAは異なる遺伝子を制御するため、どちらのRNAが機能するかは、マイクロRNAおよびRNA干渉の特異性を考える上で非常に重要です(図1A)。意図していない側のRNAが機能することによって目的としない遺伝子を抑制することで副作用が発生するという事態が発生します。ところが、生体内のマイクロRNAの詳細な解析が行われ、生体内のマイクロRNAは、種類によって、一方のRNAだけ機能したり(右利き)、もう一方のRNAだけ機能したり(左利き)、あるいは、両方のRNAが機能したりしており(両利き)、どちらのRNAが機能するか(マイクロRNAの非対称性)は実は千差万別であることが明らかになってきました(図1B)。この複雑なマイクロRNAの右利き左利きのパターンを説明できるしくみはいまだ不明であり、このことは、核酸医薬の起点となる小さなRNAの作用・副作用をこれまでの研究で蓄積された経験則では十分に調節できないことを意味しています。

<研究内容>
(1)マイクロRNAの右利き左利きパターンの一般的な特性の解明
 本研究グループは、生体内のマイクロRNAの詳細な解析に基づき、まず、2本鎖RNAの配列が非常に似ているにも関わらず、右利き左利きのパターンが大きく異なるマイクロRNAグループに注目しました。このマイクロRNAグループについてどちらのRNAが優先的に機能するかを検討した結果、このマイクロRNAグループについて、まず一方のRNA(図1:5pタイプ・右手型マイクロRNA)が常に強く機能しており、もう一方のRNA(図1:3pタイプ・左手型マイクロRNA)はRNA2本鎖の両端のほどけやすさ(相対的な熱力学安定性の違い)に依存してさまざまな強さの活性を示すことを見出しました。さらに、このマイクロRNAグループの右手型マイクロRNAが4つの塩基の内、UまたはAで始まることから、以下のような仮説をたてました。
 仮説:マイクロRNAの右利き左利きを決定する分子ルールは2つあり、1つ目のルールでは、マイクロRNAの先端がUかAであった場合に、GかCで始まる場合よりも、成熟型マイクロRNAとして強く機能する(5´塩基選択ルール)、2つ目のルールでは、マイクロRNAの先端がほどけやすいほど、強く機能しやすい(熱力学安定性ルール)、そして、最終的な右利き左利きのパターンは2つルールの重ね合わせによって決定される(図2A)。
 この仮説によりマイクロRNAの右利き左利きのパターンは図2Bのように予想され、大規模なマイクロRNAの解析結果は、予測と非常によく合致するものでした(図2C)。これらの解析の結果より、複雑なマイクロRNAの右利き左利きのパターンは、マイクロRNAの先端の塩基がUAGCのどれであるかというデジタル変換のパターンと、マイクロRNAの両端のほどけやすさというアナログ変換のパターン、両者の重ね合わせを反映するものであることが明らかになりました。

(2)マイクロRNAの右利き左利きパターンを決定するメカニズム
 マイクロRNAは、細胞内でArgonaute、Agoと呼ばれるタンパク質(注3)と複合体を形成することにより、機能します。Agoタンパク質は、2本鎖RNAを取り込み、ここから1本のRNAが除去されることで最終的なAgoタンパク質と1本鎖RNAの複合体が形成されます。Agoタンパク質は、2本鎖のRNAの両端をMIDドメインとPAZドメインと呼ばれる構造(注4)ではさみこむことが知られています(図3)。
 詳細な解析の結果、成熟型1本鎖RNAの先端(5´端)に結合するMIDドメインの中で、RNAの塩基と相互作用する部分が5´塩基選択ルールを遂行するセンサーとなり、RNAのリン酸と相互作用する部分が熱力学安定性ルールを遂行するセンサーとなっていることが明らかになりました。この2つのセンサーが同時に5´塩基選択ルールと熱力学安定性ルールを遂行することで5´塩基選択ルールと熱力学安定性ルールの重ね合わせという特徴的なパターンが発生すると考えられます。これらの結果は、これらのセンサー部分に変異を挿入したAgoタンパク質の解析からも支持されました。

(3)RNA干渉の右利き左利きパターンの数理的モデルの構築
 ここまでの解析により、Agoタンパク質のMIDドメインがRNAの両端のほどけやすさを検出していることが明らかになりました。Agoタンパク質にはMIDドメインが1つあり、これによりRNA両端の片側の絶対的な熱力学的安定性を検出できることは説明できますが、では、両端のほどけやすさ、つまり、相対的なほどけやすさの違いはどのように検出されているのでしょうか。この問題は、生化学における酵素反応速度理論を右利き左利きパターンにあてはめることにより、説明できます。MIDドメインとRNAの片側の相互作用は1対1の関係であっても、酵素反応速度理論により相対的なほどけやすさの違いが検出可能になることが、数理モデルの構築により示唆されました。さらに、この数理モデルを、次世代シーケンサーによる生体内のマイクロRNAの詳細な解析、および、生体内のマイクロRNAの活性に関するデータにあてはめたところ、生体内のマイクロRNAの挙動が非常によく説明できることが明らかになりました。

(4)マイクロRNAの右利き左利きパターンとがんの関係
 マイクロRNAは細胞の分化といった重要な生命現象、および、がんなどのさまざまな病気にも関わっていることが知られています。がんでは、さまざまなマイクロRNAの発現の異常が報告されていますが、近年の研究により、マイクロRNA自身の変異や、マイクロRNAの配列の個人差が、がんのリスクやがんの予後と関係することも報告されています。マイクロRNAの右利き左利きパターンとがんの関係について解析を行い、がんで変異が発見されたマイクロRNAの配列異常、がんのリスクと関係するマイクロRNA配列の個人差が、マイクロRNAの右利き左利きパターンを変化させることを見出しました。このことは、右利き左利きパターンの異常がマイクロRNAの機能の異常に関係していることを示唆するものです。


<社会的意義・今後の展開>
 本研究により、マイクロRNA産生・RNA干渉の起点となる2本鎖RNAから、どちらの1本鎖RNAがマイクロRNAとして機能するかについて、普遍的な原理と対応するメカニズムが明らかになり、マイクロRNAの非対称性を予測・制御する数理的モデルの構築にも成功しました(図4)。本研究によりRNA干渉の起点となる2本鎖RNAの運命を決定するしくみが明らかになったことで、マイクロRNAの生体における役割のより正確な理解、および、RNA干渉を利用した核酸医薬の合理的開発・最適化が可能になると期待されます。特に、来たるプレシジョンメディシン時代(精密個別化医療)では病気に関係する遺伝子の正確な機能解析、および、病気に関係する遺伝子を対象にしたスピーディーな核酸医薬の開発が重要であり、本研究によりRNA干渉を応用した核酸医薬の開発が加速することが期待されます。


5.発表雑誌:
 雑誌名:「Nature Structural&Molecular Biology」(オンライン:2015年6月22日)
 論文タイトル:Small−RNA asymmetry is directly driven by mammalian Argonautes
 著者:Hiroshi I.Suzuki*,Akihiro Katsura,Takahiko Yasuda,Toshihide Ueno,Hiroyuki Mano,Koichi Sugimoto,and Kohei Miyazono*
 鈴木洋*、桂彰宏、安田貴彦、上野敏秀、間野博行、杉本耕一、宮園浩平*
 DOI番号:10.1038/nsmb.3050


 ※用語解説・図1〜図4は添付の関連資料を参照




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