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東大など、「時間結晶」が不可能であることを数学的に厳密に証明

2015-06-25

「時間結晶」が不可能であることの証明
ノーベル賞物理学者の新理論を明確に否定〜


1.発表者:
 渡辺 悠樹(カリフォルニア大学バークレー校博士課程 大学院生)
 押川 正毅(東京大学物性研究所 教授)


2.発表のポイント:
 ◆フランク・ウィルチェック教授(Frank Wilczek、マサチューセッツ工科大学教授、2004年ノーベル物理学賞受賞)が、2012年に、「時間結晶(time crystal)」という物質の新しい状態の可能性があることを理論的に提案した。本研究グループは、統計力学の原理に従う限り時間結晶の実現は不可能であることを数学的に厳密に証明した。


3.発表概要:
 多くの物質を冷却すると結晶が自発的に生じるため、自然界には多くの結晶が存在します。結晶の中では原子が周期的に規則正しく並んでおり、液体や気体と違って場所によって物質の密度が異なることになります。これを一般化して、ノーベル賞物理学者のウィルチェック教授は、たとえば物質の密度が時間によって周期的に変化するような状態(図1)が自発的に生じる可能性を理論的に提案し、時間結晶と名づけました。時間結晶が実現すれば物理学史上でも画期的な発見と考えられ、ウィルチェック教授の理論は多くの注目を集めました。しかし今回、カリフォルニア大学バークレー校博士課程の渡辺悠樹大学院生と東京大学物性研究所の押川正毅教授は、統計力学から導かれる安定な物質の状態では、巨視的な物理量が時間的に変化することはないことを数学的に証明しました。このことは、ウィルチェック教授の提案した時間結晶は実際には存在しないことを意味します。本研究は物理学の基礎に対する重要な寄与であり、また時間と空間の意味を考える上でも一つの手がかりになるものと考えられます。


4.発表内容:
(背景)
 通常、物質を十分低い温度に冷却すると、結晶が生じます。この「結晶」とは、原子が空間の中で周期的に規則正しく並んでいる状態です。すなわち、一定の条件のもとで、原子の集まりは自発的に空間的なパターンを作ります。一方、相対性理論によれば、時間と空間は完全に別のものではなく、私達の住む世界は3次元の空間と1次元の時間を統合した4次元の時空と考えるべきです。そうすると、原子の集まりが図1のように空間方向ではなく時間方向に自発的にパターンを作る可能性も考えられます。しかし、このような「時間結晶」の可能性は、直観に反することと、具体的に実現する方法の提案がなかったことから、最近まで検討されることはありませんでした。しかし、2012年になって、フランク・ウィルチェック教授が時間結晶の可能性を理論的に初めて検討し、実験的に実現する方法の提案も行いました。ウィルチェック教授が提唱したように「時間結晶」が実現可能だとすれば物理学史上でも画期的な発見と考えられ、多くの議論や研究がなされました。例えば、「時間結晶が存在するか否か」という問題は、「私達の住む宇宙の全エネルギーが一定に保たれているかどうか」という物理的に非常に基礎的な問題と背後で結びついているため、仮に私達の住む宇宙に時間結晶が存在することになるとエネルギーに対する理解が大きく塗り替えられることになります。そのため、ウィルチェック教授の理論は、ネイチャー誌やアメリカ物理学会の解説記事や「ポピュラー・サイエンス」などでも取り上げられ、大きな注目を集めました。
 しかし、原子の集まりは統計力学に従うことが知られており、「時間結晶」が実際に存在するかどうかは、統計力学(注1)に基づいて検討する必要がありました。

(研究内容と成果)
 カリフォルニア大学バークレー校博士課程の渡辺悠樹大学院生と東京大学物性研究所の押川正毅教授は、統計力学により導かれる安定な物質の状態(平衡状態、注2)で巨視的(注3)な物理量の時間相関関数(注4)を評価し、厳密な不等式を用いてこれが時間的に振動することはないことを数学的に証明しました。これは、統計力学に従う限り、ウィルチェック教授の提案した「時間結晶」は実際には存在しないことを意味します。

(本研究の意義、今後の展望)
 本研究成果は、物理学の基礎の一つの前進であるとともに、私達の住む世界における時間と空間の意味を考える上でも重要な手がかりになります。物理学の世界に大きな驚きをもたらし、アメリカの多くの科学雑誌・記事に取り上げられた新理論が否定されたことは、物理学の基礎の一つの前進を意味します。
 本研究成果の詳細は、Physical Review Letters誌(オンライン版2015年6月24日付、雑誌版6月26日付)に掲載される予定です。


5.発表雑誌:
 雑誌名:「Physical Review Letters」2015年6月24日(オンライン版)、6月26日(雑誌版)掲載予定
 論文タイトル:Absence of Quantum Time Crystals
 著者:Haruki Watanabe and Masaki Oshikawa


■用語解説
 (注1)統計力学
  多くの粒子からなる系の性質を研究する、物理学の一分野。物質は多数の原子から構成されるため、統計力学は物質の性質を探求する物性物理学の基礎としても重要です。

 (注2)平衡状態
  物質を十分長い時間放置すると、安定な状態に達すると考えられます。このような状態を平衡状態と呼びます。平衡状態は統計力学によって記述され、温度によって特徴付けることができます。特に、原理的に存在可能な最低の温度である絶対零度では、系はエネルギーが最も低い基底状態にあると考えられます。ウィルチェック教授の時間結晶の提案は絶対零度の場合についてなされていましたが、今回の研究では絶対零度も含め全ての温度の平衡状態で時間結晶が存在しないことが示されました。

 (注3)巨視的
  多くの粒子からなる系について、個々の粒子ではなく粒子の集団全体が示す性質。統計力学の主要な興味の対象となります。

 (注4)相関関数
  ある量(たとえば物質の密度)がある点で大きくなったとき、距離rだけ離れた点で同じ量がどれくらい大きく(あるいは小さく)なるかを表すものを空間相関関数と呼びます。たとえば、結晶の場合にはrが原子間の距離に一致したときに空間相関関数が大きくなります。これと同様に、時間tだけ離れた時刻の間の時間相関関数を考えることができます。もし時間結晶が実現されれば、時間相関関数が周期的に変化することになります。


■添付資料

 ※図1は添付の関連資料を参照



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