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慶大など、遺伝性パーキンソン病患者由来のiPS細胞を樹立し脳内での病態を解明
遺伝性パーキンソン病患者由来のiPS細胞を樹立し
脳内における新たな病態の解明および再現に成功
−パーキンソン病発症メカニズムの解明、新薬開発に期待−
慶應義塾大学医学部生理学教室(岡野栄之教授)、北里大学医療衛生学部再生医療・細胞デザイン研究施設細胞デザイン研究開発センター(太田悦朗講師(慶應義塾大学医学部共同研究員)、小幡文弥教授)の共同研究グループ(注1)は、遺伝性パーキンソン病(注2)患者由来のiPS細胞を初めて樹立し、分化誘導した神経細胞を用いてパーキンソン患者の脳内における病態を再現し、ドーパミン放出(注3)異常やリン酸化タウ(注4)の増加などのパーキンソン病の発症メカニズムの一端を解明しました。
本研究グループは、全患者の10%を占める遺伝によって発症する遺伝性パーキンソン病患者の発症メカニズムの解明を目指して、Leucine−Rich Repeat Kinase 2(LRRK2)遺伝子(注5)に変異を有する優性遺伝性パーキンソン病家系内の患者2名からiPS細胞を樹立し、これらのiPS細胞から神経細胞のもととなる神経幹細胞を作製後、分化誘導した神経細胞について機能解析を行いました。その結果、iPS細胞から誘導した患者の神経細胞群では、健常者の神経細胞群に比べ、(1)酸化ストレスに対する脆弱性があること、(2)ドーパミンの放出異常があること、(3)細胞内のAKT/GSK−3βシグナル伝達経路の異常によってリン酸化タウが増加することが明らかになりました。また、iPS細胞を樹立したうちの1名の患者の死後脳を調べたところ、GSK−3β活性化によるリン酸化タウの増加、そしてそれが脳内に沈着して引き起こされる神経原線維変化(注6)を確認しました。今後、本研究成果を応用し、遺伝性だけでなく突発的に発症する孤発性も含めたパーキンソン病の病態解明や治療のための新薬開発が期待されます。
本研究成果は、2015年6月8日(英国時間)に医学雑誌「Human Molecular Genetics」オンライン版で公開されました。
1.研究の背景
パーキンソン病患者の90%は突発的に発症する孤発性パーキンソン病で、発症には環境要因や他の要因が複雑に関係しているため原因解明が困難です。しかし残りの10%の患者は、遺伝的要因が発症に関係することが分かっており、遺伝性パーキンソン病の原因遺伝子を解析することによって、パーキンソン病の発症メカニズムの一因が明らかになりつつあります。
その中でも優性遺伝性パーキンソン病の原因遺伝子 LRRK2に変異を持つ患者は、臨床症状や発症年齢だけでなく、治療薬であるレボドパに対する反応性においても孤発性パーキンソン病と類似した特徴を示します。さらにLRRK2遺伝子の変異は、多数の優性遺伝性パーキンソン病患者だけでなく、一部の孤発性パーキンソン病患者からも報告されており、LRRK2遺伝子の変異が引き起こすパーキンソン病の発症メカニズムは孤発性パーキンソン病の病態解明にもつながる可能性があります。これまでに、ヒトの変異 LRRK2遺伝子を導入させた遺伝子改変動物を用いて、LRRK2遺伝子の変異が引き起こすパーキンソン病の病態解析が行われていますが、実際の患者の症状を完全には再現できていません。
しかし、2006年に京都大学の山中伸弥教授らが開発したiPS細胞の技術は、患者の皮膚細胞から、これまで手に入れることが困難であった神経系の細胞を作製することを可能にしました。近年、海外よりG2019S変異LRRK2またはR1441C変異LRRK2を持つパーキンソン病患者から樹立したiPS細胞について報告されていますが、iPS細胞の元となる細胞を提供した患者の死後脳における病理所見がないため、脳内での病態を完全に再現できているかどうかの検証は不明でした。本研究では、患者の脳内における病態を再現できるパーキンソン病病態モデルの確立を目指し、I2020T変異LRRK2を持つパーキンソン病患者のiPS細胞を初めて樹立し、その病態を解析するとともに、同一患者の死後脳について解析を行いました。
2.研究の概要と成果
本研究グループは、I2020T変異LRRK2を持つ優性遺伝性パーキンソン病家系内のパーキンソン病患者2名に皮膚の細胞を提供してもらい、iPS細胞の樹立を行いました。そして、それぞれの患者について2種類のiPS細胞を樹立し、神経幹細胞を作製後、分化誘導した神経細胞について機能解析を行いました。その結果、iPS細胞から誘導した患者2名の神経細胞群では、健常者2名の神経細胞群に比べ、(1)酸化ストレスに対する脆弱性があること、(2)ドーパミンの放出異常があること、(3)細胞内のAKT/GSK−3βシグナル伝達経路の異常によってリン酸化タウが増加することが新たに明らかになりました。また、iPS細胞を樹立した1名の患者の死後脳について調べたところ、GSK−3β活性化によるリン酸化タウの増加、そしてそれが脳内に沈着して引き起こされる神経原線維変化を確認しました。
これらの成果から、iPS細胞から誘導した神経細胞が、患者の脳内における病態を再現でき、そのメカニズムの一端の解明につながりました(参考図)。今後、この患者由来のiPS細胞を用いることで遺伝性だけでなく孤発性も含めたパーキンソン病の病態解明や治療のための新薬開発が期待されます。
3.研究の意義・今後の展開
パーキンソン病患者由来のiPS細胞を用いた研究は、患者の脳内における神経細胞がどのように傷害を受けて変性していくのか、またそれに伴う形態変化を捉えることができるため、パーキンソン病の病態解明や治療に向けた薬剤スクリーニングへの応用につながります。今回の研究成果は、I2020T変異LRRK2を持つiPS細胞を初めて樹立し、患者の脳内神経細胞における病態を再現できたため、パーキンソン病におけるさらなる病態解明や創薬研究の展開につながると期待されます。
4.特記事項
本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)再生医療実現拠点ネットワークプログラム(疾患特異的iPS細胞を活用した難病研究)「疾患特異的iPS細胞技術を用いた神経難病研究」、厚生労働省・厚生労働科学研究費補助金、公益財団法人ブレインサイエンス振興財団、北里大学学術奨励研究資金助成、文部科学省 科学技術試験研究委託事業再生医療の実現化プロジェクト「再生医療の実現化を目指したヒトiPS細胞・ES細胞・体性幹細胞研究拠点」、JSPS科研費 26117001などの助成によって行われました。
※参考図は添付の関連資料を参照
5.論文について
タイトル(和訳):“I2020T mutant LRRK2 iPSC−derived neurons in the Sagamihara family exhibit increased Tau phosphorylation through the AKT/GSK−3β signaling pathway”
(I2020T変異LRRK2をもつ相模原家系内パーキンソン病患者iPS細胞に由来した神経細胞はAKT/GSK−3βシグナル伝達経路を介したリン酸化タウの増加を示す)
著者名:太田悦朗、仁平友子、内野彰子、今泉陽一、岡田洋平、赤松和土、高橋加代子、早川英規、永井真貴子、大山学、梁正淵、荻野美恵子、村山繁雄、高島明彦、西山和利、水野美邦、望月秀樹、小幡文弥、岡野栄之
掲載誌:「Human Molecular Genetics」オンライン版
【用語解説】
※添付の関連資料を参照