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北海道大学、半導体量子井戸において電子スピン制御の物性定数を解明
電子スピン制御の物性定数を解明
〜次世代電子デバイスの研究・開発を加速〜
<研究成果のポイント>
・半導体の基本物性値の一つ「スピン軌道相互作用係数」を実験的に決定。
・半導体量子井戸内の電子スピンを回転方向も含めてゲート制御することにはじめて成功。
・将来のスピン電子デバイスの開発に既存のバンドエンジニアリングの手法を適用する道を開いた。
<研究成果の概要>
北海道大学大学院情報科学研究科/創成研究機構研究部の古賀貴亮准教授の研究グループはNTTと共同で,インジウム,ガリウム,砒素をベースとした半導体量子井戸(図2)において,半導体の基本物性の一つである「スピン軌道相互作用」(*1)の大きさを精密に決定する実験にはじめて成功しました。このことは,半導体内の電子スピンを,ある特定方向を軸に回転させたり,回転を止めたり,逆回りに回転させたりするといった,電子スピンの自在な制御(図1)が,トランジスタのゲート(図3)によって可能であることを実証したことに相当します。
「スピン軌道相互作用係数」は,ゲートを用いた電子スピンの制御/操作のしやすさを表す指標といえますが,これまでどの半導体においてもその正確な値は知られていませんでした。今回の成果により,量子コンピュータ(*2)や超低消費電力論理デバイス(*3)といった電子スピンを用いた将来デバイスの開発に,半導体工学のバンドエンジニアリング(*4)の手法を適用することができるようになり,デバイス開発にかかるコストや時間が大幅に縮小されます。
本研究は,科学研究費補助金 若手研究(A)No.19684009を受け,創成研究機構 研究部 流動研究部門で行われました。
<論文発表の概要>
研究論文名:Determination of spin−orbit coefficients in semiconductor quantum wells
(半導体量子井戸でのスピン軌道相互作用係数の決定)
著者:S.Faniel,(1) T.Matsuura,(2) S.Mineshige,(1) Y.Sekine,(3) and T.Koga(1,2)
(ファニエル・セバスチャン(1),松浦徹(2),峰重俊介(1),関根佳明(3),古賀貴亮(1,2))
所属:(1)北海道大学大学院情報科学研究科,(2)北海道大学創成研究機構研究部,(3)日本電信電話株式会社 NTT物性科学基礎研究所
公表雑誌:Physical Review B 83,115309(2011)(http://prb.aps.org/abstract/PRB/v83/i11/e115309)
公表日:米国時間2011年3月7日(オンライン版掲載)
<研究成果の概要>
(背景)既存の半導体デバイスは,電子が電場によって加速するという,電子の「電荷自由度」により動作しています。一方で,電子は,「電荷」と共に「スピン」の自由度を持っており,それにより,電子一個一個は小さな磁石としての性質を有しています。そのため,固体中電子のスピンは状況に応じて,ある向きに揃ったり,特定の軸に対して回転したりします(図1)。量子コンピュータや超低消費電力論理デバイスといった,スピンを利用した将来デバイスを実現するには,このような電子の「スピン自由度」を半導体デバイス中で如何に制御するかが鍵となります。今回の研究によって,電子スピンの合理的な制御に必要不可欠な情報である「スピン軌道相互作用係数」の値が,インジウム,ガリウム,砒素をベースとした半導体量子井戸に対して,はじめて厳密に決定されました。
(研究手法)用いた試料は,厚さ10nm程度の非常に薄い,膜状のインジウム,ガリウム,砒素の化合物(InGaAs)を原子レベルの制御でインジウム,アルミニウム,砒素の化合物(InAlAs)の間に挟み込んだもので,「半導体量子井戸」と呼ばれるものです(図2)。このような構造では,膜状のInGaAsの部分に電子が集まり,電流が流れるチャンネルが形成されることが知られています。今回の実験では,電界効果型トランジスタ構造(FET構造)を使用し,ゲートにより,チャンネル内の電子濃度と膜に垂直な方向の電場(ゲート電場)を制御しました(図3)。測定では,熱による電子の擾乱(じょうらん)を最小限に抑えて測定感度を上げるため,「希釈冷凍機」(*5)と呼ばれる装置で試料を−273.12℃(絶対零度は−273.15℃)まで冷却し,試料の磁気抵抗を様々なゲート電圧のもとで測定することによって「スピン軌道相互作用係数」の値を決定しました。
(研究成果)今回の実験で「スピン軌道相互作用係数」がゲート電圧とともにどう変化したかを図4に示します。「スピン軌道相互作用係数」は電子スピンの回転のしやすさを表す指標であり,この値が大きいほど,電子スピンは,高速で回転することを意味します。図4の結果では,ゲート電圧を変化させることによって,チャンネル内の電子スピンの回転を,回転方向も含めて制御できること,また,あるゲート電圧においては,電子スピンの回転をほぼ止めることさえもできることが実証されました。今回の実験で,「スピン軌道相互作用係数」の値がゲート電圧の関数として厳密に与えられたことは,将来の実用デバイスにおいても,ゲートによる電子スピンの精密な制御が可能であることを意味しています。
(今後への期待)「スピン軌道相互作用係数」は,個々の半導体材料を特徴づける基本物性値の一つです。今回の実験手法は,InGaAs系以外の化学組成で構成される半導体の量子井戸にも適用することができます。そこで,多くの半導体材料で同様の実験を繰り返し,「スピン軌道相互作用係数」のライブラリを作るというのが今後の研究の一つの方向です。半導体デバイスエンジニア(技術者)は,このようなライブラリから,個々の半導体の物性についての情報を得て,材料を組み合わせ,バンドエンジニアリングを駆使することにより,新たな機能を備えた電子スピンデバイスを考案/設計/作製することができます。
もう一つの方向性は,今回の研究で使用したInGaAs/InAlAs系量子井戸を使って,新たな機能を持ったスピン電子デバイスを実現することです。この点に関しては,我々のグループは,2重量子井戸構造を用いた「スピン流発生デバイス」(**)を既に考案しています。今回の研究成果は,このデバイスを試作するための第一歩として非常に重要なものです。
**「スピン偏極装置」,古賀貴亮,関根佳明,特願2010−161379,2010−189336.
※以下、図などリリースの詳細は添付の関連資料を参照