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東大、発達途上にある脳が放射線で損傷を受けたときのミクログリア細胞の働きを解明

2015-06-17

メダカで明らかにされた免疫細胞ミクログリアによる脳組織防衛システム


1.発表者
 保田隆子(東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻 特任研究員)
 尾田正二(東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻 准教授)
 朽名夏麿(東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻 特任准教授)
 相良洋(東京大学医科学研究所附属疾患プロテオミクスラボラトリー微細構造形態解析グループ 助教)
 三谷啓志(東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻 教授)


2.発表のポイント
 ■どのような成果を出したのか
  発達途上にある脳が放射線により損傷を受けたとき、ミクログリア細胞(注1)が脳組織を守るためにどのように働くのかをメダカ胚をモデルとして明らかにしました。

 ■新規性
  放射線による脳損傷の程度に関係なく、脳内のミクログリア細胞が一斉に活性化していることを明らかにしました。

 ■社会的意義/将来の展望
  本成果は、放射線に被ばくした発達期の脳を守る放射線防護剤の開発や脳腫瘍などの放射線治療における小児の医療被ばく影響を回避する研究に役立つことが期待されます。


3.発表概要
 脳に傷害が起きると、免疫細胞“ミクログリア”が真っ先に反応して傷害部位へ駆けつけ、傷ついて不要となった神経細胞を取り込み、分解して除去します。
 発達途上にある胚の脳でもミクログリア細胞が働いていることは知られていましたが、損傷を受けた神経細胞が分解され除去されるまでの一連の過程で、ミクログリア細胞がどのように活躍しているのか、その詳細は明らかになっていませんでした。
 成人と比較して胎児期は放射線の感受性が高く、胎児期での放射線被ばくによって小頭症(注2)のリスクがあることも報告されています。東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻の保田隆子特任研究員らの研究グループは、胚の脳が透明で可視化できるメダカ胚をモデル生物として利用し、放射線によって誘導された脳の傷害がミクログリア細胞によって除去される過程を詳しく調べました。放射線により傷害を受けた胚の神経細胞は、自ら小さい断片に分解して死ぬ「アポトーシス」という細胞死を起こします。 保田特任研究員らの研究グループは、胚のミクログリア細胞が、アポトーシスを起こした神経細胞の断片を取り込み消化して除去する一連の過程で、どのような空間分布をしているのかを3次元立体構築により明らかにしました。さらにp53遺伝子(注3)の欠損によって、放射線によるアポトーシスが極めて少ないメダカ突然変異の胚を利用して、放射線による損傷程度に関わらず一斉にミクログリア細胞が活性化されることを見出しました。
 本研究成果は、2015年6月10日に米科学雑誌「PLOS ONE」誌に掲載されます。


4.発表内容
 【本研究の背景】
  脳が飛躍的に大きくなる発達期に放射線に被ばくすると、小頭症などの悪影響が現れることは、広島・長崎の原爆による疫学研究(注4)から明らかになっています。脳の一部が物理的な損傷を受けたり、細菌に感染したりした時、ミクログリアが損傷を受けた脳の傷害部位へ移動し、損傷を受けた神経細胞を除去するために活躍することが知られていました。しかし、放射線により損傷を受けた発達期の脳において、ミクログリア細胞が損傷した神経細胞を除去する詳細な過程はこれまで明らかにされていませんでした。
  本研究では、胚の脳が透明で可視化できるメダカ胚を利用して、放射線被ばくした発達期の脳で誘導された神経細胞の損傷を、ミクログリア細胞が取り込み、それらを消化し除去する一連の過程を観察し、脳全体でのミクログリア細胞の動態を3次元空間的に明らかにしました。メダカと同じ小型魚類のモデル生物として多用されているゼブラフィッシュ胚の脳が損傷を受けた時のミクログリア細胞の働きを調べた研究もありますが、ゼブラフィッシュ胚はメダカ胚と比較してその発生が大変早いため、神経細胞の取り込みから除去に至るミクログリア細胞の一連の過程を詳細に観察することは困難でした。
  メダカ胚の脳のサイズは哺乳類と比較して大変小さく、脳全体を俯瞰的に観察することが可能です。本研究ではメダカの胚を利用することにより、脳全体におけるミクログリア細胞の分布を3次元立体構築することに成功しました。

 【本研究の成果】
  放射線により傷害を受けた胚の神経細胞は、自ら小さい断片に分解して死ぬ「アポトーシス」という細胞死を起こします。アポトーシスを起こした神経細胞をそのまま放置しておくと、細胞死による炎症反応が隣接する正常細胞をも傷害してしまい、脳の発達に悪影響を及ぼします。したがって、アポトーシスした神経細胞は直ちに除去されることが脳組織を守るために非常に重要です。脳の損傷時に活躍するのが、脳の免疫細胞として常在しているミクログリア細胞です。本研究では、ミクログリア細胞が放射線により損傷しアポトーシスを起こした神経細胞を取り込み、消化して除去する一連の過程を時空間的に詳細に調べ(図1)、どのような分布をして働いているのか、3次元立体構築により空間的に明らかにしました(図2)。ゼブラフィッシュ胚の研究において、脳が損傷した際のミクログリア細胞を調べるのに利用されてきたApolipoproteionE(ApoE)というタンパク質の遺伝子を、本研究でもミクログリア細胞の働きを調べる指標として利用しました。保田特任研究員らの研究グループは、ApoEタンパク質は、ミクログリア細胞がアポトーシスした神経細胞を取り込み、消化した後のプロセスにおいて重要な機能を有することを新たに発見しました。これは、発生のスピードが速いゼブラフィッシュ胚と比較してメダカ胚の発生がゆっくりであるため、アポトーシスの一連の過程を詳細に観察できたことから明らかになった成果です。
  さらに、p53遺伝子が欠損していて放射線による神経細胞アポトーシスが極めて少ないメダカ胚でも、p53遺伝子が正常に働き多くのアポトーシスが誘導されるメダカ胚とほぼ同数のミクログリア細胞が脳全体で活性化されていることを発見しました(図3)。この結果は、発達途上にある脳が放射線に被ばくした際、その損傷の程度に関わらず一斉に脳中のミクログリア細胞が活性化する可能性を示唆しています。

 【本研究の意義と今後の展開】
  本研究ではメダカ胚を利用して、発展途上にある胚の脳が放射線による損傷を受けたとき、その損傷の程度に関わらず、脳内のミクログリア細胞が一斉に活性化する可能性を明らかにしました。マウスの成熟した脳では、放射線による損傷の程度に比例したミクログリア細胞の活性化が報告されており、本研究成果は、発展途上にある脳が損傷すると成熟した脳の損傷時とは異なるシステムが発動する可能性を示唆するものです。
  このように、発達期にある脳が放射線による損傷を受けた後のミクログリア細胞の働きを明らかにすることは、今後、発達期の脳を放射線の損傷から守る放射線防護剤の開発、さらに脳腫瘍などの放射線治療における小児の医療被ばく影響を回避する研究などに役立つことが期待されます。


5.発表雑誌
 「PLOS ONE」6月10日掲載予定
 論文タイトル:Embryonic medaka model of microglia in the developing CNS allowing in vivo analysis of their spatio temporal recruitment in response to irradiation
 著者:保田隆子(*)、尾田正二、日比勇祐、佐藤聡美、永田健斗、平川慶、朽名夏麿、相良洋、三谷啓志


■用語解説
 (注1)ミクログリア細胞:脳脊髄の神経組織中にあって神経細胞ではない細胞のうちの一つ。小膠細胞(しょうこうさいぼう)とも呼ばれる。神経組織が炎症や変性などの障害を受けると活性化して障害部位を貪食し、神経組織の修復に関与すると考えられている。
 (注2)小頭症:胎児の発育中に放射線や有害物質などへ曝露されると脳の発育不全が引き起こされることがある。
 (注3)p53遺伝子:がん抑制遺伝子と呼ばれ、ヒトのがん細胞ではこの遺伝子に変異や欠失が高頻度でみられる。細胞周期、DNA修復、細胞老化、アポトーシスなど多岐にわたる細胞機能に関わる。
 (注4)疫学:ヒトの集団を対象として、健康および疾患についての環境や病因などを広く包括的に研究し、健康の増進と疾病の予防を目的とする学問。

 ・参考資料は添付の関連資料を参照



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