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熊本大など、乳がんの治療抵抗性の仕組みを解明

2015-05-08

乳がんの治療抵抗性の仕組みを解明
−難治性・再発性乳がんの新しい診断・治療法に向けて−


 熊本大学発生医学研究所(中尾光善所長)は、高速シーケンサーの解析を用いて、ヒトの乳がん細胞のホルモン療法耐性化の機序を初めて解明しました。乳がんの再発過程において、エストロゲン受容体をつくるESR1遺伝子が高発現することに、新規の非コードRNA「エレノア」が関わっていることを発見しました。また、ポリフェノールの一種であるレスベラトロールは、エレノアとESR1遺伝子の高発現を阻害して、乳がん細胞の増殖を抑制することが分かりました。

 本研究成果は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST;平成27年4月1日に日本医療研究開発機構(AMED)が設立されたことにともない、本課題はAMEDに承継され、引き続き研究開発の支援が実施されます。)、文部科学省科学研究費補助金・新学術領域研究「動的クロマチン構造と機能」、熊本大学の博士課程教育リーディングプログラム「グローカルな健康生命科学パイオニア養成プログラムHIGO」の支援を受けて、科学雑誌「Nature Communications」オンライン版にロンドン時間の2015年4月29日に掲載されます。
 この成果は、難治性・再発性乳がんを攻略する鍵であるエストロゲン受容体の発現の機序を解明したことから、新しい診断および治療法の確立につながるものです。熊本大学発生医学研究所細胞医学分野の斉藤典子准教授、中尾光善教授らが、同大学院生命科学研究部乳腺・内分泌外科学分野の冨田さおり医師、岩瀬弘敬教授、九州大学医学研究院の大川恭行准教授らとの共同研究で行いました。


<論文名>
 A cluster of non−coding RNAs activates the ESR1 locus during breast cancer adaptation

<著者名(*責任著者)>
 Saori Tomita,Mohamed Osama Ali Abdalla,Saori Fujiwara,Haruka Matsumori,Kazumitsu Maehara,Yasuyuki Ohkawa,Hirotaka Iwase,Noriko Saitoh(*),and Mitsuyoshi Nakao(*)

<掲載雑誌>
 Nature Communications


(概要説明)
 ◆乳がん(※1)の多くには、女性ホルモンであるエストロゲンを阻害するホルモン療法(※2)が有効であるが、その後に治療の効きにくい治療抵抗性(または治療耐性)のがんの再発が起こるという重大な課題がある
 ◆エストロゲン受容体(※3)をつくるESR1遺伝子が活性化することが、乳がんが治療耐性となるひとつの原因であるが、その機序は不明であった
 ◆エストロゲン受容体のESR1遺伝子の活性化に、新規の非コードRNA(※4)「エレノア」が関わることを発見し、そのエピゲノム(※5)の機序を解明した
 ◆エストロゲン受容体をもつ乳がん細胞にレスベラトロール(※6)を投与すると、「エレノア」とESR1遺伝子の働きが著しく低下し、がん細胞の増殖が停止した

注)
 ※1:乳がん:女性の部位別がんの第1位であり、多くは女性ホルモンであるエストロゲンに依存して増殖する。
 ※2:ホルモン療法:エストロゲンの作用を阻害する薬剤を用いた治療。
 ※3:エストロゲン受容体:エストロゲンに結合して、細胞の増殖に関わる遺伝子を調節する。このように、遺伝子の働きを調節するタンパク質を転写因子という。
 ※4:非コードRNA:タンパク質を作らないRNAで、特別の機能をもつと考えられる。
 ※5:エピゲノム:ゲノム上の遺伝子のON/OFFという働き方を調節する仕組み。
 ※6:レスベラトロールポリフェノールの一種で、エストロゲンに似た作用をもつ。


(説明)
 がんの統計調査によると、乳がんは女性がかかりやすい部位の第1位にあります。近年、早期発見と治療の進歩により生存率は改善していますが、乳がんの患者数の増加や、再発したり転移したりする場合があることから、死亡数は増えているのが現状です。
 乳がんの発生を考える上で、「エストロゲン」という女性ホルモンと、エストロゲンが作用する際の細胞側の受け手としての「エストロゲン受容体」(ER)がポイントになります。言わば、鍵と鍵穴の関係です。乳がんの約60〜70%はエストロゲン受容体をもっており、エストロゲンが細胞の増殖を助けることから、“ホルモン依存性”とよばれます。
 乳がんに対する治療法として、エストロゲン受容体をもっている“ホルモン依存性の乳がん”には、エストロゲンエストロゲン受容体の働きを阻害する薬剤が使われます。これを“ホルモン療法”とよんで、乳がんに特徴的な治療法といえます。術後の補助治療、そして再発や進行性の乳がんなどに使われています。
 ところが困ったことに、この治療を長期に受けていると、一旦は効果を認めたとしても、がん細胞が薬剤に耐性をもって再発することがありま。しかも、
再発したがんは、その性質が換わって難治性になります。再び腫瘍を形成して周りの組織に広がっていったり(浸潤)、リンパ節に転移したりするからです。このような理由から、乳がん細胞が、どうしてホルモン療法に耐性になるのか、治療が効きにくくなるメカニズムの解明が待ち望まれていました【図1】。

 この治療が効きにくくなる仕組みはよく分かっていなかったのですが、主な原因として、エストロゲン受容体をつくるESR1遺伝子が活性化して、乳がん細胞の中でエストロゲン受容体が過剰に働くようになることが知られていました。そこで、当該研究グループは、ホルモン療法が効きにくい状態におけるESR1遺伝子の変化に着目し、以下のような培養細胞を用いたモデル実験を行いました。

 ヒトの乳がん細胞株(MCF7細胞など)はエストロゲン受容体をもっており、培養液の中にエストロゲンがあれば、速やかに増殖できます。エストロゲンを除去した条件で培養すると、当初はほとんど増殖できませんが、4ヶ月くらい培養を続けるうちに、もとと同じくらいのスピードで増殖できるように適応していきます。つまり、エストロゲンに依存した増殖から、エストロゲンに依存しない増殖に変わります。これを「エストロゲン長期枯渇」(LTED)とよんで、ホルモン療法が効きにくくなった細胞のモデルとして用いることができます。私たちが調べてみると、もとの乳がん細胞と比べて、難治性のLTED細胞では、エストロゲン受容体およびESR1メッセンジャーRNAの量が数倍に増加していました。

 次に、FISH法とよばれる方法で確認しました。これは、蛍光色素をつけた人工DNA断片の標識を用いて、細胞内で遺伝子やRNAを検出する方法です。顕微鏡で観察すると、難治性細胞では、核内のESR1遺伝子の近くにRNAの大きな塊を作っていることが分かりました。こうして、エストロゲン受容体をもつ乳がん細胞では、ESR1遺伝子の近くに多量のRNAが蓄積していると考えられました【図2】。
 実際に乳がん患者の組織を用いて同様に検討したところ、培養した難治性細胞と同じように、ESR1遺伝子に由来する大きなRNAの塊が検出されました。このような実験を重ねて、エストロゲン受容体が過剰に活性化している乳がん細胞では、ESR1遺伝子の全体から多量のRNAが作られることが予想されました。
 一般に、ゲノムDNAには、メッセンジャーRNAに転写されてタンパク質をつくるコード領域(いわゆる、遺伝子)と、タンパク質をつくらない非コード領域があります。最近まで、非コード領域はその意義は不明でしたが、転写さ
れたRNA自体が特別な働きをもっていることが報告されてきました。

 RNAの量を調べる高速シーケンサーを用いて、乳がん細胞の全てのRNAを調べてみたところ、もとの乳がん細胞に比べて、難治性細胞では、ESR1遺伝子のみならず、その近くの非コード領域から大量のRNAがつくられていることが分かりました。しかも、この多量のRNAは核内でESR1遺伝子を取り囲んでいると考えられました。
 この新規の非コードRNAをまとめて、ESR1遺伝子の働きを活性化するという意味を込めて、「エレノア」(Eleanor)と名づけました。細胞内でエレノアを作れないようにすると、ESR1遺伝子の活性が速やかに低下しました。この結果から、難治性細胞では、エレノアはESR1遺伝子の働きを高く維持している非コードRNAであることが分かりました【図3】。
 つまり、エストロゲン受容体をもつ乳がん細胞は、エストロゲンを長期に枯渇すると、ゲノム中のESR1遺伝子とその周囲の部分から非コードRNAのエレノアが誘導されて、エストロゲン受容体を多量につくるように変わるというわけです。このため、ホルモン療法が効きにくい状態になってきたら、エレノアRNAを早期に検出するという診断法が考えられます。
 さらに、治療の可能性について多くの薬剤を調べたところ、難治性細胞を「レスベラトロール」で処理すると、エレノアとエストロゲン受容体が速やかに減少して、細胞の増殖が停止することが分かりました。つまり、レスベラトロールは、ホルモン療法が効きにくくなった乳がん細胞の増殖を阻害する可能性をもつことが示唆されました【図3】。
 今回の研究成果は、「エレノア」非コードRNAの発見を契機として、乳がん細胞のホルモン療法への耐性化の機序を明らかにしたものであり、新しい診断および治療法の開発に役立つと期待できます。


 *図1〜図3は添付の関連資料を参照




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