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東大と東京理科大、強磁場下のグラファイトで正負の電荷対による超伝導的状態が実現か

2015-04-29

強磁場下のグラファイトで正負の電荷対による超伝導的状態が実現か


1.発表者:
 秋葉和人(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 博士課程1年)
 三宅厚志(東京大学物性研究所 助教)
 矢口宏(東京理科大学理工学部物理学科 教授)
 松尾晶(東京大学物性研究所 技術専門職員)
 金道浩一(東京大学物性研究所 教授)
 徳永将史(東京大学物性研究所 准教授)


2.発表のポイント:
 ◆負電荷を持つ電子どうしが対を作った超伝導は良く知られていますが、正負の電荷対による超伝導的状態が実現するのか、またどのような状態になるかは謎に包まれています。
 ◆研究グループは、強磁場下の詳細な実験を通して、グラファイトに強磁場をかけたときに現れる電子状態が正負の電荷対による超伝導的な状態である可能性を提案しました。
 ◆今回の発表を機に、社会にも大きな影響を与えてきた超伝導に対し、全電荷がゼロになる電荷対による超伝導的状態がどのような性質を持つのかについて更なる研究の発展が期待されます。


3.発表概要:
 電子が対を組んだ量子状態を形成して電気抵抗がゼロになる超伝導現象の基礎は、BCS理論(注1)によって説明されました。この理論の基本概念は電子に限らずフェルミ粒子と呼ばれる粒子全般に適用可能であり、素粒子や宇宙の理解にも役立ってきました。この理論を応用すると、互いに逆符号の電荷を持つ粒子が対を作った超伝導的状態(励起子BCS状態)も可能とされ、その実現に向けて半世紀近い間様々な研究がなされてきました。
 今回、東京大学の秋葉和人大学院生らの研究グループは、東京理科大学の矢口教授と共同で強磁場下におけるグラファイトの電気的・磁気的性質を詳細に調べました。東京大学物性研究所附属国際超強磁場科学研究施設で開発されたパルスマグネット(注2)を用いることで世界最高峰の強磁場環境を実現し、53テスラ以上の磁場下におかれたグラファイトで励起子BCS状態の実現を示唆する結果を得ました。
 電子対による超伝導現象はMRI、リニアモーターカーや電力輸送など、社会的にも広く応用されている、またはされつつあります。今回新たに見つかった可能性がある励起子の超伝導的状態の物理的性質はまだ謎に包まれていますが、今回の発表を受けて、その解明に向けた研究の発展が期待されます。


4.発表内容:
 金属と絶縁体の境界では何が起こるのでしょうか?固体中で電子が取り得る状態(エネルギー・バンド)を低エネルギー側から埋めていったとき、あるバンドが完全に埋まった状態では微小な電場で電子の状態を変えられないため電気を流せず絶縁体となります。ここで図1(左)のように占有されたバンドと近いエネルギーに空のバンドがあると、熱励起で空のバンドに負の電荷を持った電子が、埋まっていたバンドには正の電荷を持った孔(正孔)が誘起され、それらによって電気伝導性を持った半導体になります。半導体では、温度を下げてキャリアの熱励起が抑えられると絶縁体になります。一方、図1(右)のように空のバンドのエネルギーがもっと低くなり二つのバンドが重なると、低温でも電子と正孔が同時に現れて半金属と呼ばれる金属になります。そこで空のバンドのエネルギーを連続的に変えていくと、低温で絶縁体から半金属に変わるのですが、その境界領域では電子と正孔の対(励起子対)が自発的に作られ、それらが超伝導と類似した状態を取りうることが約半世紀前に提案されました。その後、数多くの研究の中で励起子の超伝導的状態を実現したとする報告も出されてはきたのですが、その解釈の是非については、未だ議論が続いています。この新しい量子状態の探索を難航させている要因として、(1)図1に示されたような単純なバンド構造を持ちつつそれを連続的に変えられる物質がほとんどない、(2)電子−正孔の対が電荷を持たないため電気抵抗測定で相転移を示す事が困難である、という2点が挙げられます。
 今回、東京大学の秋葉和人大学院生らの研究グループは、東京理科大学の矢口教授とともに単純な結晶構造を持つ単元素半金属であるグラファイトに注目しました。炭素が蜂の巣格子状に並んだグラファイトにおいて、蜂の巣格子の面と垂直に強磁場を加えると、磁場によるバンドの連続的な制御を期待できます。今回の研究で研究グループは、東京大学物性研究所附属国際超強磁場科学研究施設で開発されたパルスマグネットを使い、最高75テスラまでの強磁場下でグラファイトの電気的および磁気的性質を精密に調べました(図2)。単純な構造を持つグラファイトはこれまで弱磁場領域での基礎物性が詳細に調べられており、量子力学的な状態を実現しやすい物質であることがよく知られていました。このような既知の情報を元に考察を行った結果、53テスラ以上の磁場下ですべての電子・正孔が最低エネルギーを持つ量子状態に落ち込んだ量子極限状態が実現していることを提案しました。この量子極限状態は前項(1)の条件を満たした理想的状態と言えます。さらに53テスラ以上の領域で異常な伝導相に入ることを観測しました(図2)。量子極限状態で起こりうるいくつかの相転移の可能性について物理的考察を行った結果、53テスラ以上の新しい電子状態は励起子の超伝導的状態(励起子BCS状態)である可能性が高い、という結論に達しました。
 今後の研究では、今回提案された励起子BCS状態が実現しているかどうかについて確定的証拠を得ることが、喫緊の課題です。そのため53テスラ以上の磁場中におかれたグラファイトに対して多角的な物性実験を行うとともに、量子極限状態を実現できる関連物質で同様の相転移があるか否かを検証する必要があります。励起子BCS状態の普遍的性質が何であるかを決定するためにも、グラファイト以外の物質で同様の研究をすることが重要です。
 電子どうしが対を作る超伝導は、物理学全般におよぶトピックスとして、現在でも多くの研究がなされています。また実用面でもMRIやリニアモーターカー、電力輸送の他、量子コンピュータなどすでに実用化が進んでいる、もしくは今後の応用が期待される分野が数多くあります。電子と正孔の対による超伝導的状態がどのような発展をもたらすかは今後の研究で明らかにされていくことが期待されます。


5.発表雑誌:
 雑誌名:「Journal of the Physical Society of Japan」(4月24日オンライン出版予定)
 論文タイトル:Possible Excitonic Phase of Graphite in the Quantum Limit State
 著者:K.Akiba,A.Miyake,H.Yaguchi,A.Matsuo,K.Kindo,and M.Tokunaga
 掲載誌:J.Phys.Soc.Jpn.Vol.84 No.5 Article ID 054709(Editors’ Choice)
 DOI番号:10.7566/JPSJ.84.054709


■用語解説:
 (注1)BCS理論
  超伝導現象を表す基礎理論。1957年に誌上発表され、1972年にノーベル物理学賞を与えられている。三人の著者Bardeen,Cooper,Schriefferの頭文字をとってBCS理論と呼ばれている。

 (注2)パルスマグネット
  瞬間的にしか発生できない極限的磁場を発生するために開発された特殊な電磁石。本研究で使われたマグネットは4ミリ秒の時間内に最大75テスラまで、または36ミリ秒の時間内に最大56テスラの磁場を発生することができる。


■添付資料:

 ※図1・2は添付の関連資料を参照



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