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理化学研究所、核分裂反応の微視的シミュレーションを計算可能にする理論を開発

2010-10-08

核エネルギー生成機構の数値シミュレーションに画期的な理論
−時間依存平均場理論に基づいた新理論を開発−


◇ポイント◇
 ●核エネルギーの鍵である核分裂反応の理論的解明が革新的に進歩
 ●計算時間を100万時間から10時間程度へ約4桁短縮できることをテスト計算で実証
 ●原理的に無限個の準粒子数の軌道数を数百個程度へと劇的に減らすことに成功


 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、最新のスーパーコンピュータを1,000年以上使い続けても達成できないほどの膨大な計算量を必要とするため、これまで理論的な解析ができなかった核分裂反応(核エネルギーを原子炉内で生成する反応)の微視的シミュレーションを、シンプルな近似を導入することで計算可能にする画期的な理論の開発に成功しました。これにより、従来の理論による計算量を一気に1万分の1以上も圧縮することが可能になります。理研仁科加速器研究センター(延與秀人センター長)中務原子核理論研究室の中務 孝准主任研究員、江幡修一郎(ジュニア・リサーチ・アソシエート)と筑波大学計算科学研究センターの矢花一浩教授らによる共同研究の成果です。
 金属を極低温まで冷やすと電気抵抗が無くなる超伝導現象は有名ですが、これは、電子が対になって凝縮することで引き起こされる量子現象です。重い原子核中の陽子・中性子も、これと同じような対凝縮(※1)を起こしていることが知られています。このような原子核が光やほかの原子核と反応すると、原子核に大きな変形を誘起し、核分裂を起こすことがあります。対凝縮を起こした陽子と中性子の動きを直接扱い、このような反応を記述する数値計算は、これまでその膨大な計算量のために、最新のスーパーコンピュータを用いても不可能とされていました。
 研究グループは、時間依存平均場理論(※2)の新たな方程式を求め、これに対テンソルの対角近似(※3)というシンプルな近似を導入することで、計算コストを一気に1万分の1以上も圧縮することができることを示しました。この新しい理論を進展させ、現在理研が建設を進めている次世代スーパーコンピュータ「京」を利用することで、核物理学者の夢である核分裂反応のミクロなメカニズムの解明が現実味を帯びてきます。今後、この理論を応用することにより、これまで利用されてきた核エネルギーの微視的な生成機構の解明だけでなく、原子力技術の発展に必要な核データ、新しい原子炉の可能性の探求などが可能になります。また、依然謎とされる宇宙における元素合成過程の研究にも寄与すると期待されます。
 本研究成果は、米国の科学雑誌『Physical Review C』オンライン版(9月9日付け)に掲載され、特に重要なハイライト論文として、米国物理学会のオンライン雑誌『Physics』(9月27日付け)に取り上げられました。


1.背景
 魔法数(※4)に対応する陽子数や中性子数を持つ特別な原子核を除くと、ほとんどの原子核は、陽子・中性子が対凝縮を起こしており、この状態は、金属中の電子の超伝導状態に類似していると考えられています。1958年には、金属の超伝導の理論(BCS理論(※5))をこれらの原子核に応用した「ボーア・モッテルソン・パインズの理論」が開発されましたが、これを拡張して核反応機構を記述する「時間依存平均場理論」は、時間を追った系の状態の変化(時間発展)を記述するために必要な準粒子(※6)の数が膨大であるため計算が困難で、現実的な応用が不可能だと考えられていました。こうした状況の下、この時間依存平均場理論を、現実的に数値計算が可能な理論に書き換えることが望まれていました。


2.研究手法と成果
 開発した理論は、超伝導状態における反応機構を記述できる時間依存平均場理論を、正準基底(※7)と呼ばれる波動関数を用いて表現しています。これまで、超伝導状態を記述する平均場の時間発展は、準粒子と呼ばれる波動関数の時間発展を規定する方程式で決定されていました。しかし、この準粒子の数は膨大(原理的には無限個)なため、現実に計算することはできませんでした。これを解決する方法として、正準基底を用いた理論を開発し、系の記述に必要な軌道の数を、無限個から最大でも数百個程度へと劇的に減らすことに成功しました。その結果、計算コストを、従来の1万分の1、あるいはそれ以上に大幅に縮減することが可能となりました。
 実際にこの新しい理論を用いて、実験データが希少であるネオン・マグネシウムといった原子核の光吸収断面積を計算しました。例として、ネオン20(20Ne)の原子核に光を当てたときに、陽子・中性子が逆位相で振動する様子を示しました(図1)。これは、外界からの光を弱い摂動として扱う線形応答と呼ばれる計算に対応しているため、従来の手法である、準粒子基底を用いた準粒子乱雑位相近似理論(※8)による計算が可能です。そこで、両者の計算結果を比較し、その正当性を精査しました。その結果、同一の結果が得られることを確認し(図2)、この新しい理論への書き換えに用いた近似が高精度で正しいことを明らかにしました。また、粒子数が100を越える原子核に今回の計算を用いると、単一プロセッサでの計算時間を100万時間から10時間程度へ約4桁も圧縮できることが分かりました。


3.今後の期待
 今回の成果により、線形応答の領域を越えた、原子核が大きく形状を変化させるような量子力学的反応ダイナミクスの解明が期待されます。中でも、多数の陽子および中性子が関与する超流動的な運動(※9)が本質的に重要とされる核分裂反応(図3)のメカニズムの研究は、これまでの理論では計算不可能とされていましたが、今回の成果で大きく進展し、原子核物理における大きなブレイクスルーとなると期待できます。さらに、核分裂現象の理論的解明によって、原子力の燃料になる原子核とそうでないものをはっきり区別することが可能となり、原子力技術の発展に貢献するものと注目されます。また、開発した理論の応用は核分裂に限らず、さまざまな核反応を記述することが可能で、宇宙における元素合成過程の解明といった物質の起源に迫る研究にも寄与します。


*補足説明・図1〜3は、添付の関連資料を参照

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