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東大、光によってナトリウムイオンを細胞外へと運び出す仕組みを解明

2015-04-13

光によってナトリウムイオンを細胞外へと運び出す仕組の解明
−オプトジェネティクスへの応用−


1.発表者:
 加藤 英明(当時:東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 特任研究員
 現在:スタンフォード大学医学部分子細胞生理学科 日本学術振興会海外特別研究員)
 神取 秀樹(名古屋工業大学大学院工学研究科未来材料創成工学専攻 教授)
 濡木 理(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 教授)


2.発表のポイント:
 ◆光に反応してナトリウムイオンを細胞外に輸送するタンパク質(微生物型ロドプシン(注1)KR2(注2))の立体構造を2つの状態でとらえ、そのNa+輸送メカニズムを明らかにしました。
 ◆立体構造の知見から、自然界には存在しない「カリウムイオン(K+)輸送型ロドプシン」を創製し、またKR2が光遺伝学(注3)分野にとって有用なツールであることを示しました。
 ◆本研究により「光によるナトリウムイオンの輸送機構」への理解が深まり、さまざまな新規ロドプシン設計への道標が得られました。光遺伝学を通じて神経科学への発展に貢献することも期待されます。


3.発表概要:
 ヒトから微生物までほとんどの生物は光を受け取り、その光情報に反応して行動しますが、多くの動物の場合、この光情報の受容は「ロドプシンファミリー」と呼ばれるタンパク質群によって担われています。その中でも近年、イオンを運ぶ一部のロドプシンファミリータンパク質は「光照射によって任意の神経細胞を興奮、抑制することができる理想的なツール」として、特に神経科学の分野で非常に注目されています(オプトジェネティクス、図1)。
 イオンを運ぶロドプシンファミリーには、約40年前から水素イオンや塩化物イオンを細胞の内外に運ぶものが知られており、その他のイオンを運ぶものはないと考えられていました。しかしそのような中、2013年に新たにナトリウムイオンを細胞外に運び出す新規のロドプシンファミリータンパク質(KR2;Krokinobacter Rhodopsin 2)が発見され、このロドプシンがどのようにナトリウムイオンを運び出しているかを明らかにする研究が進められていました。今回、東京大学大学院理学系研究科の濡木 理 教授、加藤 英明 特任研究員(当時)、名古屋工業大学大学院工学研究科の神取 秀樹 教授、井上 圭一 助教を中心とした研究グループは、このKR2の立体構造を、2つの異なる状態で決定することに成功し(図2)、これらの構造や、大腸菌にKR2を発現させてナトリウムイオンの輸送能を評価する実験から、「KR2がどのようにナトリウムイオンを細胞外に運び出しているのか」を明らかにしました(図3)。
 また、今回得た立体構造の知見を元にKR2のアミノ酸を改変して、自然界には存在しない「カリウムイオンを輸送する光駆動型のロドプシン」を設計し、作製することに成功しました。さらに、哺乳類の神経細胞や線虫を用いた実験により「KR2が光遺伝学のツールとして利用可能であること」を実証しました(図4)。
 今回の結果は「微生物型ロドプシンによる光駆動型ナトリウムイオン輸送」という約40年来に亘る問題に答えを与えただけでなく、ロドプシンの進化に関する新たな手がかり、新規ロドプシンの設計や創製に対する道標、そして神経生物学分野へ新たなツールを提供したと言う点で、幅広い研究分野に大きな影響を与えることが期待されます。


4.発表内容:
 ヒトから微生物までほとんどの生物は光を受容し、その光情報に応じた行動をとりますが、多くの動物の場合この光情報の受容は、発色団としてレチナール(注4)と呼ばれる低分子を結合した「ロドプシンファミリー」タンパク質群によって担われています。ロドプシンファミリータンパク質の中には、光を吸収して別のタンパク質を活性化する働きを持つもの、色々な陽イオンを細胞内に取り込むチャネル(注5)として働くもの、水素イオン(H+)を細胞外に運び出すポンプ(注6)として働くものなどさまざまなタンパク質が存在します。この中でも特にイオンを輸送する一部のロドプシンは、近年、「光照射によって任意の神経細胞を興奮、抑制させることができる理想的なツール」として利用可能であることが判明し、特に神経科学の分野で非常に注目を集めています(光遺伝学:オプトジェネティクス)。しかしながらその一方で、この35年余りの間、イオン輸送を行うポンプ型のロドプシンは(1)H+を細胞外に運び出すもの、(2)塩化物イオン(Cl-)を細胞内に取り入れるもの、のわずか2種類しか見つかってきませんでした。また、それらのロドプシンがイオンを運ぶメカニズムから演繹して、特に「細胞外へH+以外の陽イオンを運び出すロドプシンは恐らく原理的に存在しないだろうし、作ることも出来ないだろう」と考えられてきました。
 しかしそうした状況下で、2013年にKrokinobacter eikastusと呼ばれる海洋性細菌から新しいロドプシンKR2が発見され、これが細胞外へとナトリウムイオン(Na+)を輸送するロドプシンタンパク質であることが実験的に証明されました。これによって、「細胞外へNa+を運び出すロドプシンと言うのは存在しないのではないか」という問題は、「KR2はどのようにして細胞外へNa+を運び出しているのだろう」という問題に変化しました。
 今回、東京大学大学院理学系研究科の濡木理教授、名古屋工業大学大学院工学研究科の神取秀樹教授を中心とする研究グループは、X線結晶構造解析(注7)の手法を用いてこのKR2の立体構造を「光が当たる前の状態」と「光が当たった後(と類似)の状態」の2状態で決定することに成功しました(図2)。そして、これらの立体構造をもとに機能解析を行い「KR2の持つイオンの通り道には、他のロドプシン同様正電荷を帯びたH+が存在しており、普段はこれがNa+輸送を阻んでいる」が、光が当たると「KR2に特有のアスパラギン酸残基がNa+の通り道を塞いでいたH+を別の場所に隔離し、これによってNa+の輸送が可能になっている」ということを解明しました(図3)。また同研究グループは、今回明らかになった立体構造の知見をもとにKR2を改変し、今まで自然界には存在しなかった「カリウムイオン(K+)を細胞外に輸送するKR2」(KR2K+)を作製することに成功しました(図4)。
 さらには、哺乳類の神経細胞や線虫を用いた実験によって、KR2が実際にオプトジェネティクスのツールとして利用可能であることを示しました。具体的にはまず、ラットの大脳皮質の神経細胞、線虫(Caenorhabditis elegans)の神経細胞にそれぞれKR2を発現させました。そして、ラットについてはパッチクランプ法(注8)を用いて、光照射によってKR2由来の電流が流れるか、またKR2由来の電流によって神経細胞の活動を抑制することができるかを調べました。線虫については、光照射の前後で線虫の移動速度を測定し、KR2由来の電流によって神経細胞の活動が抑制された結果、線虫の運動行動が抑制されるかを調べました。その結果、どちらの場合も神経細胞の興奮や行動が抑制されることを確認しました。微生物型ロドプシンは真核生物、真正細菌、古細菌の3種全てから単離されていますが、現在までオプトジェネティクスのツールとして利用されてきたのは専ら真核生物、または古細菌由来のものであったため、今回の成果は「真正細菌から単離されたロドプシンがオプトジェネティクスのツールとして利用可能であること」を証明した初めての例となります。
 本研究では、光駆動性Na+排出ポンプであるKR2の立体構造を世界で初めて明らかにし、40年近くもの間不可能と考えられてきた「微生物型ロドプシンによる細胞外へのNa+排出」メカニズムを解明することに成功しました。さらにはKR2が実際にオプトジェネティクスのツールとして利用可能であることを示し、自然界には存在しない光駆動性K+排出ポンプを合理的に設計するまでに至りました。光による細胞外へのNa+やK+輸送は、H+輸送やCl-輸送と比較して細胞毒性が低く、酸感受性チャネル(注9)に影響しにくいなどの利点があるため、今後KR2やKR2K+が、神経細胞の興奮抑制ツールとして、従来のツールよりも有効に使用できる場面が存在すると期待されます。
 本研究成果によって光駆動性Na+排出ポンプのメカニズムやロドプシン進化に対する理解が深まったことにより、従来想定されていたよりもイオン輸送を行うポンプ型ロドプシンは多様であり、今後も新規のロドプシンが発見される可能性、新規のロドプシンを創出できる可能性が高まりました。これらの新規ロドプシンはKR2同様、オプトジェネティクスを始めとしたさまざまな分野における研究ツールとして利用され、将来的に神経科学のみならず医療、産業など幅広い分野へと応用されることが期待されます。


5.発表雑誌:
 雑誌名:「Nature」(2015年4月6日)
 論文タイトル:
 Structural basis for Na+ transport mechanism by a light−driven Na+ pump
 著者:
 加藤 英明、井上 圭一、吉住 玲、加藤 善隆、大野 光、今野 雅恵、細島 頌子、石塚 徹、Mohammad Razuanul Hoque、國友 博文、伊藤 淳平、吉澤 晋、山下 恵太郎、武本 瑞貴、西澤 知宏、谷口 怜哉、木暮 一啓、Andres D. Maturana(◇)、飯野 雄一、八尾 寛、石谷 隆一郎、神取 秀樹(*)、濡木 理(*) (*責任著者)
 DOI 番号:10.1038/nature14322

 ◇著者名の正式表記は添付の関連資料を参照


8.用語解説:
 注1 ロドプシン
 補因子としてレチナールを結合した7回膜貫通タンパク質。一次構造の違いにより微生物型ロドプシン、動物型ロドプシンに分類される。微生物型ロドプシンは真核生物、真正細菌、古細菌より発見されてきているが、現在までオプトジェネティクスに利用されてきたのは真核生物、古細菌由来の微生物型ロドプシンであり、真正細菌由来の微生物型ロドプシンをオプトジェネティクスに応用出来た例は存在していなかった。

 注2 KR2(Krokinobacter rhodopsin 2)
 名古屋工業大学大学院工学研究科 神取 秀樹 教授、井上 圭一 助教、東京大学大気海洋研究所 木暮 一啓 教授、吉澤 晋 講師を中心とした研究グループによって、2013年に海洋性細菌Krokinobacter eikastusより単離された微生物型ロドプシン。Na+を細胞外に排出する初のポンプ型ロドプシンとして注目を集めている。

 注3 光遺伝学(オプトジェネティクス)
 genetics(遺伝学)にopto(光)の接頭辞を付けた言葉であり、2006年にスタンフォード大学のKarl Deisseroth博士らにより提唱された。元々は「遺伝学的手法を用いて目的の神経細胞に光駆動性イオン輸送体を発現させ、光でこれを活性化させることにより神経細胞を興奮、抑制するという実験技術、及びその実験分野」のことを指して用いた。現在は、神経細胞以外の細胞、光駆動性イオン輸送体以外の光応答性タンパク質を用いた場合にもこの言葉が適用されている。(本プレスリリースでは原義に近い意味で用いられている)

 注4 発色団であるレチナール
 光を吸収することで、物質に色を付けられる官能基のことを発色団と呼ぶ。ロドプシンでは、レチナールと呼ばれるビタミンAの誘導体が発色団として働いている。多くの生物において、この発色団であるレチナールはロドプシンタンパク質のリジン残基と結合して存在している。光を吸収すると構造を変化させることによって、視覚をはじめさまざまな現象に関与する。

 注5 チャネル
 膜上に存在するタンパク質のうち、輸送する対象であるイオンについて、その細胞内外の濃度差を利用してイオンを輸送(受動輸送)するもの。

 注6 ポンプ
 チャネル(注7)とは対照的にATPなどのエネルギーを使って細胞内外にイオンを輸送する膜タンパク質。

 注7 X線結晶構造解析
 タンパク質等の生体高分子の立体構造を明らかにする手段の一つ。構造解析には、解析する分子から構成された結晶を得る必要がある。目的物質の結晶にX線を照射し、反射データを収集し、これを解析することにより立体構造を決定する。

 注8 パッチクランプ法
 細胞膜を隔てたイオン等の透過を電気信号として検出する手法の一つ。

 注9 酸感受性チャネル(ASIC:acid−sensing ion channel)
 細胞外のpHが低くなると活性化され、イオンを透過するようになるチャネル。

9.添付資料:

 ※添付の関連資料を参照




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