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理研、RNAポリメラーゼの働きを切り替えるメカニズムを解明

2015-02-11

RNAポリメラーゼの働きを切り替えるメカニズムを解明
−転写制御の基本原理解明へ重要な一歩−


<要旨>
 理化学研究所(理研)横山構造生物学研究室の横山茂之上席研究員、ライフサイエンス技術基盤研究センター超分子構造解析研究チームの関根俊一チームリーダー、村山祐子特別研究員らの研究チーム(※)は、遺伝子の転写を担う酵素「RNAポリメラーゼ[1]」が、転写の状況に応じて機能を変化させる時の、具体的な構造変化やそれを制御するメカニズムを解明しました。

 RNAポリメラーゼは、巨大なタンパク質複合体で、DNA上を移動しながらその塩基配列をコピーしてRNAを合成する、転写の役割を担っています。DNAからRNAへの転写は必ずしもスムーズに進行するわけではなく、RNAポリメラーゼは、DNA上で一時停止や後戻りをしたり、誤って転写した箇所を校正[2]したりするなど、多くの作業をこなしながら転写を行います。RNAポリメラーゼは必要な作業に応じた機能を発揮するために、立体構造を変化させ、機能や活性を切り替えていると考えられますが、具体的な構造変化やそれを制御するメカニズムは分かっていませんでした。

 研究チームは、RNAポリメラーゼが「タイト型[3]」と「ラチェット型[4]」という2種類の異なる立体構造をとることに着目し、研究の進んでいなかった「ラチェット型」に焦点をあて、転写における役割を詳しく調べました。生化学的解析やX線結晶構造解析により、「ラチェット型」はRNAポリメラーゼの一時停止や後戻り、転写因子に依存したRNAの校正などに必要とされる重要な構造状態であることが明らかになりました。また、RNAポリメラーゼによって合成されつつあるRNAや転写因子が「タイト型」と「ラチェット型」の切り替えに重要な役割を果たしていることも分かりました。これらの成果は、RNAポリメラーゼが転写の状況に応じてその構造を切り替え、その時々に最適な機能を発揮できる仕組みを備えていることを示しており、転写制御の基本原理の解明へ向けて大きな一歩となるものです。

 本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究、文部科学省ターゲットタンパク研究プログラム、文部科学省創薬等支援技術基盤プラットフォーム事業の一環として行われたもので、成果は、米国の科学雑誌『Molecular Cell』のオンライン版(1月15日付け)に掲載されました。

 ※研究チーム

 理化学研究所 横山構造生物学研究室
 上席研究員 横山 茂之(よこやま しげゆき)

 ライフサイエンス技術基盤研究センター 構造・合成生物学部門 構造生物学グループ 超分子構造解析研究チーム
 チームリーダー 関根 俊一(せきね しゅんいち)
 特別研究員 村山 祐子(むらやま ゆうこ)

 ニューヨーク大学 医学部 生化学分子薬理学科
 教授 Evgeny Nudler(エブゲニー・ヌドラー),
 医学部 生化学分子薬理学科
 上級研究員 Vladimir Svetlov(ブラディミル・スベトロフ)

<背景>
 生命の設計図である遺伝情報は、細胞内のDNAに塩基の配列として保存されています。生物は、DNAの中で遺伝情報を持つ一部の領域(遺伝子)を、適切な時に適切な場所(細胞)で働かせることにより、その体を維持し、活動しています。遺伝子を働かせるためには、遺伝子の配列が、まずRNAという物質に転写(コピー)される必要があります。次にそのコピーの配列をもとにタンパク質が翻訳(合成)されます。転写をつかさどるRNAポリメラーゼは、すべての生物にとって不可欠な酵素であり、DNAの配列を正確にコピーしてRNAを合成する役割を担っています。RNAポリメラーゼは、複数のタンパク質からなる巨大な複合体で、細菌からヒトまで共通の「カニのはさみ」のような形状をしています(注1)。RNAポリメラーゼは、“はさみ”の間に形成された溝にDNAを結合し、はさみの根元にある活性部位で1残基ずつ、DNAの塩基と対になる塩基を取り込み、RNAを伸長合成していきます(図1)。活性部位には、RNA合成反応に必要なマグネシウムイオンのほかに、トリガーループ[5]やブリッジヘリックス[5]といった重要なタンパク質のパーツが存在します。

 研究チームは、2010年に、細菌のRNAポリメラーゼと、その働きを阻害するタンパク質との複合体の結晶構造解析を行い、新たなRNAポリメラーゼの立体構造を発見しました(注2)。その新たな立体構造はRNAポリメラーゼのはさみが根元のところでよじれたようになっており、活性部位やDNAを結合する溝の再編成が行われていました。研究チームは、この特徴的な立体構造を「ラチェット型」と名付け、既知の「タイト型」と区別することにしました(図2)。

 RNAポリメラーゼがDNA配列をRNAに転写する過程は必ずしもスムーズに進むわけではありません。RNAポリメラーゼは、しばしばDNA上で一時停止や後戻りを繰り返しながら転写を進めます(図3)。コピーに失敗して間違った塩基(ミスマッチ塩基)を取り込んでしまった時などは、ミスマッチ塩基を含むRNAの一部を切断・除去する機能を持っており、こうした「校正」作業をしつつ転写を遂行します(図3)。

 しかし、RNAポリメラーゼが、どのようにして状況に応じて多様な機能を発揮できるのか、その分子メカニズムはよく分かっていませんでした。研究チームは、「ラチェット型」の立体構造が、転写の一時停止や後戻り、校正などを含む転写機能の切り替えに深く関与しているのではないかと考え、RNAポリメラーゼの立体構造と機能との相関の解明に取り組みました。

 注1)Vassylyev,DG.et al.“Crystal structure of a bacterial RNA polymerase holoenzyme at 2.6 A resolution“,Nature 417,712−719(2002).doi:10.1038/nature752

 注2)Tagami,S.etal.“Crystal structure of bacterial RNA polymerase bound with a transcription inhibitor protein”, Nature 468,978−982(2010).
 doi:10.1038/nature09573.

<研究手法と成果>
 研究チームは、CPX法[6]を用いた生化学的解析およびX線結晶構造解析の手法を用い、転写中にRNAポリメラーゼがどのような立体構造をとっているのかを詳しく調べました。

 まず初めに、細菌(高度好熱菌)のRNAポリメラーゼを用いて、2カ所にシステイン残基[7]を導入した「CPX変異体」を作製しました。この2つの残基は「タイト型」のときには離れていますが、「ラチェット型」になると近づくような位置に配置しています。そのため「ラチェット型」の時にはその2つの残基が高効率で結合し、ジスルフィド結合(S−S結合)[8]が形成されます(図4)。

 次に、このS−S結合の形成効率を指標として、RNAポリメラーゼの立体構造を調べました。ミスマッチ塩基を取り込んでDNA上を後戻りした状態にあるRNAポリメラーゼの立体構造を調べたところ、“1塩基分”後戻りした状態では「タイト型」を、“大幅に”後戻りした状態では「ラチェット型」をとっていることが分かりました(図5)。さらに、“1塩基分”後戻りした状態でRNAの切断(転写の校正)を促進する転写因子Gre[2]は、RNAポリメラーゼを「タイト型」から「ラチェット型」に切り替えて高い切断活性を引き出すことが分かりました。また、RNAポリメラーゼによって生み出されたRNAがヘアピン構造をとれるような特殊な場合では、RNAポリメラーゼは安定な転写休止状態に入ったり、RNAを解離して転写を終わらせたりします。RNAポリメラーゼは、ヘアピン構造をもったRNAを含むような転写複合体でも「ラチェット型」をとることが明らかになりました(図5)。

 またCPX法による解析と並行して、“1塩基分”後戻りした状態およびGre因子を結合した状態のRNAポリメラーゼの結晶構造解析を行いました。この解析からも、RNAポリメラーゼは、前者では「タイト型」を、後者では「ラチェット型」の立体構造をとっていることが確認されました(図6上段)。

 特に“1塩基分”後戻りした状態では、RNAポリメラーゼのトリガーループが、RNAの後戻り(3"末端突出)に伴って「折れ曲がった」状態になっていました(図6:下段中)。上記のCPX法を用いた実験で、“1塩基分”後戻りした状態のRNAポリメラーゼは、RNAを合成中の状態と比較して、より容易に「ラチェット型」に移行できる性質をもっていることが示されましたが、トリガーループが折れ曲がっていることがその大きな要因と思われます。

 これらの結果から、RNAポリメラーゼの「ラチェット型」の立体構造は、複数の重要な転写機能を支える必須の構造状態であることが明らかになりました。このことは、転写機能が「タイト型」と「ラチェット型」の2つの立体構造の切り替えによって制御されているという普遍的な仕組みの存在を示しています。また、RNAポリメラーゼによって生み出されつつあるRNAが2つの立体構造の切り替えに深く関与しており、転写の進行と休止・終結、および酵素活性の切り替えに重要な役割を果たしていることも明らかになりました。

<今後の期待>
 巨大複合体であるRNAポリメラーゼが、転写の状況や種々のシグナルに応じてその活性や機能を切り替えることは知られていましたが、その具体的なメカニズムはほとんど分かっていませんでした。本研究は、RNAポリメラーゼの2つの構造状態にそれぞれ異なる機能が割り当てられていることを示すもので、転写制御の基本原理の解明へ向けて、大きな一歩となることが期待できます。また、RNAポリメラーゼの働きを自在に制御する方法の開発や、細菌のRNAポリメラーゼの働きを止める抗菌剤の開発など、応用への重要な基礎となることが期待できます。

<原論文情報>
 ・Shun−ichi Sekine,Yuko Murayama,Vladimir Svetlov,Evgeny Nudler and Shigeyuki Yokoyama,“The ratcheted and ratchetable structural states of RNA polymerase underlie multiple transcriptional functions”,Molecular Cell,doi:10.1016/j.molcel.2014.12.014

<発表者>

 独立行政法人理化学研究所
 上席研究員研究室 横山構造生物学研究室
 上席研究員 横山 茂之(よこやま しげゆき)

 ライフサイエンス技術基盤研究センター 構造・合成生物学部門 構造生物学グループ 超分子構造解析研究チーム
 チームリーダー 関根 俊一(せきね しゅんいち)
 特別研究員 村山 祐子 (むらやま ゆうこ)


 ※補足説明などは添付の関連資料を参照



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