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岡山大と理研、アスコルビン酸(通称ビタミンC)を葉緑体へ運ぶ輸送体を同定
植物のビタミンC輸送体を世界で初めて同定
岡山大学自然生命科学研究支援センターの宮地孝明准教授、大学院医歯薬学総合研究科の森山芳則教授、資源植物科学研究所の馬建鋒教授、理化学研究所環境資源科学研究センターの黒森崇上級研究員らの共同研究グループは、アスコルビン酸(※1)(通称:ビタミンC)を葉緑体(※2)へ運ぶ輸送体(※3)(トランスポーター)を世界で初めて突き止めました。本研究成果は、平成27年1月5日、英国の科学雑誌『Nature Communications』電子版(英国時間:午前10時)に掲載されます。
植物は、強い光にさらされるとミトコンドリア(※4)でビタミンCを作り、葉緑体へ運びます。葉緑体に運ばれたビタミンCは葉の光障害を防ぐ役割をしています。葉緑体のビタミンCトランスポーターは長年探し求められていましたが、これまで同定されていませんでした。
本研究成果によって、環境ストレス耐性能を備えた植物育種の開発が進めば、食糧問題や緑化対策による地球温暖化の解決などが期待されます。
<背景>
強光・乾燥・塩害などの環境ストレスにより地球規模で農地が悪化し、近年、作物収量の減少が深刻化しています。環境問題の克服や改善には、作物のストレス耐性能を少しでも上げることが必要です。また、植物のストレス耐性能を上げることは、食料問題だけでなく、地球の温暖化の解決に向けた緑化対策などにも役立ちます。
植物は強い光にさらされると、光合成による過剰エネルギーが葉緑体に蓄積し、葉やけなどの光障害を引き起こします。そのため、植物には光障害から葉緑体を守る仕組みがあります。その一つが、補助色素のキサントフィル(※5)類を集光効率の低い物質に変換し、過剰な光エネルギーを熱に変えて散逸させる仕組み(非光化学消光(※6))です。ミトコンドリアから葉緑体に運びこまれたビタミンCはその変換の補因子として働きます。ビタミンCは、光ストレスを軽減しつつ、活発に光合成を行う仕組みを支えています。
葉緑体のビタミンCトランスポーターを特定することは、ビタミンCの役割の解明や光ストレス耐性能を備えた植物育種への応用とって重要な課題です。しかしながら、これまで良いトランスポーターの輸送活性評価法がなかったため、葉緑体にビタミンCを運ぶトランスポーターは特定されていませんでした。
<研究手法と成果>
本研究グループは、大腸菌(※7)に任意のトランスポーターを大量に発現させ、精製し、人工膜小胞(※8)に組み込む独自の輸送活性測定法を開発。AtPHT4;4タンパク質が、ビタミンCトランスポーターであることを突き止めました(図1)。本トランスポーターは、光が強く当たる葉の表側の葉緑体に多く発現。葉緑体の入り口にある包膜に局在していることがわかりました(図2)。この遺伝子発現は光ストレス下で大きく上昇し、効率的にビタミンCを葉緑体に運んでいました。
また、葉緑体のビタミンCトランスポーター遺伝子を欠損したシロイヌナズナ(※9)(モデル植物)を解析したところ、葉緑体のビタミンC含量が少なく、光ストレス耐性能が低下していることを確認しました。葉緑体にビタミンCが運ばれなくなることで、光ストレスを熱として逃がす非光化学消光が阻害。集光効率の低いキサントフィル類への変換も著しく阻害されていることがわかりました(図3)。
以上の研究成果より、ミトコンドリアから葉緑体に運ばれたビタミンCは、光合成により生じた過剰な光エネルギーを熱として逃がす過程の補因子として必須であり、その結果、光ストレス耐性能を獲得していることがわかりました(図4)。
<見込まれる効果>
本研究成果により、植物が持つ巧妙な生存戦略の一つである光ストレス耐性メカニズムに関する重要な知見を得ることができました。
ビタミンCトランスポーターは、シロイヌナズナだけでなくイネやトウモロコシなどの作物を含む幅広い植物種に存在しています。今後、これらの植物種の葉緑体のビタミンC輸送を制御することによって、光ストレス下に適応できるストレス耐性能を備えた植物育種への応用が期待されます。
<原論文情報>
Takaaki Miyaji,Takashi Kuromori,Yu Takeuchi,Naoki Yamaji,Kengo Yokosho,Atsushi Shimazawa,Eriko Sugimoto,Hiroshi Omote,Jian Feng Ma,Kazuo Shinozaki,Yoshinori Moriyama.
AtPHT4;4 is a chloroplast−localized ascorbate transporter in Arabidopsis.
Nature Communications,2014,DOI:10.1038/ncomms6928
本研究成果は、文部科学省科学研究費補助金(新学術領域研究、基盤研究)などの研究助成を受け、実施しました。
<補足>
※1アスコルビン酸
水溶性ビタミンの一種であり、ビタミンCと呼ばれている。還元型と酸化型が存在するが、一般的に還元型のことである。植物においてアスコルビン酸は全体に広く分布している。葉の葉緑体に多く含まれ、光合成時に抗酸化物質や代謝反応の補因子、電子供与体として働き、光ストレス耐性能を付与する役割がある。
※2葉緑体
植物の葉に存在し、光合成をする細胞小器官である。細胞質と葉緑体を区切る膜は包膜と呼ばれる。光合成は、太陽の光エネルギーを使って、水と空気中の二酸化炭素から炭水化物を作り、酸素を大気中に供給している。
※3輸送体(トランスポーター)
生体膜を貫通しているタンパク質のうち、生体膜を通過させて物質の輸送を担うタンパク質の総称である。
※4ミトコンドリア
真核生物の細胞に含まれる細胞小器官であり、主にエネルギー源であるATPの生合成に関わっている。植物では、ミトコンドリアでビタミンCの生合成も担っている。
※5キサントフィル
カロテノイド由来の光合成の補助色素である。キサントフィル類のゼアキサンチン、アンテラキサンチン、ビオラキサンチンが相互に変換することで、光エネルギーを熱放散し、光障害から葉緑体を守る仕組みをキサントフィルサイクルと言う。
※6非光化学消光
葉緑体のクロロフィル蛍光を測定すると、光合成に関するパラメーターを評価することができる。非光化学消光はこのパラメーターの一つであり、光合成で生じた過剰な光エネルギーを熱として逃がす現象のことである。これはキサントフィルサイクルとも呼ばれ、この酵素反応にはビタミンCが補因子として必要である。
※7大腸菌
研究に最もよく用いられる細菌の一つであり、有用タンパク質の産生や遺伝子組換え実験などに利用される。
※8人工膜小胞(リポソーム)
主にリン脂質で構成されており、袋状の構造をしている。生体膜を模した小胞のことであり、トランスポーター研究においてよく利用される。
※9シロイヌナズナ
アブラナ科シロイヌナズナ属の一年草である。全ゲノム解読が完了しており、研究材料として利用しやすいため、植物のモデル生物としてよく研究に利用される。
*図1〜4は添付の関連資料を参照