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東北大など、オゾン層破壊をもたらす大気中の塩化水素が北半球で近年増加

2014-11-12

オゾン層破壊をもたらす大気中の塩化水素が北半球で近年増加―原因は短期的な大気循環の変動―


 フロン類の規制により、オゾン層破壊の元となる成層圏大気中の塩素総量は1990年後半から世界的に減少していると報告されています。
 東北大学、国立環境研究所を含むベルギー他8カ国のメンバーによる研究グループは、国際的なネットワークを構成して観測を行っている(図1)フーリエ変換型赤外分光計(FTIR)(*1)を用いた地上観測および人工衛星観測により、オゾン層破壊をもたらす塩化水素(HCl)濃度が北半球下部成層圏で2007年以降増加していることを発見しました。この増加の原因は、大気モデルによるシミュレーション結果との比較から、北半球の大気循環の数年程度の短期的な減速であることが分かりました。上記の国際観測ネットワークの中で、東北大学と国立環境研究所は、茨城県つくば市におけるFTIR観測を担当しました。なお、今回発見された塩化水素濃度の増加は一時的な現象であり、モントリオール議定書によるフロンの排出規制の効果を否定するものではないことを、科学的検証により確認しています。しかし、今回示したような大気循環の数年程度の変動はHClやその他の大気成分に変動をもたらすため、今後の成層圏オゾン層回復の様子を調べる際には、このような大気循環の変動を十分に考慮する必要があります。
 なお、本研究結果は、日本時間11月6日(木)に英国科学雑誌「Nature」電子版に掲載されます。

 *1:フーリエ変換型赤外分光計:光の干渉の原理を利用した分光観測装置。この分光計を用いて太陽赤外光を観測することで、地上からさまざまな大気成分の濃度の情報を得られる。なお、FTIRは英語名Fourier−Transform InfraRed Spectrometerの略。

1.背景
 1984〜85年にかけて日英の科学者により南極上空の成層圏にオゾンホールが発見されて以降、多くの研究により活性塩素がオゾン層破壊の主原因であることが分かってきました。塩素は主にフロンなどの人工化合物として大気中に放出され、大気の循環によって成層圏に運ばれると紫外線等により分解し活性塩素となります。しかし、通常はすぐに比較的安定な塩化水素(HCl)や硝酸塩素(ClONO2)となるため、大規模なオゾン破壊は起こりません。南極や北極の春先にはいくつかの特殊な条件が揃うことで塩化水素や硝酸塩素から活性塩素への変換が起こり、大規模なオゾン破壊が発生します。このように、今回観測したHClは、それ自体はオゾンとは反応しませんが、活性塩素の元になる成分ですのでオゾン破壊の上限を決める重要な成分です。
 モントリオール議定書に始まる国際的な取り組みにより、フロン等の生産・排出が規制されてきました。これにより、オゾンを破壊する元となる大気中の塩素の総量は、対流圏では1993年をピークに減少に転じたことが報告されています(図2a:青線)。成層圏でも、数年遅れて1990年代後半から減少に転じていました(この遅れは対流圏から成層圏への大気の輸送に数年かかるためと考えられます)。ところが、この成層圏の塩素量が北半球でのみ近年増加していることが今回の観測で見つかったのです(図2b−c:赤線)。

2.国際観測ネットワーク(NDACC−FTIR)の活用
 今回の論文で使用された地上観測データは、大気成分の長期モニタリングのための国際的な観測ネットワークNDACC(Network for the Detection of Atmospheric Composition Change:大気成分変動観測ネットワーク)に属する観測サイトでFTIRを用いた観測を行っているグループの中から、世界各地の8地点における観測データを用いて解析されました。各観測地点の位置を図1に示します。オゾン層破壊のような地球規模の大気環境問題の研究には、このような国際的観測ネットワークの協力が非常に有効です。国立環境研究所と東北大学は、つくばの国立環境研究所内にFTIRを設置し1998年から観測を継続しており、NDACCにも当初から参加しています。FTIRを用いて太陽光に含まれる赤外線を観測することにより、上空の大気中のオゾンやHClなどさまざまな大気成分の濃度を地上から測定することが出来ます。今回、両者は日本の研究チームとして研究グループに参加し、北半球中緯度の代表的観測拠点として茨城県つくば市の観測データを用いて塩化水素についての解析を行って、その結果を提供しました。

3.北半球下部成層圏で観測されたHClの増加
 今回用いた8つのNDACC−FTIR観測地点のうち、3つの観測地点のHCl濃度の経年変化を示したのが図2です。上側の図(a)は北半球中緯度にあるユングフラウヨッホ(スイス)で観測されたHClカラム全量(*2)の経年変化(赤線、縦軸の数値は左側)で、下側の図は1997−2011年について、北半球高緯度のニーオルスン(ノルウェイ)(b)、aと同じユングフラウヨッホ(c)、南半球中緯度のローダー(ニュージーランド)(d)のHClカラム全量の経年変化を示したものです。なお、観測されているのは高度方向に積算したカラム全量という値ですが、HClの場合は対流圏では少なく成層圏に多く分布する成分ですので、主に成層圏での変動を反映していると考えることが出来ます。図中にはあとで説明するシミュレーション結果等も表示されていますが、ここではまず赤線のみを見ると、南半球では継続的な減少傾向が見られるのに対し、北半球の2地点では2007年以降に上昇傾向が見られるのがわかります。
 この傾向を定量化するために、8つの観測地点全てについて1997−2007年と2007−2011年の2つの期間におけるHClの年変化率を求めたものが図3です。ここでもまずは赤色で示したNDACC−FTIR観測の結果のみを見ると、1997−2007年の期間(a)では北半球の全ての観測地点で−0.7〜−1.5%/年の有意な減少傾向が見られ、南半球の2地点では有意な変動は見られませんが、2007−2011年の期間(b)では北半球の全ての観測地点で1.1〜3.4%/年の増加傾向が見られ、南半球の2地点では減少または有意でない減少傾向が見られました。
 この結果を他の独立した観測からも裏付け、またこの変化の起こった高度を調べるために、GOZCARDS(*3)という3つの衛星観測を組み合わせたデータの解析も行いました。図3には各観測地点に対応する緯度領域の結果をオレンジ色で示してあります。1997−2007年の期間では、衛星観測の結果は北半球の6地点(ニーオルスン、チューレ、キルナ、ユングフラウヨッホ、つくば、イザーニャ)のNDACC−FTIR観測の結果と非常によく一致しています。2007−2011年の期間では、衛星観測からも北半球の増加が裏付けられました。また、GOZCARDSの結果を高度毎に見てみると、北半球の下部成層圏でのみHClの増加が起こったことがはっきりわかりました。

 *2:カラム全量:地表面から上空までのカラム(鉛直の柱)中に存在する対象大気成分の総量。通常底面1cm2のカラム中の量で表す。
 *3:GOZCARDS:Global OZone Chemistry And Related Datasets for the Stratosphereの略。"90年代から現在にかけてオゾン破壊に関わる大気成分のいくつかを観測した、観測手法や観測期間の異なる3つの衛星観測(HALOE,ACE,Aura/MLS)のデータを合わせて長期間のデータセットにしたもの。

4.3次元化学輸送モデルを用いたHCl増加原因の特定
 今回観測されたHCl増加の原因を特定するためにSLIMCAT(*4)とKASIMA(*5)というふたつの3次元化学輸送モデル(*6)を用いたシミュレーションを行いました。両モデルとも塩素化合物他の大気中への放出は世界気象機関(WMO)のA1シナリオ(*7)を使用し、風速・気温のデータは、ヨーロッパ中期気象予報センター(ECMWF)のERA−Interimという観測に基づくデータベースを使用しています。(本論文ではSLIMCATの結果のみ示していますが、追加の図にKASIMAの結果も示されています。)大気循環の影響を調べるために、SLIMCATでは上記のERA−Interimを用いた計算(SLIMCAT標準計算)の他に2000年以降の風速・気温を2000年の風速・気温に固定した計算(SLIMCATS2000計算)も行いました。図2のb−dにはこれらの結果も表示されています。3つの観測地点とも、黄緑線で示したSLIMCATS2000計算では2000年以降全体に減少傾向が続くのに対し、緑で示したSLIMCAT標準計算では観測された変動がよく再現されています。図3にはこれらのシミュレーションによるHClの年変化率も示されています。1997−2007年の期間ではどちらの計算も全ての観測点でHClの減少を示しており観測とも誤差範囲で一致しています。2007−2011年の期間についてはSLIMCAT標準計算ではニーオルスンからつくばまでの観測地点では増加、南半球の2地点では減少、低緯度のイザーニャ(スペイン)では有意な変化なしとなりました。SLIMCATS2000計算では減少から増加への反転は見られず、全ての観測点で減少を示しました。
 WMO−A1シナリオを用いたSLIMCAT標準計算が観測とよく一致したことは、2007年以降のHClの増加が、未知の塩素化合物の放出あるいは既知の塩素化合物の放出量の過小評価によるものではないことを示しています。また、塩素化合物がHClへと変化する化学反応過程もよく理解されていることになります。SLIMCAT
のふたつの計算の違いは2000年以降の気象場のみですので、近年の北半球でのHClの増加は大気の循環の変化によると結論づけることが出来ます。そこで、どのような変化が起きたのかをSLIMCAT標準計算から空気塊年代(*8)を求めて調べてみると、北半球の下部成層圏では2005/2006年以降に循環が遅くなり、空気塊が古くなった分だけ塩素化合物のHClへの変換が進んでいることがわかりました。ただし、今回観測された北半球の循環の減速は数年程度の短期的な変動と考えられ、大気循環場の長期的な変化を意味するものではありません。

 *4:SLIMCAT:英国Leeds大学が中心となり開発された化学輸送モデル
 *5:KASIMA:ドイツ・カールスルーエ研究所が中心となり開発された化学輸送モデル
 *6:化学輸送モデル:オゾンなどの大気微量成分の空間分布と時間変動を再現するために、実際に大気中で生じる化学反応による生成・消滅や風による輸送の効果を計算機の中で計算し、大気微量成分の空間分布を再現させる計算モデルのこと。
 *7:WMO−A1シナリオ:観測事実や実験データに基づいて各大気成分の排出量を年ごとに推定したもの。
 *8:空気塊年代:ある場所の空気が地表付近からそこに到達するまでにどのくらいの時間が経ったかを示す指標

5.オゾン層回復との関連
 今回、北半球における2007年以降のHClの増加が観測されましたが、その原因は大気循環の短期的な変化であり、未知の塩素化合物の放出あるいは既知の塩素化合物の放出量の過小評価によるものではないと結論されました。また、今回用いた8地点のNDACC−FTIR観測全体を総合すると1997−2011年の期間におけるHClの減少率は0.5%/年で、これは対流圏の塩素量の減少率(0.5−1%/年)とほぼ一致しています。このことから、モントリオール議定書に始まるフロン類の排出規制は問題なく機能しており、成層圏の塩素量を削減する効果を上げていると言えます。ただし、今回示したような大気循環の数年程度の変動は、HClやその他の大気成分の予測できない変動をもたらす可能性があります。そのため今後のオゾン層回復を調べる際には、このような変動を十分に考慮する必要があると言えるでしょう。更に、このために必要な地上等からの観測も、今後も引き続き行っていく必要があります。


 ※図などは添付の関連資料を参照



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