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慶大と理研、X線自由電子レーザーを用いた非結晶粒子構造研究のソフトを実用化

2014-11-08

X線自由電子レーザーを用いた非結晶粒子構造研究のための
新しい解析理論の構築と実用化
−SACLAの効率的利用を目指して−


 慶應義塾大学(塾長 清家篤)と独立行政法人理化学研究所(理事長 野依良治)は共同で、X線自由電子レーザーを用いた非結晶粒子のコヒーレントX線回折イメージング実験でしばしば遭遇する、従来手法では解析困難な回折パターンについて、解析を可能とする理論を独自に構築し、計算機実験でその有効性を確かめながらソフトウェアとして実用化しました。

 1.本研究成果のポイント
  ・コヒーレントX線回折イメージングにおける新しい非結晶粒子構造解析理論の構築
  ・従来法では困難であった回折パターンからの構造解析を可能に

 2012年3月、超強力なX線を供給する日本のX線自由電子レーザー(X−ray Free Electron Laser:XFEL)施設SACLA(※1)の共用が開始され、様々な基礎・応用科学分野での利用が始まりました。SACLAが解明すべき重要な課題の一つに、“生命科学や材料科学において発見あるいは創生されてきたものの中で、結晶化が極めて困難な数百ナノメートル〜マイクロメートルの粒子、いわゆる非結晶粒子を対象とした構造解析”があります。XFELを用いた非結晶粒子の構造解析にはコヒーレントX線回折イメージング法(Coherent X−ray Diffraction Imaging:CXDI)(※2)が有効で、これまでに、慶應義塾大学を中心とした研究グループは、低温試料固定照射装置“壽壱号”(ことぶきいちごう)を設計・製作し、高効率な非結晶粒子のCXDI実験を実現しました。
 SACLAにおけるCXDI実験では、壽壱号と理化学研究所放射光科学総合研究センターXFEL研究開発部門ビームライン研究開発グループデータ処理系開発チームが開発したマルチポートCCD(MPCCD)検出器二台を用い、数日間のビームタイム中に数万枚の回折パターンを得ることが可能になりました。また、慶應義塾大学の研究チームは、そのような膨大な枚数の回折パターンを人の手を介すことなく処理するソフトウェア『四天王』を開発し、十分な強度を持つパターンから電子密度像回復までを行ってきました。しかし、サイズの大きな試料や電子密度の高い試料の場合、回折角度の小さい領域(小角領域)において、強い回折X線が検出器の計数限界を超えて入射してしまい、従来から用いてきた反復的位相回復アルゴリズムでは不可欠な小角領域データの欠落によって、解像度の高いデータを取得しても、電子密度を回復できないという事態が度々発生していました。
 そこで、慶應義塾大学理化学研究所の共同研究グループでは、このような状況に対処するため、パターンを欠損した小角領域をドーナツ型の関数で滑らかに除き、さらに、回折パターンが持つ普遍的な特徴を積極的に活用することで、独自の像回復理論を構築しました。この理論の妥当性を膨大な計算機実験によって確認した後、SACLAで取得した回折パターンに適用したところ、従来法では歯が立たなかった回折パターンから電子密度図を得ることに成功しました。今後、このアルゴリズムを実装したソフトウェアは、SACLAでのX線回折イメージングをより効率的に実施することを助け、XFELを用いたナノ科学の発展に貢献するものと期待されます。
 本研究成果は、慶應義塾大学 大学院 理工学研究科 基礎理工学専攻 物理学専修・修士課程2年の小林周(あまね)君、同・博士課程1 年関口優希君(いずれも理化学研究所放射光科学総合研究センター利用システム開発研究部門ビームライン基盤研究部 研修生)、同・博士課程を修了した高山裕貴君(現理化学研究所放射光科学総合研究センター利用技術開拓研究部門米倉生体機構研究室 基礎科学特別研究員)、同大学物理学科苙口(おろぐち)友隆助教(理化学研究所放射光総合研究センター利用システム開発研究部門ビームライン基盤研究部生命系放射光利用システム開発ユニット 客員研究員)、中迫雅由教授(同客員主管研究員)によるものです。研究は、慶應義塾大学理化学研究所による「世界を先導する知性の創造」を目指した包括的な連携の下、XFEL重点戦略課題、新学術領域研究、挑戦的萌芽研究の支援を受けて実施されました。研究成果の詳細は、科学誌『Optics Express Vol.22』への掲載に先立ち、オンライン版として11月4日に公開されました。

2.背景
 XFELを用いたCXDIによる非結晶粒子の構造解析[1]に向けて、慶應義塾大学理化学研究所の共同研究グループは、非結晶粒子を高数密度で散布包埋した試料をXFELパルスに合わせて動かし、十分なX線照射確率を確保しながら回折パターンを得る実験方法を考案して、低温試料固定照射装置“壽壱号”[2]とその周辺装置[3]として実用化しました。図1には、壽壱号を用いた実験手順を模式的に示しました。ピンホール試料板に張り付けた炭素薄膜などに湿度制御環境下で試料粒子を展開し、余剰な水や溶媒を除去後に液体エタンで急速凍結します。液体窒素中で試料板を専用ホルダーに固定した後、専用キャリアーによって照射装置内の低温試料ステージに搬送して、集光X線パルス(X線光子密度1010-11(◇)/μm2/10 fs パルス)を照射します。試料はX線回折後にクーロン爆発を起こして原子レベルで破壊されます(diffraction before destruction)が、高濃度散布試料をスキャンすることで、照射位置には常に新しい試料粒子が供給されます。試料から1.6m下流に7−210nm分解能の回折パターンを記録するMPCCD−Octal検出器を、3.2mに80−500nmを記録するMPCCD−Dual検出器を接続して回折パターンを記録しています。

 ◇「1010-11」の正式表記は添付の関連資料を参照

 *参考資料は添付の関連資料「参考資料1」を参照

 粒子散布密度にもよりますが、現在、試料粒子にX線パルスがヒットする確率は20〜100%となっており、数日間のビームタイムで数万枚の回折パターンが得られます。このような膨大量の回折パターンは、もはや人の手を介して処理できるものではなく、また、貴重で短いビームタイム中に様々な判断に迫られるので、その場での自動データ処理・解析が不可欠です。そこで、慶應義塾大学の研究チームは、得られる膨大量の回折パターンを高速かつ自動で処理するデータ処理ソフトウェア『四天王』を開発しました[4]。このソフトウェアは、高計算コストのルーチンが並列化された四つのサブプログラムから構成され、それらが連携して自動高速データ処理が以下の順で行われます。その中で、『増長天』は、Hybrid−Input−Outputと呼ばれる反復的位相回復アルゴリズムを用い、回折パターンから、粒子のX線入射方向への投影電子密度像を回復してきました[5]。
 大型放射光施設SPring−8(※3)でのCXDI測定と比べ、短時間に膨大な回折パターンが収集可能なSACLAの特徴を活かせば、サブミクロンサイズの粒子個々の内部組織を30−10nmの分解能で可視化しながら、粒子サイズ分布も明らかにするという複合的な構造解析が可能になります[6]。

3.研究手法と成果
 MPCCD−Dual検出器の前には、試料のX線散乱能に応じて減衰板を挿入し、Dual検出器へ到達する回折X線強度を調節しています。しかし、個々の粒子あるいはその集団の回折強度を予め知ることはできないので、サイズの大きな葉緑体等の細胞内小器官や電子密度の高いナノ材料粒子に対する実験においては、小角領域において、強い回折X線がMPCCD検出器のピクセル当たりの計数限界を超えて入射することが頻繁に生じ、その部分のデータが欠落します。その結果、従来の反復的位相回復アルゴリズムでは像回復が殆ど不可能となります。このような場合、回折パターンは分解能まで取得できているにもかかわらず、電子密度図を回復できないという大変残念な事態に陥り、計算回数を増やしたところで正しい電子密度図にたどり着く確率はゼロと言っても過言ではありませんでした(図2)。
 慶應義塾大学の研究チームは、このような状況に対処する方法として電子顕微鏡などで用いられてきた暗視野像回復法[7]を利用することを試みました。この方法では、パターンを欠損した小角領域の回折強度パターンを滑らかに除きます。電子密度図と回折波の関係を与える数学の原理であるFourier変換は、それらを積分操作によって関係づけるので、電子密度図と回折波は『個にして全、全にして個』の関係にあります。欠損領域での急激な強度変化を滑らかにすることで、像を回復する可能性を高めるのです。しかし、この従来からの暗視野像回復法を試しても、実のところあまり役に立ちませんでした。
 ここであきらめることなく、研究チームは、回折角の小さな領域では回折パターンに中心対称性があることを利用し、従来法が予測する答えの範囲に制限を加え、正しい答えに至る確率を大きく高めることができると考えました。中心対称性を積極的に利用できるドーナツ型の関数を掛け算した(マスク処理)回折パターンに対して、この条件を課して、試料概形を回復した後、生データに対して従来法を適用するという二段構えの回復方法で、解析が困難な回折パターンからでも電子密度の回復が容易となりました。今回の着想の原点は、大学2〜3年次に習う物理数学とX線回折にあり、基礎的な勉強の大切さを痛感するものでした。
 慶應義塾大学の研究チームは、この理論の妥当性、有効性そして適用限界などを、蛋白質分子を用いた厳密かつ膨大な計算機実験によって調べました。さらに、SACLAで取得された大きさ250nm金コロイド粒子集団の回折パターンの中で、従来法では全く歯が立たなかったものにこの新しい像回復法を適用し、電子密度図を得ることに成功しました(図2)。実験に先立っては、散布試料全体を走査電子顕微鏡で観察し、試料の影絵を得ておきました。新しい解析法で得た粒子概形、電子密度図ともに走査電子顕微鏡像とよく一致しました。さらに、電子密度図には、電子顕微鏡の影絵では見透かすことができなかった粒子内部の電子密度分布をみることができています。

 *参考資料は添付の関連資料「参考資料2」を参照

4.今後の期待
 今後、このアルゴリズムを実装したソフトウェアは、SACLAでのX線回折イメージングをより効率的に実施することを助け、XFELを用いたナノ科学の発展に貢献するものと期待されます。特に、ドーナツ型関数を全自動で測定回折パターンに与えるようにソフトウェアを進化させ、スーパーコンピュータ「京」から派生した計算機上での自動解析を行って、SACLAと「京」の連携的な構造解析を行う予定です。すべてがメイド・イン・ジャパンの『壽壱号』と『四天王』と新構造解析理論を用いた非結晶粒子のXFEL−CXDI構造研究は、我が国が誇る国家基幹技術のSACLAと「京」の機動的・戦略的連携を促進する、ひとつの方向性を示す事例になることも期待されます。
 CXDIは、発表されて15年程度の研究方法なので、物理数学や構造解析の理論的考察や新規な解析方法の提案は、従来のX線結晶構造解析分野に比べて極めて幼いと言わざるを得ません。それ故、物理学系研究者が、物理数学や情報工学を融合しながら、新規な理論やアルゴリズムを構築してゆくのも、国家基幹技術を支えるうえで重要なタスクとなるでしょう。

<参考文献>
 [1]中迫らレーザー研究 40,680(2012);中迫ら:放射光26,11(2013).;中迫&山本:パリティ28(7),16(2013).;中迫ら:日本結晶学会誌56,27(2014).
 [2]Nakasako et al.Rev.Sci.Instrum.84,093705(2013).
 [3]Takayama&Nakasako:Rev.Sci.Instrum.83,054301(2012).
 [4]Sekiguchi et al.J.Synchrotron Rad.21,600(2014).;Sekiguchi et al.J.Synchrotron
Rad.DOI:10.1107/S1600577514017111(2014)
 [5]Oroguchi&Nakasako:Phys.Rev.E87,022712(2013).;W.Kodama&M.Nakasako:Phys.Rev.
E84,21902(2011).
 [6]Takahashi et al.Nano Lett.13,6028(2013).;Xu et al.Nat.Comm.DOI:10.1038/ncomms5061
5/5
(2014).
 [7]Martin et al.Opt.Express 20,13501(2012).

<原論文情報>
 Amane Kobayashi,Yuki Sekiguchi,Yuki Takayama,Tomotaka Oroguchi,and Masayoshi Nakasako“Dark−field phase retrieval under the constraint of the Friedel symmetry in coherent X−ray diffraction imaging”Optics Express

<補足説明>
 ※1 X線自由電子レーザー施設SACLA
 理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。科学技術基本計画における5つの国家基幹技術の1つとして位置付けられ、2006年度から5年間の計画で整備を進めた。2011年3月に施設が完成し、SPring−8 Angstrom Compact free electron LAserの頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始され、利用実験が始まっている。諸外国と比べて数分の一というコンパクトな施設の規模にも関わらず、0.1nm以下という世界最短波長のレーザーの生成能力を有する。

 ※2 コヒーレントX線回折イメージング法(CXDI:Coherent X−ray Diffraction Imaging)
 干渉性の優れたX線(コヒーレントX線)を試料に照射した際に起こるX線の散乱現象を利用するイメージング手法のこと。コヒーレントX線回折パターンは、試料の原子レベルでの構造の違いにも敏感であり、これを利用して試料構造を可視化することができる。コヒーレントとは、干渉性の優れた、位相のそろった波を意味する。

 ※3 大型放射光施設SPring−8
 SPring−8 はSuper Photon ring−8 GeVに由来する施設の愛称。兵庫県の播磨科学公園都市にあり、理化学研究所が所有する。SACLAとSPring−8は同じ敷地内にある。世界最高性能の放射光を発生することができ、1997年に共用が開始された。放射光とは、光とほぼ等しい速度に加速した電子を磁石により曲げることで発生させる電磁波のこと。SPring−8では、赤外線から可視光、軟X線・硬X線に至る幅広いエネルギー領域の強力な放射光を利用できる。この放射光を利用し、原子核の基礎研究から、ナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用、医学応用、科学捜査まで幅広い研究が行われ、日本の先端科学・技術を支えている。


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