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理研など、無汗症患者の原因遺伝子を発見

2014-10-25

無汗症患者の原因遺伝子を発見
−IP3受容体が機能しないと発汗できない−


<ポイント>
 ・2型イノシトール三リン酸(IP3)受容体が発症に関わるヒト疾患を発見
 ・カルシウムチャネル形成領域での点変異がIP3受容体の機能を阻害
 ・IP3受容体の活性を制御することによる無汗症や多汗症の治療法確立に期待


<要旨>
 理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、先天性無汗症[1]の原因遺伝子が2型イノシトール三リン酸(IP3)受容体[2]を発現する遺伝子であることを明らかにしました。これは、理研脳科学総合研究センター(利根川進センター長)発生神経生物研究チームの御子柴克彦チームリーダー、久恒智博研究員と、スウェーデンのウプサラ大学との共同研究グループの成果です。

 私たちは暑さや運動などで体温が上昇すると汗をかきます。汗は蒸発する際に身体から熱を奪い体温を下げる役割を果たします。汗をかくことができないと熱中症やめまいを発症しやすく、重症化すると意識障害やけいれんなどを起こすこともあります。このような無汗症の原因として、これまでに汗腺[3]の形成不全や交感神経の異常などが報告されていますが、その他の原因は明らかになっていませんでした。

 共同研究グループは、パキスタンで特異な先天性無汗症を発症する家系を発見しました。この先天性無汗症患者は、これまで先天性無汗症の原因として報告されていた汗腺の形成不全や交感神経の異常が見られず、発汗の異常以外は健常者と変わらないことが分かりました。また、家族全員には症状が出ていないことから、この先天性無汗症の原因遺伝子は常染色体[4]劣性遺伝子[5]であると推測されました。そこで近親婚家系のDNAサンプルを用いてさらに詳しく解析を行いました。その結果、この疾患の原因遺伝子が2型IP3受容体を発現する遺伝子であることが分かりました。共同研究グループは、患者の2型IP3受容体のイオンチャネル形成領域(カルシウムイオンを通す小さな穴の部分)に、点変異(タンパク質中の1つのアミノ酸の置換)があることを見いだし、この変異が2型IP3受容体の機能を阻害することを明らかにしました。また、マウスを使った実験を行い、2型IP3受容体を欠損したマウスでは、汗腺の細胞内カルシウム量が低下し、汗の分泌量が減少することを発見しました。これらの発見は、ヒトやマウスで2型IP3受容体が発汗に重要な機能を果たしていることを示しています。

 本研究成果は、米国の科学雑誌『The Journal of Clinical Investigation』(11月3日号)に掲載されるに先立ち、オンライン版(10月20日付け:日本時間10月21日)に掲載されます。


<背景>
 私たちは暑さや運動などで体温が上昇すると汗をかきます。汗は蒸発する際に身体から熱を奪い体温を下げます。このため、発汗できないと体温を一定に保てず、熱中症やめまいを発症しやすくなり、さらには意識障害など重篤な症状を起こす場合もあります。

 これまで、無汗症の原因として、汗腺の形成不全や交感神経の異常などが報告されていますが、その他の原因により発生する無汗症は報告されていませんでした。

 今回共同研究グループは、パキスタンで特異な先天性無汗症を発症する家系を発見しました。この先天性無汗症の原因遺伝子を突き止めるため、詳細な研究を行うことにしました。


<研究手法と成果>
 共同研究グループは、まず先天性無汗症患者の発汗をヨウ素デンプン反応[6]を用いて調べました。その結果、患者は室温32℃でも汗を全くかかないことが分かりました(図1A)。また、高温多湿の環境では、患者は健常者に比べ皮膚温度が高く、また心拍の異常上昇を示すことも分かりました。しかし、この患者は、これまで無汗症の原因として報告されていた汗腺の形成不全や交感神経の異常は見られず、発汗の異常以外は健常者と変わらないことが分かりました。また、家族全員には症状が出ていないことから原因遺伝子は常染色体劣性遺伝子であることが推測されました。

 そこで、共同研究グループは劣性遺伝子疾患の原因遺伝子を特定できる同祖接合性マッピング(Autozygosity mapping)法[7]を用いて近親婚家系のDNAサンプルを詳細に調べました。その結果、全ての患者が12番染色体の一部の領域をホモに持っていることが分かりました。さらに、この領域のDNA配列を調べた結果、2型IP3受容体を発現する遺伝子のDNA配列に変異が見つかりました(図1B)。

 IP3受容体は、細胞内に存在するカルシウム貯蔵庫である小胞体の膜上にあるイオンチャネルです。IP3受容体は細胞外からの情報に応じて小胞体から適切な量のカルシウムを細胞内に放出し、細胞内のカルシウム濃度を調節しています。IP3受容体には3つのタイプがあり、2型と3型は外分泌腺[8]に多く発現することが知られています。変異した遺伝子からつくられた患者の2型IP3受容体は、イオンチャネル形成領域(カルシウムイオンを通す小さな穴の部分)に、点変異(タンパク質中の1つのアミノ酸の置換)があることから、カルシウムイオンの通過に影響を与えることが予想されました(図1B)。

 共同研究グループは、患者で見つかった変異型の2型IP3受容体の機能を培養細胞で調べました。その結果、患者の2型IP3受容体では、細胞外の刺激に応じてカルシウムイオンを小胞体から放出する機能が完全に欠落していました(図2)。次に、野生型マウスと2型IP3受容体を欠損させた遺伝子改変マウスに細胞外刺激としてアセチルコリン受容体刺激薬のピロカルピンを投与し、2型IP3受容体が発汗に重要な役割を果たしているかどうかを調べました(図3)。マウスはヒトと異なり、手足の裏にしか汗を分泌しないため、マウスの手のひらの発汗をヨウ素デンプン反応を用いて調べました。その結果、2型IP3受容体を欠損したマウスは、野生型マウスに比べて、指や手のひらにかく汗の分泌量が少ないことが分かりました。

 さらに共同研究グループは、マウスの指先の汗腺を取り出して、汗腺細胞内のカルシウムの様子を調べました(図4)。その結果、2型IP3受容体を欠損した細胞では野生型の汗腺細胞に比べ、アセチルコリン投与によるカルシウムの放出量がおよそ半分に減っていました。これらの結果から、汗腺細胞に発現する2型IP3受容体からのカルシウム放出は、ヒトとマウスの発汗に重要であることが明らかになりました。


<今後の期待>
 これまでIP3受容体が関わるヒト疾患では、特定疾患である脊髄小脳変性症[9]の原因遺伝子として1型のIP3受容体をコードする遺伝子が分かっているだけでした。今回、共同研究グループは、世界で初めて2型IP3受容体に関わるヒト疾患を明らかにし、2型IP3受容体がヒトやマウスの発汗に重要な役割を果たすことを明らかにしました。原因不明な後天性の無汗症にもIP3受容体の機能異常が関わっている可能性があります。今後、IP3受容体の活性を制御することによる無汗症や多汗症の治療法の確立が期待できます。


<原論文情報>
 ・Joakim Klar(*),Chihiro Hisatsune(*),Shahid M.Baig,Muhammad Tariq,Anna C.V.Johansson,Mahmood Rasool,Naveed Altaf Malik,Adam Ameur,Kotomi Sugiura,Lars Feuk,Katsuhiko Mikoshiba(#),and Niklas Dahl(#).“Abolished InsP3R2 function inhibits sweat secretion in both humans and mice”.The Journal of Clinical Investigation,2014,doi:10.1172/JCI70720
 *These authors contributed equally to this work.#These authors are corresponding authors.


<発表者>
 独立行政法人理化学研究所
 脳科学総合研究センター http://www.riken.jp/research/labs/bsi/
 発生神経生物研究チーム http://www.riken.jp/research/labs/bsi/dev_neurobiol/
 チームリーダー 御子柴 克彦(みこしば かつひこ)


 ※以下の資料は添付の関連資料を参照
 ・補足説明
 ・図1〜4



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