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東北大、ナノメートル級の籠状構造により促進される超イオン伝導現象を発見
ナノメートル級の籠状構造により促進される超イオン伝導現象を発見
−次世代蓄電池の開発を加速−
【研究成果のポイント】
●ナトリウムイオンを含む錯体水素化物でのナノメートル級の籠(かご)状構造に注目
●籠状構造の適切な配置や高速回転などによりナトリウムイオンの伝導が大きく促進
●この新たな現象により次世代蓄電池の開発を加速
東北大学金属材料研究所の松尾元彰講師と同大学原子分子材料科学高等研究機構の宇根本篤講師・折茂慎一教授の研究グループは、ナノメートル級の籠状構造(=B10H10(*1)イオン)をもつ安定な錯体水素化物において、B10H10イオンによりナトリウム超イオン伝導が促進される新たな現象を発見しました。同大学大学院工学研究科、アメリカ国立標準技術研究所、メリーランド大学、サンディア国立研究所、およびロシア科学アカデミーとの共同研究による成果です。
*1「B10H10」の正式表記は添付の関連資料を参照
※参考資料は添付の関連資料を参照
研究グループでは、水素エネルギーの普及の観点から高密度水素貯蔵材料の開発を進めており、その候補材料のひとつとして、ナトリウム(Na)とホウ素(B)、水素(H)で構成される錯体水素化物に関する研究をしています。その一環で、水素を放出した後に生じるナノメートル級の籠状B10H10イオンと、その周りのナトリウムイオンの動きを丹念に調べました。その結果、Na2B10H10(*2)では110℃以上でB10H10イオンの配置変化と高速回転が起こり、これらに促進されてナトリウム超イオン伝導現象が発現することを発見しました。
*2「Na2B10H10」の正式表記は添付の関連資料を参照
今回の研究成果は、B10H10イオンなどの籠状構造を持つ新たな固体電解質の開発指針を提案し、これを実証した点で注目されており、次世代蓄電池として期待される全固体ナトリウムイオン二次電池の開発を加速させる重要な成果として、平成26年(2014年)10月13日(現地時間)に材料科学分野の有力誌 Advanced Materialsのオンライン版に掲載されました。
【研究の背景】
水素エネルギーの普及の観点から、結晶内部に水素を高密度に貯蔵することができる高密度水素貯蔵材料の候補材料のひとつとして、ホウ素(B)と水素(H)で構成される錯体水素化物が注目されています。この錯体水素化物は一般的にMBH4(*3)(MはLiやNaなどの金属)で表され、水素を貯蔵した状態では4つの水素が1つのホウ素に結合したテトラポット状構造(=BH4(*3)イオン、図1左)をとります。研究グループではこれまで、水素を放出する過程や放出した後に生じる構造を詳細に評価することで、錯体水素化物中のテトラポット状構造がナノメートル級の籠状構造(=B10H10イオン、図1右)へと段階的に変化することを見出していました。
*3「MBH4」「BH4」の正式表記は添付の関連資料を参照
また研究グループでは、次世代蓄電池の開発に貢献できる高速イオン伝導材料(注1)の観点でも錯体水素化物の研究にも注力しています。代表的な錯体水素化物であるLiBH4(*4)でのリチウム高速イオン伝導現象を2007年に世界で初めて報告し、実際にこのLiBH4を固体電解質(注2)として実装した高エネルギー密度型の全固体リチウム―硫黄電池の開発にも成功しています(平成26年8月26日 プレスリリース)。
*4「LiBH4」の正式表記は添付の関連資料を参照
さらに、リチウムよりも資源が豊富で安価なナトリウムを用いたナトリウムイオン二次電池(注3)の固体電解質としての錯体水素化物の探索も進めてきました。これまで、LiBH4の場合と類似のテトラポット状構造をもつNaBH4(*5)やその関連材料にも注目してきましたが、すぐに固体電解質に応用できるほどのイオン伝導性は示しませんでした。
そこで今回、ナノメートル級の籠状構造をもつNa2B10H10に注目しました。図1での比較から分かるようにB10H10イオンはBH4イオンより大きく、周囲の空間をより広げるためにナトリウムイオンが伝導し易くなることが期待されます。また、多くの水素を放出した後に生じる構造であるために安定であり、固体電解質として使い易いことも期待できます。
*5「NaBH4」の正式表記は添付の関連資料を参照
【研究の内容】
図2にNa2B10H10および比較としてのNaBH4のナトリウムイオン伝導率の温度変化(30〜150℃)を示します。室温付近ではNa2B10H10のナトリウムイオン伝導率は約1×10の-7乗S/cmであり、NaBH4と比較して約1,000倍程度高いことがわかります。さらに温度が上昇するにつれて徐々に値は高くなるのですが、110℃付近になると急激に約1×10の-2乗S/cmにまで増大する、すなわちナトリウム超イオン伝導を示すことがわかります。この現象は温度上昇・低下に伴い可逆的に進行することも確認しました。
この110℃付近でのナトリウム超イオン伝導現象の発現は、ナノメートル級の籠状構造であるB10H10イオンの配置と回転に密接に関連しています。結晶構造を詳細に解析した結果、110℃を境にしてNaとB10H10との配置が変化することで、ナトリウムイオンが安定に存在できる位置に多くの空孔(注4)が生成することがわかりました。従来多くの高速イオン伝導材料において報告されているように、まずこの空孔の生成によってナトリウムイオンの伝導が始まります。また、B10H10イオンは110℃以下では穏やかに小さく振動しているのに対して、110℃以上になると高速で回転し始めることも明らかになりました。このB10H10イオンの高速回転によってナトリウムイオンがより移動しやすくなった結果、超イオン伝導現象が発現したものと考えられます。
【今後の展開】
今回注目した籠状構造イオンは一般的にBxHy(*6)(x,y:5〜12)として表され、B10H10とはその大きさに加えて結晶中での配置や回転速度が異なる類似のイオンが他にも多く存在します。Na2B10H10でのナトリウム超イオン伝導現象が明らかとなったことで、新しい固体電解質群としてのこれらの籠状構造を有する錯体水素化物の系統的な研究が望まれます。研究グループでは今後、ナトリウム超イオン伝導の要因である籠状構造の配置と高速回転を室温でも維持することでイオン伝導特性をより向上させ、Na2B10H10を固体電解質として実装した全固体ナトリウムイオン二次電池の開発に取り組む予定です。
*6「BxHy」の正式表記は添付の関連資料を参照
本研究成果は、東北大学大学院工学研究科の高村仁教授、アメリカ国立標準技術研究所のT.J.Udovic博士、同所およびメリーランド大学のW.S.Tang博士、H.Wu博士、J.J.Rush博士、サンディア国立研究所のV.Stavila博士、およびロシア科学アカデミーのA.V.Soloninin博士、R.V.Skoryunov博士、O.A.Babanova博士、A.V.Skripov博士、との共同研究によるものです。また、本研究の一部は、日本学術振興会科学研究費補助金(基盤研究S(25220911、代表者:折茂慎一)、若手研究B(26820311、代表:松尾元彰))、科学技術振興機構・先端的低炭素化技術開発(ALCA)「蓄電デバイス」(運営総括:逢坂哲彌)における研究開発課題「錯体水素化物系高速イオン伝導体の全固体蓄電デバイスへの実装」(研究開発代表者:宇根本篤)および東北大学低炭素センターの支援を受けて実施されました。
【参考図】
※添付の関連資料を参照
【用語解説】
注1)高速イオン伝導材料
固体でありながら、融点より十分低い温度でもの構造中を高速でイオンが移動し高いイオン伝導率を示す材料。移動するイオンとしてリチウム、ナトリウムの他に水素イオンや酸化物イオンなどが挙げられる。
注2)固体電解質
現行のリチウムイオン二次電池では電解質にリチウム塩(LiPF6など)を加えた有機溶媒(炭酸エチレンや炭酸ジエチルなど)が使用されている。有機溶媒が可燃性であるため安全性の観点から難燃性の固体材料を電解質に用いた全固体電池の開発が期待されている。
注3)ナトリウムイオン二次電池
リチウムイオン二次電池のリチウムをナトリウムに置き換えて、電解質中をナトリウムイオンが移動する二次電池。リチウムがいわゆるレアメタルであり、輸入に依存しているという課題を抱えているため、リチウムより資源が豊富で安価なナトリウムを利用したナトリウムイオン二次電池の開発が期待されている。
注4)空孔
結晶を構成する原子・イオンの一部が元の安定な位置に存在しないこと。一般的にイオン伝導は結晶中に空孔が多く存在する場合により顕著に起こる。
【論文情報】
“Exceptional Superionic Conductivity in Disordered Sodium Decahydro−closo−decaborate”,Terrence J.Udovic,Motoaki Matsuo,Wan Si Tang,Hui Wu,Vitalie Stavila,Alexei V.Soloninin,Roman V.Skoryunov,Olga A.Babanova,Alexander V.Skripov,John J.Rush,Atsushi Unemoto,Hitoshi Takamura,Shin−ichi Orimo,Advanced Materials,2014,in press(DOI:10.1002/adma.201403157)