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東大、日本最古・中生代初期の脊椎動物の糞化石を発見

2014-10-21

日本最古、中生代初期の脊椎動物の糞化石を発見
−古生代末の大量絶滅の直後、海の生態系が復活した証拠−


<発表者>

 中島 保寿(ボン大学シュタインマン研究所 博士研究員[元:東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 大学院生])
 泉 賢太郎(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 博士課程学生)


<発表のポイント>

 ◆宮城県南三陸町で中生代初期の海の地層からさまざまな大きさの脊椎動物の糞化石を発見し、さらにこの中から骨を検出し、当時は脊椎動物を捕食する動物が存在したことを証明した。
 ◆中生代初期の海の捕食行動の記録としては日本で初めての発見で、古生代末の大量絶滅で失われた捕食者の多様性は、従来の考えよりも早い時期に回復していたことがわかった。
 ◆南三陸町など国内のフィールドは、糞や未発見の動物など、生態系の発達の歴史を解明する上で鍵となる化石が眠っている可能性が高く、今後も継続的な発掘調査が必要である。


<発表概要>

 古生代と中生代の境界(約2億5200万年前)には、海の生物のうち約95%の種が絶滅し、食物連鎖の構造の複雑さが一度失われたことがわかっている。これまでの研究では、この大量絶滅の後に生態系が完全に回復するには500万年以上を要したと考えられてきた。しかし、大量絶滅の直後にあたる前期三畳紀(〜約2億4700万年前)の海の動物については、化石が発見されること自体が稀であり、生物多様性を低く見積もり過ぎた可能性も指摘されている。

 独ボン大学の中島保寿博士研究員と東京大学大学院理学系研究科の泉賢太郎大学院生は、稀にしか発見されない動物の骨などの化石ではなく、より豊富に発見される動物の糞化石を分析することにより、前期三畳紀の海の生態系にはすでに複雑な食物連鎖が回復していたことを明らかにした。

 中島博士研究員と泉大学院生は、宮城県南三陸町にある前期三畳紀の海の地層「大沢層」から、糞の化石60点以上を発見した。これらの糞化石は直径数mm〜7cmと大小さまざまで、いろいろな大きさの動物たちが排泄したとみられる。またこれらの糞化石を偏光顕微鏡で観察した結果、糞化石の中に脊椎動物の骨が含まれていた。このことから、前期三畳紀にはすでに、小型の脊椎動物とそれを捕食する高次捕食者、その他一次生産者などからなる複雑な生態系が回復していたことが明らかになった。本研究が示すように、南三陸町など国内のフィールドは過去数億年間の生態系の歴史を解明するための重要な拠点であり、これからも継続的に発掘調査を行っていく必要がある。


<発表内容>

 古生代の末(約2億5200万年前)には、海の生物種の95%が絶滅し、生物の多様性が失われた。古生代を代表する動物は死に絶え、その結果多くの生態的地位には空白ができ、食物連鎖の階層性も大部分が失われた。その後中生代に入り、空白の生態的地位はやがて別の生物たちによって埋められていき、生態系は回復した。この回復現象は、現在の海の生態系が形作られる中で最も重要なできごとの一つとされている。これまでの研究では、大量絶滅直後の中生代初期の海は生物多様性も低く、食物連鎖の構造も単純であり、その後海の生態系が完全に回復するまでには500万年以上の長い時間を要したという考え方が主流であった。しかし中生代初期の動物の化石はそもそも発見数が少なく、未発見の動物たちによる複雑な生態系が存在していた可能性も否定できなかった。

 今回、独ボン大学の中島保寿博士研究員と東京大学大学院理学系研究科の泉賢太郎大学院生は宮城県南三陸町および近隣地域に分布する中生代初期の地層から、大量の動物の糞化石を発見し、その分析から、大量絶滅の後500万年後の海にはすでに複雑な食物連鎖が存在していたことを突き止めた。

 宮城県北部には、中生代初期にあたる前期三畳紀(約2億5200万年前〜約2億4700万年前)に海で堆積した地層、「大沢層」が分布している。大沢層からはこれまで、二枚貝やアンモナイトなど食物連鎖の中では比較的低い地位にいる脊椎動物の殻と、「ウタツ魚竜」と呼ばれる当時としては大型の海生爬虫類やサメの仲間など、比較的高い地位の脊椎動物の骨や歯の化石が見つかっていた。これらの体化石(注1)から復元することができる食物連鎖の構造は、ウタツ魚竜やサメが脊椎動物を捕食するという極めて単純なものであり、生態系の回復過程についてのこれまでの考え方に調和的なものであった。

 大沢層の発掘調査の結果発見された60点以上の糞の化石は、大きさが最大径数mmから7cmまでさまざまであることから、大小さまざまな大きさの生物によって排泄されたものであることがわかる(画像1)。また、糞の化石は主にリン酸塩鉱物からなり、珪酸塩鉱物をほとんど含まないことなどから、珪酸塩を含む泥ごと餌を食べる底生生物の糞の化石とは区別された。糞化石の形態は、基本的に楕円形もしくは紡錘形で一部に分節構造が見られるなど、脊椎動物の糞に酷似し、軟体動物のリボン状の糞とも明確に異なっていた。これらのことから、収集された大沢層の糞化石は遊泳性の脊椎動物に由来するものであることがわかる。さらに糞化石を薄片化し、透過式偏光顕微鏡で観察したところ、一部の糞化石に脊椎動物の骨が包有されていることがわかった(画像1)。骨は太さ0.5mmほどの小さなもので、これまで大沢層からは報告されていない硬骨魚類などの小さな脊椎動物に由来するとみられる。

 これらの結果をまとめると、大沢層の堆積した前期三畳紀の海には、脊椎動物と大型の脊椎動物のほかに小型の脊椎動物が共存し、脊椎動物の一部は他の脊椎動物を捕食していたと結論づけられる(画像2)。本研究は、海の食物連鎖で上位に位置する脊椎動物の中にも被食・捕食関係の階層性があったことを行動の記録として示すことで、古生代末の大量絶滅から500万年以内に、複雑な食物連鎖の構造をもった生態系が回復していたことを証明し、生態系回復の速度について新しい見解をもたらした。

 また本研究の結果から、南三陸町など国内のフィールドには、生物の進化と生態系の発達を理解する上で重要な化石がいまだ多く眠っている可能性が示された。今後も自治体等と協力の上、積極的な発掘調査を行っていく価値があるといえる。

 ※図1・2は添付の関連資料を参照


<発表雑誌>

 雑誌名
  「Palaeogeography,Palaeoclimatology,Palaeoecology」(Elsevier)

 論文タイトル
  Coprolites from the upper Osawa Formation(upper Spathian),northeastern Japan:Evidence for predation in a marine ecosystem 5 Myr after the end−Permian mass extinction[東北日本、上部大沢層(スパース統上部)の糞化石:ペルム紀末の大量絶滅から500万年後の海洋生態系における捕食の証拠]
  http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0031018214004118

 著者
  中島保寿(ボン大学)・泉賢太郎(東京大学

 DOI番号
  10.1016/j.palaeo.2014.08.014


<用語解説>

 注1 体化石
  脊椎動物の骨や貝殻など、生物のからだの一部が化石化したもの。糞や巣穴など、生物の活動の痕跡が化石化した「生痕化石」の対義語として使われる。



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