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東大など、長期記憶形成時の脳部位に応じた遺伝子発現調節機構を発見

2014-10-08

長期記憶形成時の脳部位に応じた遺伝子発現調節機構の発見

<ポイント>
 ・遺伝子発現経路で、CREBという代表的な転写因子の新たな制御機構を解明。
 ・長期記憶モデルで、CREBの補助因子が脳部位特異的な役割を持つことを発見。
 ・転写補助因子の役割の一端を解明したことにより、認知向上のための創薬に役立つことが期待される。


 JST戦略的創造研究推進事業において、東京大学の尾藤晴彦教授らは、マウスを用いた実験により、脳の部位ごとに記憶に応じた遺伝子発現の調節を可能にするメカニズムを解明しました。
 脳はさまざまな情報を処理する部位に分かれています。その1つに「記憶」がかかわっている部位があり、記憶が一時的なものか長期的に持続するものかは、特定の遺伝子発現の有無にかかっていることなどが知られています。しかし、脳の各部位でどのようにして特定の遺伝子群だけを読み出し、部位ごとに異なる機能を発揮できるのか、これまで謎に包まれていました。
 長期記憶(注1)の形成には特定の遺伝子の発現が必要です。目的の遺伝子上に転写因子(注2)と呼ばれる分子が結合することで遺伝子の転写が開始し、特定の遺伝子発現の調節が行われています。代表的な転写因子の1つにCREB(注3)があり、全身のさまざまな場面で働いており、脳でも、記憶のみならず、発生・細胞の生存維持・体内時計などさまざまな機能が報告されています。今回、本研究グループはCREBの転写補助分子(注4)であるCRTC1(注5)に着目し、この因子の神経細胞における性質を具体的に調べ、マウスの脳でCRTC1−CREB経路が脳部位に応じて働くことを見いだしました。具体的には、長期的な記憶に必要とされる海馬(注6)と扁桃体(注7)で、海馬ではCRTC1の寄与が少ないのに対し、扁桃体では大きく、しかし、CRTC1を海馬で強化すると記憶が向上するが、扁桃体ではそのような作用がないことが分かりました。
 このような部位ごとに異なる転写補助因子の振る舞いは、脳全体に普遍的に存在するCREBという転写因子が、脳部位ごとに異なる遺伝子発現調節を行うことを示唆するものです。CREBをはじめとする記憶固定化(注8)にかかわる転写因子は、認知力向上の創薬ターゲットであり、今回の研究成果は、精神疾患や学習・記憶障害などの病態解明および治療法の開発につながるものと期待されます。
 なお本研究は、東京農業大学の喜田聡教授と共同で行ったものです。
 本研究成果は、2014年10月1日(米国東部時間)に米国科学誌「Neuron」のオンライン速報版で公開されます。


 本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
  戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
  研究領域:「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」
        (研究総括:小澤瀞司 高崎健康福祉大学 健康福祉学部 教授)
  研究課題名:「可塑的神経回路を支えるシグナル伝達の分子基盤解明と制御」
  研究代表者:尾藤晴彦(東京大学 大学院医学系研究科 教授)
  研究期間:平成22年10月〜平成28年3月
 JSTはこの領域で、脳神経回路の発生・発達・再生の分子・細胞メカニズムを解明し、さらに個々の脳領域で多様な構成要素により組み立てられた神経回路がどのように動作してそれぞれに特有な機能を発現するのか、それらの局所神経回路の活動の統合により、脳が極めて全体性の高いシステムをどのようにして実現するのかを追求します。またこれらの研究を基盤として、脳神経回路の形成過程と動作を制御する技術の創出を目指します。
 上記研究課題では、新規のイメージング技術により、可塑的回路を支えるシグナル伝達の分子基盤をシナプスレベルならびにシステムレベルで明らかにします。さらに、可塑的神経回路の脱構築・再構築を抑制するための新技術を開発します。


<研究の背景と経緯>
 脳はさまざまな情報を処理する部位に分かれています。生理学的な研究により、その機能の分担の一部が明らかになってきました。記憶が一時的なものであるか、長期的に持続するものであるかは、特定の遺伝子発現の有無にかかっています。記憶にかかわる遺伝子発現の調節に必要とされる転写因子の代表的なものにCREBがあります(図1)。CREBは、脳のみならず全身のさまざまな場面で働いており、脳でも、記憶・発生・細胞の生存維持・体内時計などさまざまな機能に関わることが報告されています。これら転写因子は、遺伝子のプロモータ(注9)と呼ばれる発現調節領域に結合して遺伝子発現をOn/Offするためのスイッチとなりますが、CREBによって制御される遺伝子は4000個とも言われており、脳の各部位でどのようにして特定の遺伝子群だけを読み出し、部位特異的な機能を発揮できるのか、これまで謎に包まれていました。


<研究の内容>
 外の刺激に対して細胞が応答する際、ある分子の特定のアミノ酸がリン酸化(注10)されることで刺激が伝わったり、特定の遺伝子の発現のOn/Offが制御されたりすることが知られています。CREBの転写補助分子であるCRTC1を生化学的に解析することによって、神経活動依存的な制御に関わるCRTC1のリン酸化部位を同定しました(図2)。また、CRTC1がCREBに作用し、実際に特定の遺伝子の発現を調節するためには、細胞質に存在しているCRTC1が核内に移行することが必要です。そこでCRTC1のリン酸化・脱リン酸化に関わる上流のキナーゼ(注11)および脱リン酸化酵素を薬理学的手法にて同定し、CRTC1の核移行の調節シグナル経路を明らかにしました。またCRTC1が核移行することがCREB依存的転写の活性化に必要十分であることを転写リポーターアッセイにより示しました(図3)。さらに、CRTC1の核移行が、これまで知られていたCREBリン酸化と独立した経路であることを明らかにした上で、CRTC1の転写補助因子としてのCREB特異性をも示し、実際に神経細胞におけるIEG(注12)のプロモータへの結合を証明しました。
 これらの生化学的解析を、細胞数もたんぱく質量にも乏しい神経細胞初代培養で行うには、実験系の感度向上と最適化が必要とされました。特に、高度にリン酸化されたCRTC1のリン酸化部位同定は、国立循環器病センターの佐々木一樹先生との共同研究による質量分析(注13)によるものです。
 CRTC1を搭載したウイルスの個体内投与技術により、海馬と扁桃体でCRTC1の遺伝子発現抑制(ノックダウン)および活性化型CRTC1の強制発現を行い、海馬・扁桃体の両方が必要とされる文脈依存的恐怖条件付け(注14)タスクをマウスに実施しました。長期記憶において海馬では内在性CRTC1の寄与が少ないのに対し、扁桃体では大きく、しかし、海馬でCRTC1機能を外因性に強化すると記憶が向上する一方、扁桃体ではそのような作用がないことが分かりました(図4)。
 上記の解析は、ウイルスによる脳部位特異的遺伝子改変技術が可能にし、マウス個体の記憶行動の評価は、東京農業大学の喜田研究室との共同研究によるものです。


<今後の展開>
 CREBを初めとする記憶固定化に関わる転写因子は、認知力向上の創薬ターゲットであり、今回の研究成果は、精神疾患や学習・記憶障害などの病態解明および治療法の開発につながるものと期待されます。


 ※以下の資料は添付の関連資料「参考資料」を参照
  ・図1 記憶に関わる遺伝子発現の調節への転写因子CREBの働き
  ・図2 転写補助因子CRTC1の神経活動依存的な制御に関わる脱リン酸化部位
  ・図3 CRTC1の核移行の調節シグナル経路であるリン酸化に関わるキナーゼの同定
  ・図4 文脈依存的恐怖条件付けタスクを実施したマウスの海馬・扁桃体におけるCRTC1の働き
  ・用語解説
  ・論文タイトル



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