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理研と電通大など、X線自由電子レーザー施設を使いX線可飽和吸収の観測に成功

2014-10-07

X線可飽和吸収を世界で初めて観測
−SACLAの世界最強X線レーザーが切り拓く新たな世界−


<ポイント>
 ・X線の強度を高めると、物質がどんどん透明に
 ・世界最高強度のX線レーザーにより初めて実現
 ・アト秒X線光学の開拓に向けて大きな飛躍


<要旨>
 理化学研究所(理研、野依良治理事長)と電気通信大学(福田喬学長)は、X線自由電子レーザー(XFEL:X−ray Free Electron Laser)施設「SACLA」[1]を使い、X線可飽和吸収[2]の観測に成功しました。これは、電気通信大学の米田仁紀教授、理研放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)ビームライン研究開発グループの矢橋牧名グループディレクター、高輝度光科学研究センターXFEL利用研究推進室の犬伏雄一研究員らと、大阪大学大学院工学研究科の山内和人教授、東京大学大学院工学系研究科の三村秀和准教授、京都大学大学院理学研究科の北村光助教らを中心とした共同研究グループの成果です。

 光を物質に照射すると物質ごとに決まった量が吸収されますが、光の強度を高めていくと、物質が光を吸収できなくなり透明化する「可飽和吸収」という現象が起こることが知られています。可飽和吸収は、可視光の領域で半世紀以上前に発見され、物質を透明化させることで光の通り道(光導波路[3])を作り出すなど、光通信をはじめとする先端技術にも幅広く利用されています。短波長の光であるX線も、強度を高めると可飽和吸収が起こることが理論的に予測されていました。X線可飽和吸収は、強度の高いX線が照射された部分に選択的に起こるため、光導波路や、超高速のX線スイッチング素子といった、さまざまなX線光学デバイスへの応用が期待されます。しかし、X線領域で可飽和吸収を起こすには、X線の強度を極端に高くする必要があるため、実際に成功した例はありませんでした。

 共同研究グループは、これまで、SACLAが生成する高輝度X線レーザーに対して、独自に開発した二段集光光学システム[4]を適用することにより、10の20乗W/cm2という世界最高強度のX線の生成に成功しています(2014年4月28日プレスリリースhttp://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/press_release/2014/140428/))。今回、このX線レーザーを鉄の薄膜に入射させて吸収スペクトルを計測したところ、通常の状態に比べ、X線の透過率が10倍以上増大することが分かりました。また、X線の強度が高い部分だけが透明になるため、吸収する物質内にX線導波路を形成できることも明らかになりました。この発見は、次世代のアト秒(1アト秒は100京分の1秒)X線光学[5]や動的X線光学[6]の最初の一歩となり、新たなX線光学デバイスを開発する技術として進展が期待できます。

 本研究成果は、英国のオンライン科学雑誌『Nature Communications』(10月1日付け)に掲載されます。


<背景>
 光を物質に照射すると、物質ごとに決まった量が吸収されますが、徐々に光の強度を高めていくと、それ以上物質が光を吸収できなくなる「可飽和吸収」という現象が起こります(図1)。この現象は、波長の長い可視から赤外域の光では、すでにさまざまな分野で応用されており、例えば、世界中に張り巡らされている光通信網での光信号の生成や、レーザー装置などの光の波形の補正などを行う製品で利用されています。可飽和吸収を用いれば、高強度の光を選択的かつ任意のタイミングで透過させることができるので、時間幅の短いパルス光の生成や制御を行うために必要不可欠なものになっています。X線領域でも、可視から赤外線域で行われているような応用が実現できれば、光の特性を自由に制御したり、スイッチング機構として利用したりすることができ、さらに物質中にX線を選択的に通す光導波路を形成することも可能になります。

 しかし、これらを実現するために必要な光の強度は、光子エネルギーの2.5乗に比例して高くなります。すなわち、可視域で行っていることをX線領域で行うには9桁以上の光の強度が必要になり、実に10の19乗W/cm2という、これまでのX線技術では極めて困難な値となってしまいます。強いX線が得られるX線自由電子レーザーでも成功例がありませんでした。

 そこで共同研究グループは、世界最先端のX線自由電子レーザー施設「SACLA」を用いて、可飽和吸収が起きるかどうかを試みました。


<研究手法と成果>
 共同研究グループは、これまで、独自に開発した二段集光光学システムを使って、SACLAが生成する高輝度X線レーザーを約50nm(ナノメートル:1ナノメートルは10億分の1メートル)の集光径まで絞り込み、10の20乗W/cm2という世界最高強度のX線を生成することに成功しています 注)。今回の研究では、このX線レーザーを20μm(マイクロメートル:1マイクロメートルは100万分の1メートル)厚の鉄の薄膜に照射しました(図2)。

 物質でのX線吸収は、主に物質中の電子が担いますが、吸収量や吸収するX線のエネルギーは、物質内部の電子のエネルギー状態によって異なります。鉄原子の場合、8keV(キロエレクトロンボルト)という高いエネルギーの前後で、X線の吸収率が大きく変わります。この吸収は、鉄の原子核に最も近い最内殻の電子が担っています。共同研究グループは、強いX線によって瞬時にこの電子をイオン化させてしまえば、吸収する担い手がいなくなるので、X線を吸収できなくなると考えました。

 実験では、照射強度を増加させながら透過X線を観測しました。低強度の時にはほとんどX線が通ることはなく、不透明な状態ですが、理論的に予測された強度(10の19乗W/cm2)に達すると、急激にX線が透過する可飽和吸収が観測されました(図3)。これは、固体中の多くの鉄原子で最内殻の電子1つがいなくなる状態が起きたことを示します。つまり“通常ではない原子で作られた固体状態”を生成させたことになります。

 また、光学現象として「吸収」と「屈折」は物理的に関連があります。すなわち、今回観測された吸収の変化と同時に、屈折にも変化が起きるはずです。そこで、鉄薄膜を透過したX線の状態を詳しく解析したところ、屈折の変化によって鉄薄膜内に光導波路が形成されていることが分かりました。これもX線領域では世界で初めて実験的に示されたことになります。

 注)2014年4月28日プレスリリース「X線レーザーの集光強度を100倍以上向上」
 http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/press_release/2014/140428/


<今後の期待>
 今回、初めてX線の可飽和吸収が観測されたことにより、X線自由電子レーザーのさらなる短パルス化が視野に入ってきました。計算機シミュレーションでは、この透過率が変化する速度から考えて、アト秒(1アト秒は100京分の1秒)の領域のパルス発生が可能になることを示しています。このような超短パルスX線レーザーを使うと、計測の時間分解能が飛躍的に向上すると期待されます。

 また、可飽和吸収過程で形成されるX線の光導波路には、物質中にX線の光ファイバーを作ったような効果が得られる可能性があります。これによって、可視から赤外域の光に比べて何倍もの長い距離を小さな集光径を保ちながら伝播させる、X線による高速・大容量の通信手段の実現が期待されます。

 今回の成果は、次世代のアト秒X線光学や動的X線光学の最初の一歩となり、新たなX線光学素子を開発する技術として期待できます。


<原論文情報>
 ・Hitoki Yoneda,Yuichi Inubushi,Makina Yabashi,Tetsuo Katayama,Tetsuya Ishikawa,Haruhiko Ohashi,Hirokatsu Yumoto,Kazuto Yamauchi,Hidekazu Mimura,and Hikaru Kitamura,"Saturable Absorption of Intense Hard X−rays in Iron",Nature Communications,2014,doi:10.1038/ncomm6080


<発表者>
 独立行政法人理化学研究所
 放射光科学総合研究センター http://www.riken.jp/research/labs/rsc/
 XFEL研究開発部門 http://www.riken.jp/research/labs/rsc/xfel/
 ビームライン研究開発グループ http://www.riken.jp/research/labs/rsc/xfel/beam_line/
 グループディレクター 矢橋 牧名(やばし まきな)

 国立大学法人電気通信大学 レーザー新世代研究センター
 センター長 米田 仁紀(よねだ ひとき)

 国立大学法人大阪大学大学院工学研究科
 教授 山内 和人(やまうち かずと)

 国立大学法人東京大学大学院工学系研究科
 准教授 三村 秀和(みむら ひでかず)

 国立大学法人京都大学大学院理学研究科
 助教 北村 光(きたむら ひかる)


 ※補足説明・図1〜図3は添付の関連資料「参考資料」を参照



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