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日本原子力研究開発機構と東北大など、鉄中の水素を中性子で観測することに成功

2014-10-01

鉄に溶けた水素はどこにいる?
−鉄中の水素を中性子で観測することに成功−


【発表のポイント】
 ●高温高圧力下において鉄に水素が溶ける過程と鉄中に高濃度に水素が溶けた状態を、中性子を用いてそのままの状態で観察することに成功
 ●鉄中の水素の存在位置が定説とは異なることを発見
 ●実験的に鉄中の水素の位置や量を決定できたことにより、鉄−水素系に新しい理解をもたらし、鉄鋼材料の劣化や地球内部の状態など鉄と水素が関わる研究の進展が期待


 独立行政法人日本原子力研究開発機構量子ビーム応用研究センター、J−PARCセンター及び国立大学法人東北大学金属材料研究所は、同大学原子分子材料科学高等研究機構、学校法人中央大学理工学部及び国立大学法人愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センターとの共同研究により、高温高圧力下において鉄中に高濃度に溶けた水素の位置や量を観測することに世界で初めて成功しました。
 水素は鉄などの金属中へある温度、圧力条件で溶け込みます。溶けた水素は例えば材料強度を弱めるといった機械的な特性変化(水素脆性)を引き起こしますが、その現象の理解には、水素がどこにどのくらい存在するのか、という情報が重要になります。鉄中に水素は数万気圧という高圧力下でしか高濃度に溶け込むことができません。材料中の水素を観測する方法は限られ、また高温高圧力下での測定は技術的に困難でしたので、これまで実験的に観測できませんでした。今回、水素を観測することができるJ−PARC(※1)の大強度中性子線(※2)を利用して、高温高圧力下の鉄中に高濃度に溶けた水素の位置や量を、実験的に決定することに成功しました。
 これまで、面心立方構造(※3)の鉄中においては、鉄原子が作る八面体サイト(隙間)の内部のみに水素が存在すると考えられていましたが、高温高圧力下における中性子回折実験(※4)により八面体サイトに加えて鉄原子の作る四面体サイトの内部にも水素が存在することを世界で初めて明らかにしました。

 本研究の成果によって、鉄中に溶けた水素に関係する特性の変化に対する理解がより一層進むと期待されます。また各種鉄鋼材料の高品質化・高強度化に向けた研究開発や、地球内部のコア(核)に存在する鉄の研究などの進展にも役立つと期待されています。
 本研究成果は2014年9月26日に英国科学雑誌『Nature Communications』にオンライン掲載される予定です。
 本研究はJSPS科研費24241032、25220911の助成を受けたものです。


【研究開発の背景と目的】
 水素は最も小さく、最も軽く、そして化学的に活性な元素です。水素はほとんどの金属と反応しますが、その多くは金属中に水素が溶けた状態を形成します。高濃度に溶けた水素と金属の化合物が「金属水素化物」です。金属中の水素の状態(位置、量)は材料中の水素の拡散や金属水素化物の安定性など、金属−水素系の特性を理解するための基本的な情報です。鉄などの金属中に溶けた水素は、微量でも水素脆性のようにその機械的性質を変え、また高濃度に溶けると結晶構造や密度、物性を変えることが古くから知られています。
 しかし、これまで鉄に水素が高濃度に溶け込む条件下である高温高圧力下で、金属水素化物中の水素を観察することは非常に難しく、どこにどれだけの水素が溶け込んでいるのかを調べることができませんでした。
 高温高圧力下で金属中へ水素が溶け込む様子は、放射光X線回折などの「その場観察実験」により、金属格子の変化として調べられています。しかしながらX線では金属中の水素を直接観ることができず、高温高圧力下での水素の状態を知ることができません。そこで、水素を直接観察することができる中性子を利用して調べるため、大強度陽子加速器施設J−PARCに整備された世界唯一の高温高圧専用ビームライン「超高圧中性子回折装置(PLANET)」を利用して実験を行いました。
 金属格子中には図1に示すように金属原子が四面体に配置したサイト(隙間)と八面体に配置したサイトの二種類が存在します。これらのサイトには1個ずつ水素原子が溶け込むことができますが、水素原子が入ることによる金属格子の膨張やそれに伴う結合の変化が機械的特性や物性を変える一因になります。常温常圧に近いマイルドな水素雰囲気下では鉄には極微量の水素しか溶けません(鉄原子1億個に対して水素原子が5個程度)。今回は高温高圧力領域で形成される面心立方(fcc)構造を持つ鉄の水素固溶体(※5)に着目しました。fcc構造の鉄の水素固溶体では八面体サイトだけに水素原子が存在しており、鉄1原子あたり0から1個の水素が連続的に溶け込みますが、四面体サイトには水素は存在しないということが定説になっています。鉄中に水素が溶けている状態は常温常圧では不安定で、圧力を下げると水素が金属格子から放出されて鉄に戻ってしまいます。このため、fcc構造の鉄の水素固溶体に対してはこれまで常温常圧に回収して鉄の格子中の水素の位置や量は調べることができませんでした。そのため、J−PARCを利用して高温高圧力下における中性子回折その場観察実験を行い、fcc構造の鉄の水素固溶体における水素の位置や量を調べました。

 *図1は添付の関連資料を参照


【研究の手法】
 J−PARC物質・生命科学実験施設のPLANETでは、これまで困難であった数万気圧、数百℃を超える高温高圧力下での中性子回折その場観察測定を行うことができます。これまでに原子力機構の研究グループでは大型放射光施設SPring−8において、高温高圧力下で様々な金属や合金へ水素が溶け込む様子を放射光X線により明らかにしてきました。今回、放射光実験で培った高温高圧力下水素化反応技術を基にして中性子回折用の高圧セルを開発し、PLANETに設置されている大型プレス装置を利用して鉄が高温高圧力下で水素化する過程の中性子回折その場観察測定を実施しました(図2)。実験では水素を重水素置換(※6)した試料で測定を行っています。
 結晶中では原子が規則的に配列しています。中性子は原子核で散乱されますが、原子が並んだ面の間隔に対応して、回折プロファイル(※7)にピークが現れ、原子配列が変わるとピーク位置が変化します。また、等価な位置にある原子数が変化すると、その強度が変化します。本実験では室温で約7.4万気圧まで加圧した状態から温度を約715℃まで上昇させることで、鉄の高温相であるfcc構造の鉄が高温で発生させた水素と反応して、水素が溶けこむ過程を中性子回折でその場観察することに成功しました。

 *図2は添付の関連資料を参照


【得られた成果】
 高温高圧力(約715℃、6.3万気圧)の状態における中性子回折プロファイルを、定説である八面体サイトのみに水素が存在している構造モデルを用いてリートベルト解析(※8)を行ったところ、強度が合わないピークがあることが確認されました(図3上段)。そのため、四面体サイトにも重水素が存在している構造モデルで解析を行ったところ、八面体サイトに重水素原子が鉄原子1個あたり0.532個、四面体サイトに0.056個が存在しているモデルでピーク強度をよく再現できました(図3下段)。定説とは異なり、二つのサイトに重水素が存在していることを示しています。また鉄のfcc格子体積が水素化によって、水素原子1個あたり0.0022nm3膨張することが実験的に初めて決定されました。これは、これまで仮定されてきたfcc構造の鉄に水素が溶けた際の体積膨張率0.0019nm3に比べて大きな値です。

 *図3は添付の関連資料を参照


【今後の予定】
 中性子回折その場観察測定を利用した本研究によって、高温高圧力下において鉄へ水素が溶け込む過程と形成された水素固溶体の水素原子の位置と量が明らかになりました。得られた結果は定説である八面体サイトだけでなく四面体サイトにも水素が存在することを示しています。鉄中に溶けた水素がどこにどれくらい存在するかという情報は、水素が溶けることによってどのくらい鉄格子の体積が膨張したかという情報とともに鉄−水素系の特性を理解するために必要な情報です。八面体サイトへと四面体サイトへ水素が溶けた場合では格子の膨張率が異なります。例えば水素脆性は微視的な体積膨張もその一因であると考えられますので、水素脆性メカニズム解明にとっても新たしい知見を与えることが期待されます。このような知見は各種鉄鋼材料の高品質化・高強度化に向けた研究開発にも役立つと期待されます。また、地球内部コアは主に鉄でできていますが、その密度は、予想される温度・圧力条件下での鉄の密度に比べて低いため、内部コアの鉄中に水素が存在していると考えられています。本研究で実施した高温高圧力下の中性子回折その場観察測定が地球内部の研究が進展する足掛かりになると期待されます。


<用語説明>

※1 大強度陽子加速器施設J−PARC
 茨城県東海村に原子力機構大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構が建設した世界最大規模の陽子加速器群と実験施設群の呼称です。J−PARCはJapan Proton Accelerator ResearchComplexに由来しています。加速した陽子を原子核標的に衝突させることにより発生する中性子、ミュオン、中間子、ニュートリノなどの二次粒子等を用いて、物質・生命科学、原子核・素粒子物理学などの最先端学術研究及び産業利用を行っています。中性子を利用した研究はJ−PARC内にある物質・生命科学実験施設で行われており、この施設では世界最高性能のパルス中性子を利用することが可能です。

※2 中性子線
 中性子は電気的に中性の粒子で、その中性子が束になって進む粒子線。

※3 面心立方構造
 立方体の頂点と面の中心に原子が位置している結晶構造。

※4 中性子回折実験
 中性子の波としての性質を利用して、回折現象によって結晶構造や磁気構造を調べる実験。X線回折強度は物質中の原子の原子番号に比例するため、原子番号が最も小さい水素は観測しにくいですが、中性子回折強度は原子番号とは無関係で、物質中の水素も観測しやすい。

※5 固溶体
 2種類以上の元素が互いに溶け合って形成された均一な固相。結晶の格子点にある原子が他の原子に置き換わる置換型固溶体と結晶格子の隙間に他の原子が侵入する侵入型固溶体があり、今回対象としている鉄の水素固溶体は後者です。

※6 重水素置換
 一般に水素を含む物質の中性子回折実験では軽水素を重水素で置き換えた重水素化物が用いられます。中性子は原子核で散乱されますが、干渉性散乱と非干渉性散乱という2つの性質があり、非干渉性散乱は無秩序さを反映して回折を生じない性質で、回折プロファイルのバックグラウンドが増大する原因となります。水素は非干渉性散乱の影響が強いため、干渉性散乱の方が支配的な重水素に置換した試料を用いることで、構造解析に適した回折プロファイルの取得が可能になります。重水素は一般的に軽水素と同じ化学的性質を示し、軽水素と同様に重水素化物を形成することが知られています。

※7 回折プロファイル
 結晶では原子が規則的に並んでいるため、等価な原子を含むいろいろな結晶面が規則的に並んでいることになります。X線や中性子線を当てた際に結晶中の原子で散乱されたX線や中性子線を観測すると、結晶面の間隔や面間隔に対応した角度方向にピークとなって現れます。この面間隔や回折する角度と強度の関係を回折プロファイルと呼びます。

※8 リートベルト解析
 結晶構造モデルから計算される粉末回折プロファイルが実験で得られた粉末回折プロファイルにできるだけ一致するように結晶構造モデルを最適化する方法です。




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