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東大など、バレートロニクス結晶中の電子スピンの直接観測・制御に成功

2014-08-09

バレートロニクス結晶中の電子スピンの直接観測・制御に成功
―新たな原理に基づく電子デバイスの実現に道−



1.発表者:

 鈴木 龍二(東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 博士課程 1年)
 坂野 昌人(東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 博士課程 2年)
 明石 遼介(理化学研究所 創発物性科学研究センター 計算物質科学研究チーム 特別研究員/ERATO 磯部縮退π集積プロジェクト 研究員)
 石坂 香子(東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 准教授)
 有田 亮太郎(理化学研究所 創発物性科学研究センター 計算物質科学研究チーム チームリーダー/ERATO 磯部縮退π集積プロジェクト グループリーダー)
 岩佐 義宏(東京大学大学院 工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター・物理工学専攻 教授/理化学研究所 創発物性科学研究センター 創発デバイス研究チーム チームリーダー)


2.発表のポイント:

 ◆バレートロニクス(注1)と呼ばれる新原理のエレクトロニクス物質として注目される二硫化モリブデン(注2)の原子層1枚の電子状態の解明に成功。
 ◆二硫化モリブデンの原子層を多層重ねても1層の性質を失わない物質を合成することにより、原子層1層の性質を世界で初めて観測。
 ◆エネルギー散逸を最小限に抑えた、電力消費が極めて少ない新原理のエレクトロニクスに、足がかりを提供。


3.発表概要:

 東京大学大学院工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター・物理工学専攻の岩佐義宏教授(理化学研究所 創発物性科学研究センター 創発デバイス研究チーム チームリーダー)率いる研究グループは、同研究科物理工学専攻 石坂香子准教授、理化学研究所 創発物性科学研究センター 計算物質科学研究チーム 有田亮太郎チームリーダー、広島大学放射光科学研究センター 奥田太一准教授らと共同で、グラフェン(注3)に続くシート状の構造を持つ物質として着目されている二硫化モリブデンが、バレートロニクスと呼ばれる新しい低消費電力デバイス用の材料として非常に有力であることを実験的に証明し、新たな原理に基づくエレクトロニクスに向けて大きく貢献しました。
 近年、低消費電力エレクトロニクスに向けてさまざまな試みが行われていますが、その中で最も基盤的なものは、電荷の流れ(電流)ではなく、電荷をもたない“何か”の流れを情報担体として用いることにより、熱の発生を最小化するという考え方です。例えば、“何か”をスピンに選び、スピン流を制御する技術の確立を目指す試みはスピントロニクスと呼ばれています。その他にも“バレー”と呼ばれる新たな量子力学的自由度を工学的に応用する試みとして、“バレートロニクス”を提案されています。
 今回、研究グループは、二硫化モリブデンと呼ばれる、グラフェンと同じ蜂の巣格子の結晶構造を持つ物質を対象に、スピン・角度分解光電子分光法、発光スペクトルの2つの実験を行うとともに、第一原理に基づいた理論計算(注4)を組み合わせることによって、二硫化モリブデンが、バレーに依存したスピン分極など、バレートロニクスの基本となる特殊な性質を持っていることを証明しました。本成果をもとに、二硫化モリブデンを用いた新しいバレートロニクスの原理研究が加速され、低消費電力エレクトロニクスへの礎となることが期待されます。
 本研究成果は、英国科学雑誌『Nature Nanotechnology』(7月28日電子版)に掲載されました。

 本研究は科学研究費補助金特別推進研究の支援を受けて行われました。


4.発表内容:

(1)背景
 現代社会を支えるエレクトロニクスは電子の電荷の有無をスイッチに見立てて、電子機器を制御しています。これに加えて電子の“バレー”と呼ばれる自由度をスイッチに利用してデバイスの省エネルギー化・微細化を達成しようとするバレートロニクスが提案されています。バレーとは、半導体結晶の対称性に起因する電子の振る舞いの違い(流れる道や流れ方)を指すものです。例えば、右手と左手のような鏡写しの構造が結晶内に同時に存在しているときに、右手に対応する電子と左手に対応する電子は別々のものとして区別することができます(図1)。しかも右手と左手に対応する電子状態が互いに入れ替わりにくく、この区別を用いて情報を送受信することができるとされています。このことから、バレーの流れ(バレー流:右手か左手、一方の電子だけで作られる流れ)を作ることができれば、ジュール熱の損失のない理想的な情報媒体として、画期的な省エネルギー性を持つ量子デバイス実現が期待されます。
 最近、バレーを利用できる材料として特に注目されているのが、二硫化モリブデンと呼ばれる物質です。二硫化モリブデンは、2010年のノーベル物理学賞の対象となり、炭素原子一種類でできたハチの巣状の構造を持つ「グラフェン」と同じハチの巣格子の構造をもつ原子層1枚の物質です(図2)。しかし、二硫化モリブデングラフェンとは異なり2種類の元素で構成されています。この構造の違いのため、二硫化モリブデンは、バンドギャップ(注5)を持ち、バレーも有するようになり、グラフェンとは異なるトランジスタなどの機能性が期待されています。

(2)研究内容(具体的な手法など詳細)
 今回、研究グループは、二硫化モリブデンの原子層1枚の電子状態を初めて明らかにしました。特に、バレーの自由度(右手系の電子か左手系の電子か)に依存して異なるスピンをもつ電子が流れていること、またその電子状態として、1000テスラ(注6)という超強磁場が加わっているのと類似した特異な状態が外部磁場なしに実現していることを明らかにしました。
 二硫化モリブデンの原子層1枚の電子状態を明らかにするには、スピン・角度分解光電子分光(SARPES、図3)という方法が決定的な手段になります。しかし、二硫化モリブデン原子層1枚の面積はせいぜい10ミクロン(マイクロメートル)程度と非常に小さいものです。SARPES法はサイズの大きな試料を必要とするのでそのままでは適用できません。一方、二硫化モリブデンを通常のやり方で大きな結晶にすると異なるバレーの電子が区別できなくなってしまうことが知られていました。そこで、研究グループは二硫化モリブデンの原子層1枚がもつ性質をそのまま保った特殊な構造の新結晶を合成するという手法を用いました。新しく合成された結晶について、SARPES実験を、広島大学の放射光施設(HiSOR)、および高エネルギー加速器研究機構フォトンファクトリー(東京大学物性研究所共同利用ビームライン)にて行いました。その結果、原子層1枚の二硫化モリブデンで予想される電子状態、すなわちバレーに依存したスピンの分極現象を世界で初めて直接決定することに成功しました(図4)。スピンは面直に偏極しており、逆向きのスピンとのエネルギー分裂は、理論計算と非常に良い一致を示しています。このことから、二硫化モリブデンの原子層1枚は、1000テスラという非常に強い磁場があたかも面直にかかっているのと等価な、非常に不思議な状態になることが明らかになりました。しかも、この磁場の向きは、バレー(電子が右手系か左手系か)に依存しているのです。

(3)今後の展望
 本研究により、バレートロニクス材料として注目されている原子層1枚の二硫化モリブデンのもっとも基本的な電子状態が、定量的に明らかになりました。今後は物質の中に発生している仮想的な超強磁場を利用した、新しいバレートロニクス機能への発展が期待されます。具体的には、スピントロニクスの技術と組み合わせたエネルギー散逸のないバレー流の生成などです。これによって、固体中にエネルギー散逸のない電流が実現できることが分かれば、これを用いて、電力消費が極めて少ないエレクトロニクス素子への展望が開けてくると期待されます。


5.発表雑誌:

 雑誌名:「Nature Nanotechnology」(平成26年7月28日電子版)
 論文タイトル:Valley−dependent spin polarization in bulk MoS2 with broken inversion symmetry(和訳:反転対称性のない二硫化モリブデン結晶における、バレーに依存したスピン分裂)
 著者:R.Suzuki,M.Sakano,Y.J.Zhang,R.Akashi,D.Morikawa,A.Harawasa,K.Yaji,K.Kuroda,K.Miyamoto,T.Okuda,K.Ishizaka,R.Arita,and Y.Iwasa

 ※用語解説と補足図は添付の関連資料を参照


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