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理研と琉球大、シロアリの後腸に共生バクテリアによる新たな代謝経路を発見

2014-07-15

シロアリの後腸に共生バクテリアによる新たな代謝経路を発見
−シロアリのセルロース代謝経路の全体像が明らかに−


<ポイント>

 ・NMR法を使いセルロース代謝経路を宿主から共生微生物群まで全階層で可視化
 ・シロアリと腸管内微生物群、シロアリ同士の栄養交換メカニズムの一端を解明
 ・複雑な環境代謝分析の技術をシロアリ共生系の解明に応用、新解析手法開発へ


<要旨>

 理化学研究所(理研、野依良治理事長)と琉球大学(大城肇学長)は、オオシロアリに13C(※)安定同位体標識化[1]セルロースを与え、NMR(核磁気共鳴)法[2]で代謝物を網羅的に追跡することで、腸管内の共生微生物群によるセルロース代謝経路を解析しました。その結果、新たな代謝経路を発見するとともに、シロアリと腸管内微生物群およびシロアリ個体同士の共生における栄養交換メカニズムの一端を解明しました。これは、理研環境資源科学研究センター(篠崎一雄センター長)環境代謝分析研究チームの菊地淳チームリーダーと、琉球大学熱帯生物圏研究センター(酒井一彦センター長)の徳田岳准教授らを中心とした共同研究チームの成果です。

 ※「13C」の正式表記は添付の関連資料を参照表記

 シロアリは一般に害虫と思われていますが、生態学分野では森林生態系の物質循環に大きく貢献する生物種とされています。また、多様な共生微生物が生息する共生系のモデル生物であるとともに、集団的な階級社会を作る社会性昆虫[3]としても知られており、腸管内の共生微生物群レベルから宿主集団の社会構造に至るまで、多階層にわたる複雑な「ミニ生態系」を形成しています。

 生態系中のさまざまな生物学的現象は、高速DNAシーケンサーを利用したメタゲノム解析[4]などによる「遺伝子カタログの整備」という形で研究が進んでいます。しかし、例えば陸上生態系で最も多く存在するバイオマスであるセルロースの代謝経路全体を調べるためには、新たな解析手法が必要とされています。

 共同研究チームは、陸上生態系モデルであるシロアリに、13C安定同位体標識化セルロースを餌として与え、その代謝経路を2次元NMR法により、宿主から共生微生物群までの全階層で可視化しました。その結果、これまで遺伝的解析などにより個々に予測されていた代謝経路の全体像を明らかにすることに成功するとともに、後腸の共生バクテリアによる新たな代謝経路を発見しました。さらに、必須アミノ酸を他の個体との栄養交換で摂取する栄養獲得経路も発見しました。

 本研究成果は、英国王立協会紀要『Proceedings of the Royal Society B』オンライン版(7月9日付け:日本時間7月9日)に掲載されます。


<背景>

 植物などの炭酸固定によってブドウ糖から作られるセルロースは結晶性が高い難分解性の生体高分子で、陸上生態系で最も多く存在するバイオマスです。シロアリは森林中でセルロースを主に利用する昆虫として知られ、腸内に共生する多様な微生物群によってセルロースの分解を行い、エネルギー源として用いるほか、代謝物の一部を自身の筋肉の原料となるアミノ酸などへ代謝しています。シロアリは世界で年間30〜70億トンもの樹木のセルロース系材料を分解し、自身の体を形成するだけでなく他の捕食者の餌となって、森林の生物多様性維持と地球上の物質循環に貢献しています(図1)。

 シロアリの腸管内に共生している微生物は培養の難しい微生物(難培養性共生微生物群)です。それらのうち、真核性の微生物である原生生物がセルロースの分解に大きな役割を担っています。これは、近年行われ始めたメタゲノム解析に代表される遺伝子のカタログ整備に関する研究でも裏付けられつつあります(注1)。このようなDNA配列レベルの解析や、単離培養した1種ずつの微生物に注目した解析は、個々の反応や特定の機能に注目する場合には非常に有用ですが、シロアリのように宿主の社会構造から腸管内の共生微生物までに至る多階層の反応場を対象とする場合、その全体像を捉えるには、新たな解析手法が必要です。

 一方、菊地淳チームリーダーらは、これまでに土壌(注2)や河口汚泥(注3)などの複雑な環境微生物生態系を対象とし、その反応場の特徴抽出を行ってきました。今回、環境代謝分析の技術をシロアリ共生系の解明に使用し、セルロースの代謝経路を調べました。

 注1)2010年1月20日プレス発表「シロアリ腸内共生系の高効率木質バイオマス糖化酵素を網羅的に解析」(http://www.riken.jp/pr/press/2010/20100120/
 注2)2013年6月20日プレス発表「“土に還る”バイオマスの分解・代謝評価法を構築」(http://www.riken.jp/pr/press/2013/20130620_1/
 注3)2014年5月15日プレス発表「河口底泥の環境分析データの統合的評価と“見える化”」(http://www.riken.jp/pr/press/2014/20140515_1/


<研究手法と成果>

 共同研究チームは、屋久島で定期的にオオシロアリを採取し、実験室で飼育し続けています。オオシロアリは、広葉樹の枯れ木内にコロニーを形成していますが、今回は1実験区あたり25匹のオオシロアリをプラスチック容器に移し、餌を炭素の安定同位体(13C)で標識したセルロースだけにして24時間生育しました。これらのオオシロアリの腸管を前腸、中腸、後腸前部および後部の4区画に分け、2次元NMR(核磁気共鳴)法で代謝物群の解析を網羅的に行いました(図2)。

 代謝物のシグナルについては2次元NMRのHSQC(異核種単一量子コヒーレンス)[5]のスペクトルから256シグナルを取得し、このうち46物質について組織別のシグナル強度変化を継時的に解析しました。その結果、酵素学的解析や遺伝子発現パターンから予測されていたシロアリ自身が持つ分解酵素「セルラーゼ」などによるセルロース分解が腸の最前部である前腸の段階(給餌後3時間)で速やかに開始される様子と、中腸で分解と吸収が行われて各種の代謝系へ入っていく様子が可視化されました。また、原生生物による後腸でのセルロース分解が12時間後からというゆっくりとしたタイムスケールで開始される様子も可視化されました。これらの結果から酵素学的解析や遺伝子発現パターンから個々に予測されていたセルロースの代謝経路の全体像を明らかにすることに成功しました。

 また、真核生物では見られない加リン酸分解経路で作られる代謝物群が、後腸で軒並み上昇していました。このことから、シロアリには従来、セルロース分解に主要な働きをしていると考えられていた原生生物による代謝経路に加え、共生バクテリアの代謝を介した新たなセルロース代謝経路があることが分かりました。

 シロアリの場合、セルロース系材料を分解し、これらの炭素の一部をタンパク質を構成する20種類のアミノ酸の合成に利用していると考えられます。このうち、全ての動物は自分自身で合成できない10種類の必須アミノ酸を口経由か、共生微生物の助けを借りる腸経由かのいずれかの経路で大量に入手しなければなりません。これまでの理研の研究者の研究により、シロアリ共生微生物群の中には空気中の窒素を利用してアミノ酸を合成できる種が存在することが分かっていました(注4)。今回解析した13Cシグナルのうち、シロアリ自身が合成可能な非必須アミノ酸はセルロースの分解と同調して上昇していました。一方、必須アミノ酸は、給餌後24時間を経て中腸でシグナルが上昇していました。この結果から、後腸で共生微生物群により空中窒素とセルロース由来の炭素から合成された必須アミノ酸が腸内微生物にタンパク質などの形で同化された後、その微生物を他の個体へ(コアラのように)肛門食の形で受け渡し、中腸で消化することによって必須アミノ酸を得ていると考えられます。実際に、シロアリの唾液腺からは微生物の細胞を分解する酵素が分泌されていることが知られており、社会性昆虫ならではの興味深い窒素代謝システムであると言えます(図3)。

 注4)2008年11月14日プレス発表「シロアリの強力な木質分解能を支える驚異の腸内共生機構を解明」

    *添付の関連資料「参考資料」を参照


<今後の期待>

 分子生物学の研究手法として、実験室内で要素還元主義的に生命現象にアプローチしていくことが通常の手段のように捉えられがちです。しかし、地球科学や生態学などの分野では、環境という巨大な複雑系を包括的に理解することが重要です。実際に、微生物生態学の分野では、高速DNAシーケンサーの技術革新もあって、単離培養を前提としたアプローチから、自然界で99%以上を占めるとされる難培養微生物群の一斉計測へと、大きな転換が起き始めています。

 生態系全体で起きていることを包括的に可視化して理解するには、実際に流通している化合物の流れを可視化して遺伝子の発現パターンなどとの相関を導く手法の開発が不可欠です。そのような開発を推し進めることで、例えば高次の生物間相互作用や大量に存在する未知の遺伝子機能などにもアクセスする道筋を示すことが可能になります。実際に、今回の研究では従来の遺伝子情報だけでは分からなかった、さまざまな高次機能、例えば個体間の栄養交換による窒素代謝システムの新たな知見を得ています(図3)。

 シロアリは名称で勘違いされがちですが、アリではなくゴキブリの仲間です。ゴキブリはその強い生命力により、かつて恐竜が絶滅した氷河期などの危機的気候変動を乗り越え、今日まで生き延びてきました。シロアリ、ゴキブリとも現代人の生活スタイルからは嫌われる傾向にありますが、前述のように共生微生物を介した巧みな生存戦略を有しています。さらに生命圏全体にまたがる昆虫の生物多様性は、捕食される植物にとっても、昆虫を餌とする陸上・水中の動物にとってもかけがえのないものです。生命圏全体を見渡すと、シロアリは樹木が固定した炭素と自身の共生微生物が固定した窒素をアミノ酸からタンパク質へと代謝し、捕食者の餌となることで生物多様性を維持し、有機物を拡散しています。さらに、森林から浸み出た有機物は河川を流れて河口で高塩濃度の海水に出会って沈殿し、底泥の微生物群が沿岸の生物多様性を育むことにも繋がります(注3)。

 本研究で応用した生物間相互作用解析技術と、継続的な環境試料の分析データベース構築を行っていくことで、従来はヒトの五感に頼る暗黙知で捉えていた生態系サービス[6]を、形式知化して維持、活用していくことが期待できます。


<原論文情報>

 ・Gaku Tokuda,Yuuri Tsuboi,Kumiko Kihara,Seikou Saitoh,Sigeharu Moriya,Nathan Lo & Jun Kikuchi"Metabolomic profiling of 13C−labelled cellulose digestion in a lower termite:insights into gut symbiont function" Proceedings of the Royal Society B,2014,doi:10.1098/rspb.2014.0990


<発表者>

 独立行政法人理化学研究所
 環境資源科学研究センター(http://www.riken.jp/research/labs/csrs/)統合メタボロミクス研究グループ(http://www.riken.jp/research/labs/csrs/metabolom/)環境代謝分析研究チーム(http://www.riken.jp/research/labs/csrs/metabolom/env_metab/
 チームリーダー 菊地 淳(きくち じゅん)

 国立大学法人琉球大学
 熱帯生物圏研究センター 島嶼多様性生物学部門
 准教授 徳田 岳(とくだ がく)


 *以下の資料は添付の関連資料を参照
 ・補足説明
 ・図1 シロアリによる炭素・窒素循環と生物多様性維持
 ・図2 2次元NMR法による代謝物群の解析スキーム
 ・図3 今回の微生物群丸ごと代謝解析の概要と今後の展望




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