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東大、海綿動物からがん細胞の増殖を抑える物質を作る酵素の遺伝子を解明

2014-07-04

カイメンを気づかう共生バクテリア
―チョコガタイシカイメンの毒性物質はバクテリアが生産していた―


1.発表者:
 脇本敏幸(東京大学大学院薬学系研究科 准教授)
 江上蓉子(東京大学大学院薬学系研究科 特任研究員)
 阿部郁朗(東京大学大学院薬学系研究科 教授)


2.発表のポイント:
 ◆相模湾に生息する海綿動物から、がん細胞の増殖を抑える物質(細胞毒性物質)を作る酵素の遺伝子を明らかにしました。
 ◆この遺伝子が海綿動物に共生する微生物に由来することを突き止め、その巧妙な生産機構を明らかにしました。
 ◆複雑な構造を有する天然医薬品資源を生産する新たな微生物群の有効利用が期待できます。


3.発表概要:
 海綿動物は最も原始的な多細胞動物であり、岩などに付着して濾過した海水から有機物を摂取して生きています。高度な免疫系や物理的防御機構を持たない海綿動物からは、化学防御を担うと考えられる抗菌活性物質や細胞毒性物質が数多く見出されています。その中にはHalichondrin B(注1)など抗がん剤の候補となる化合物として重要なものも報告されています。一方で、海綿動物由来の細胞毒性物質の多くは海綿動物自身ではなく、海綿動物に共生する微生物が生産している可能性が長年指摘されていました。しかし、それらが合成されるメカニズムや生産者に関してはほとんど分かっていませんでした。
 東京大学大学院薬学系研究科の脇本敏幸准教授、江上蓉子特任研究員、阿部郁朗教授らの研究グループは、相模湾に生息する海綿動物(図1a左)を起源とする細胞毒性物質の生合成遺伝子(注2)を取得し、その遺伝子配列をもとに生産者を探索しました。その結果、海綿動物に共生するバクテリアであるEntotheonella sp.(注3)が生産者であることを明らかにしました。興味深いことに、宿主である海綿動物への毒性を回避するためか、この共生バクテリアはより毒性の低い前駆物質(最終的に細胞毒性物質となる前の段階の物質)を生合成していました。前駆物質が蓄えられた海綿動物の組織がひとたび外敵によって傷害されると、傷害部位においてのみ前駆物質から細胞毒性物質が生じる巧妙な機構が存在することが分かりました。
 天然医薬品資源などの物質生産に秀でたEntotheonella sp.は、現段階では培養することが難しいバクテリアですが、今後の有効利用が期待できます。


4.発表内容:
 相模湾に生息するチョコガタイシカイメン(Discodermia calyx、図1a左)は東京大学創設直後の1883年、医学部予科の博物学教師であったLudwig H.P. Doderlein(ルートウィヒ・デーデルライン)が初めて記載した海綿動物です。そのおよそ百年後の1986年、東京大学農学部の伏谷伸宏教授らは、D. calyxに強力な細胞毒性物質であるcalyculin Aが含まれていることを報告しました。Calyculin Aはタンパク質脱リン酸化酵素の活性を阻害することによってその細胞毒性を発揮するため、現在生化学試薬として市販されています。複雑で多官能基を含む構造を有し、生合成的にも非常に興味深い化合物です。また、他の海綿動物由来の細胞毒性物質と同様に、海綿動物に共生する微生物がcalyculin Aを生産していることが推測されていましたが、その真の生産者は明らかにされていませんでした。

 そこで研究グループは、まずcalyculin Aの生合成遺伝子を突き止め、その遺伝子が海綿動物に共生する微生物に由来するであろうと予測し、真の生産者の同定を試みました。海綿動物は数百以上の多種多様な微生物との共生関係にあり、そのメタゲノムDNA(注4)は非常に膨大で複雑です。そのため、膨大なメタゲノムDNAから特定の代謝産物の生合成遺伝子を単離することは容易ではありません。そこでcalyculin Aが合成される経路の推定結果に基づいて探索を進めた結果、生合成遺伝子クラスターの取得に成功しました。さらにレーザーマイクロダイセクション(注5)を用いた単一細胞レベルの解析によって、この遺伝子が海綿動物に共生する微生物Entotheonella sp.(図1b)に由来することを突き止めました。新門Tectomicrobiaに属するEntotheonella sp.は、D. calyxと同様にTheonellidae科に属する八丈島産海綿Theonella swinhoeiに由来する生理活性物質(注6)を生産する微生物としてもすでに報告されています。これらの研究成果によって、少なくともDiscodermiaとTheonellaの2属においてはEntotheonellaが物質生産を担う共生バクテリアであることが明らかになりました。

 海綿動物は、極めて強力な細胞毒性物質であるcalyculin Aを溜め込むために、何かしらの自己耐性機構を備えていると予想されます。同時に、calyculin Aの化学防御物質としての機能を考え合わせると、生産・貯蔵における毒性の回避と化学防御時の毒性発現といった、相反する要件を満たすからくりが必要となります。本研究の過程で、タンパク質脱リン酸化酵素を阻害するcalyculin A自体がリン酸化、脱リン酸化によって活性制御を受けていることが分かりました。Entotheonellaはリン酸化酵素を用いてcalyculin Aをリン酸化し、より低毒性なピロホスフェート体、phosphocalyculin Aを生合成の最終産物として生産します。Calyculin A前駆体であるphosphocalyculin Aは海綿組織の傷害とともに、脱リン酸化酵素と反応し、瞬時にcalyculin Aに変換されることが分かりました(図2)。そのため、従来の抽出行程ではcalyculin Aのみが検出されており、phosphocalyculin Aは今回初めて見出されました。
 Calyculin Aの活性を制御する機構は海綿動物にとっての耐性機構と化学防御機構を両立する巧妙なシステムであり、「Activated Chemical Defense」(注7)の一種です。Activated Chemical Defenseは高等植物において数多く報告されてきましたが、海綿動物での報告例は過去に2例のみであり、その詳細はほとんど分かっていません。今回初めて、このシステムが生合成遺伝子に基づいていることが示されました。

 今後はEntotheonellaの培養化の可能性や適切な異種発現系(注8)を確立することで、Entotheonellaが生産する多様な生理活性物質の有効利用が期待できます。また、calyculin Aを利用した化学防御機構の詳細が明らかになれば、その毒性を制御する技術開発が可能となり、がん細胞などの目的の細胞や組織においてのみ毒性を発揮するプロドラッグ治療の開発も期待できます。最後に、海綿動物からはcalyculin A以外にも数多くの抗がん剤の候補となる化合物が見出されています。今後これらの生産者を特定し、その活性制御機構を解析する上で、本成果は参考となるような方法論を提示しています。

 本研究は、以下の研究グループと共同で行われました。
 徳島文理大学薬学部 浅川研究室 (教授 浅川義範):遺伝子配列の解析
 チューリッヒ工科大学(ETH−Zurich)Jorn Piel教授:生合成遺伝子の解析
 本研究は、JST CREST、科学研究費補助金(基盤(A)、特定領域研究、挑戦的萌芽研究)および三菱財団、アステラス病態代 謝研究会、長瀬科学技術振興財団の研究助成金の支援を受けて行われました。


5.発表雑誌:
 雑誌名:「Nature Chemical Biology」
 論文タイトル:Calyculin Biogenesis from a Pyrophosphate Protoxin Produced by a Sponge Symbiont
 著者:Toshiyuki Wakimoto,(*)(#)Yoko Egami,(#)Yu Nakashima,Yukihiko Wakimoto, Takahiro Mori,Takayoshi Awakawa,Takuya Ito,Hiromichi Kenmoku,Yoshinori Asakawa,Jorn Piel,Ikuro Abe(*)
 #同等寄与者 *責任著者


<用語解説>
 注1)Halichondrin B:クロイソカイメンから得られた抗腫瘍活性物質。簡略化した部分構造が抗がん剤として利用されている
 注2)生合成遺伝子:生体分子(生物活性物質など)を合成する酵素の遺伝子
 注3)Entotheonella:カリフォルニア大学サンディエゴ校のD.John Faulknerらが、海綿Theonella swinhoeiから見出したフィラメント状バクテリア
 注4)メタゲノムDNA:特定の環境中に含まれるさまざまな生物種のゲノムDNA全ての総
 注5)レーザーマイクロダイセクション:顕微鏡観察下、スライドガラス上の任意の領域を切り抜くことができる機器
 注6)生理活性物質:生体に何らかの特有な作用を及ぼす物質
 注7)Activated Chemical Defense:スミソニアンマリンステーションのValerie J.Paulが提唱した概念であり、高等植物や海藻類に見られる誘導性の化学防御機構の一種。遺伝子発現を伴う化学防御機構とは異なり、物理的傷害を起点する迅速な化合物変換過程を経て作動する化学防御機構。
 注8)大腸菌などの培養可能なホストへ目的の遺伝子を導入し、その働きを再現すること。本研究においては、この技術を利用することで実験室内において目的物質の大量生産に繋げることができる。


 ※図1〜2は添付の関連資料を参照




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