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基礎生物学研究所、インドメダカの性決定遺伝子を発見

2014-06-26

インドメダカの性決定遺伝子を発見
〜性染色体の多様化機構の一端を解明〜


 多くの生物にはオスとメスが存在し、どちらの性になるかは、多くの場合、性染色体の組み合わせによって決まります。しかし、性染色体は生き物の種類によって様々であり、さらにその性染色体上に存在する性決定遺伝子の実体は多くの動物において不明なままです。今回、基礎生物学研究所の竹花佑介助教と成瀬清准教授は、新潟大学、遺伝学研究所、宇都宮大学、東北メディカル・メガバンク機構との共同研究により、インドやタイなどに生息するメダカ近縁種「インドメダカ」の性決定遺伝子を発見し、性染色体の多様化をもたらした分子機構の一端を明らかにしました。この成果は、6月20日に科学雑誌Nature Communications(ネイチャーコミュニケーションズ)に掲載されます。

【研究の背景】
 多くの脊椎動物では、性染色体の構成によってオス・メスが決まります。例えばヒトを含む哺乳類では、XとYの染色体をもつとオスに、XとXをもつとメスになります。このオスに特異的なY染色体には性を決定するSry遺伝子が存在し、この1つの遺伝子の働きによってオスへの分化が始まります。一方、哺乳類以外の脊椎動物にはSry遺伝子がなく、性染色体も生物種によって異なります。それぞれの性染色体には性決定遺伝子が存在するはずですが、その実体は多くの動物において不明で、進化の過程で新規の性決定遺伝子が生じる仕組みもほとんどわかっていませんでした。そこで研究グループは、近縁な種間で性染色体が異なるメダカ属魚類に注目し、メダカ近縁種のインドメダカ(図1)において性染色体上に存在する性決定遺伝子を探索しました。

【研究の成果】
 インドメダカは、XYの染色体構成をもつとオスに、XXだとメスになることがわかっていました。研究グループはまず、インドメダカのXとY染色体のどの領域が性決定に関わるのかを調べました。その結果、X染色体上の14万塩基対の範囲、およびY染色体上の31万塩基対の範囲(以下SD領域)に絞り込むことができました。この領域はトランスポゾンを始めとした反復配列で埋め尽くされており、この中にタンパク質をコードする既知の遺伝子は見つかりませんでしたが、隣接した領域にはSox3という遺伝子があることがわかりました。XXの染色体を持ち本来メスになるはずのインドメダカに、Sox3遺伝子とSD領域を含むY染色体の配列の一部を導入すると、オスに性転換することがわかりました。これにより、Y染色体上のSox3およびそのSD領域がオス化に必要であることがわかりました。

 さらに、Y染色体上のSox3がオス決定に必須であることを確かめるため、ゲノム編集技術を用いてSox3のノックアウト個体を作出しました。XYの染色体を持ちオスになるはずのインドメダカのY染色体上のSox3を壊すと、すべてメスに性転換することが明らかになりました(図3)。Y染色体上のSox3がオス分化に必要かつ十分であったことから、研究グループはSox3がインドメダカのオス決定遺伝子であると結論しました。

 一方で、X染色体上にもSox3遺伝子が存在しますが、X染色体上のSox3をノックアウトしても性決定に影響を与えませんでした(図3)。

 Sox3は哺乳類の性決定遺伝子Sryと高い相同性をもつ遺伝子で、多くの脊椎動物において脳や神経の細胞で発現することが知られています。インドメダカのSox3も脳や神経での発現が観察されますが、性決定時期においてXYの染色体をもつ個体でのみ、生殖巣でもSox3が働くことが明らかになりました。さらに、遺伝子導入実験により、Y染色体の発現調節領域であるSDが、性決定時期の生殖巣におけるSox3の一過的な発現を誘導することも明らかになりました。SD領域の塩基配列はX染色体とY染色体の間で大きく異なることから、この領域の塩基配列の違いがXY個体でのみSox3発現を生じさせ、オスの分化を開始させると考えられます。これらの結果は、インドメダカの性決定遺伝子が、Sox3遺伝子座における対立遺伝子の分化によって生じたことを示唆しています。つまり、始めは2つの染色体間で働き方が同じであったであろうSox3遺伝子の片方が、少しずつ働き方を変化させることで、オスを決める遺伝子に進化してきたと考えられます。

 哺乳類の性決定遺伝子SryはX染色体上のSox3と同じ遺伝子座を共有する対立遺伝子の関係にあったと考えられてきましたが、起源が非常に古いため過去の対立遺伝子関係はこれまで不明でした。今回の研究では、実際に対立遺伝子間の機能分化によって新たな性決定遺伝子が生まれることを直接証明することができました。また、哺乳類において性決定遺伝子Sryを生じさせたと考えられているSox3遺伝子が、メダカ属においても哺乳類とは独立に性決定遺伝子として進化したことを示すことができました。

 メダカ属魚類ではこれまでに、2つ種でオス決定遺伝子が同定されています。ひとつはメダカのY染色体上に存在するDmy遺伝子、もうひとつはルソンメダカY染色体上のGsdf遺伝子です。Dmyはメダカでしか見つかっていない遺伝子ですが、Gsdfは多くの魚類において精巣で発現することが知られています。インドメダカでは、Y染色体上のSox3遺伝子の指令の下で、生殖巣でのGsdf遺伝子発現がコントロールされていることがわかりました。これらの結果から、Gsdf遺伝子より下流の性決定カスケードは種間で保存されており、Y染色体上のSox3がGsdf遺伝子の発現を活性化するという新たなパスウェイを獲得することによってオス分化を誘導することが示唆されました(図4)。

【本研究の意義と今後の展開】
 哺乳類の性決定遺伝子SryはX染色体上のSox3から進化したと考えられていますが、SryやSox3による性決定システムは哺乳類以外の脊椎動物では報告がありませんでした。本研究によって魚類と哺乳類で進化的に独立に、Sox3が性決定遺伝子として利用されてきたことが示唆され、同じ遺伝子や同じ染色体領域が繰り返し使われてきた可能性が示されました。また、インドメダカでは、魚類で広く保存されているGsdf遺伝子の発現をY染色体上のSox3が活性化することから、Gsdfの転写制御因子が多様化することによって異なる性染色体が進化してきたことも示唆されました。今後、Sox3やGsdf、およびこれらの遺伝子のもとで働く遺伝子群を他の動物で探索することにより、多くの動物で保存されている性決定の仕組みとダイナミックに変化する性決定遺伝子との関係を明らかにできるかもしれません。

【掲載誌情報】
 Nature Communications(ネイチャーコミュニケーションズ)
 2014年6月20日号に掲載(この雑誌は電子版のみの媒体です)
 論文タイトル:“Co−option of Sox3 as the male−determining factor on the Y chromosome in the fish Oryzias dancena”
 著者:Yusuke Takehana,Masaru Matsuda,Taijun Myosho,Maximiliano L.Suster,Koichi Kawakami,Tadasu Shin−I,Yuji Kohara,Yoko Kuroki,Atsushi Toyoda,Asao Fujiyama,Satoshi Hamaguchi,Mitsuru Sakaizumi and Kiyoshi Naruse

【研究サポート】
 本研究は、文部科学省科学研究費補助金「特定領域研究(比較ゲノム)」「基盤研究B」「若手研究活動スタート支援」「特別研究員奨励費」の支援を受けて実施されました。また、実験に用いたインドメダカおよびBACクローンはナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP)メダカより提供を受けました。

 ※図1〜4は添付の関連資料を参照




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