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東大、生後発達期の脳でシナプス刈り込みを制御する分子を解明

2014-05-22

シナプス刈り込みを制御する分子を明らかに
逆行性シグナルの実体を解明


1.発表者:
 狩野 方伸(東京大学大学院医学系研究科 機能生物学専攻 神経生理学分野 教授)

2.発表のポイント:
 ◆生後発達期の脳において、必要な神経結合(シナプス)の強化と不要な神経結合の除去(シナプス刈り込み)に2つの異なるセマフォリン分子が重要な役割を果たすことを明らかにしました。
 ◆シナプス刈り込みが逆行性シグナルにより制御され、その担い手が2つの異なるセマフォリン分子であることを明らかにしました。
 ◆統合失調症や自閉症の根底には、神経回路の発達異常があり、本研究は統合失調症や自閉症の診断マーカーや治療薬を開発するための新しい切り口を提供する可能性があります。

3.発表概要:
 統合失調症や自閉症の病態の根底には、神経回路の発達異常があると考えられています。生後間もない脳には過剰な神経結合(シナプス)が存在しますが、発達の過程で不要なシナプスは除去されて、機能的な神経回路が完成します。この過程は「シナプス刈り込み」と呼ばれ、機能的な神経回路が出来上がるために不可欠とされています。しかし、シナプス刈り込みがどのような仕組みによって起こるかは完全には理解されておらず、特に逆行性シグナル伝達(注1)が関わる可能性が示唆されていましたが、その実体は長い間不明のままでした。
 今回、東京大学大学院医学系研究科機能生物学専攻神経生理学分野の上阪直史助教と狩野方伸教授らの研究グループは、発達期の小脳において、シナプス刈り込みは逆行性シグナルにより制御され、2つのセマフォリン(注2)分子Sema3AとSema7Aが逆行性シグナルとして働くことを発見しました。
 研究グループはまず、マウスの小脳のプルキンエ細胞(注3)と登上線維(注4)間のシナプスの刈り込み時期に発現する分子を明らかにしました。それらの分子の中で、逆行性シグナルとして働きうる分子を網羅的に解析した結果、Sema3A分子がシナプスを強化、維持し、Sema7A分子がシナプスを除去することが分かりました。さらに、Sema3AとSema7Aは登上線維にあるそれぞれの受容体に直接働きかけて、シグナルを伝えることを明らかにし、シナプス刈り込みが逆行性シグナルにより制御され、そのシグナルの実体がSema3AとSema7Aによるものであることを証明しました。
 自閉症や統合失調症といった精神疾患を発症したヒトの脳では、セマフォリン遺伝子やその受容体遺伝子に変異や発現異常が見られることが相次いで報告されています。本研究の成果は、これらの精神疾患の早期診断や治療薬の開発につながる可能性があります。
 本研究成果は、5月15日(木)にサイエンス誌のScience Expressウェブサイトに掲載予定(http://www.sciencexpress.orgおよびhttp://www.aaas.org)です。
 なお、本研究は、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラムの一環として実施されました。また包括型脳科学研究推進支援ネットワークや科学研究費補助金などの助成を受けて行われました。

4.発表内容:
(1)研究の背景・先行研究における問題点
 脳が正常に機能するためには、神経細胞が適切な相手と適切な数と強さの結合(神経結合)を作り、機能的な神経回路が作られなければなりません。生まれたばかりの動物の脳には過剰な神経結合(シナプス)が存在しますが、生後の発達過程において、必要なシナプスは残り、不要なシナプスは除去されて、機能的な神経回路が完成します。この過程は「シナプス刈り込み」と呼ばれており、生後発達期の機能的な神経回路の形成に不可欠とされています。特に、社会性障害をきたす代表的な疾患である統合失調症や自閉症の病因には、神経回路の発達の異常が知られており、これは発達の特定の時期に起こるシナプス刈り込みの異常による可能性が指摘されています。これまでの研究から、正常なシナプスの刈り込みには、逆行性シグナルが関与していると考えられてきましたが、その実体は長年不明なままでした。

(2)研究内容(具体的な手法など詳細)
 本研究では、シナプス刈り込みを定量的に評価できるマウスの小脳の登上線維とプルキンエ細胞の間のシナプス結合の生後発達に着目しました。生まれたばかりの動物のプルキンエ細胞には、5本以上の登上線維がプルキンエ細胞の根元に相当する細胞体にシナプスを形成していますが、成熟した動物ではわずか一本の強力な信号を伝える登上線維が、細胞体から大木の枝のように張り出した樹状突起にシナプスを形成しています。
 研究グループはまず、シナプス刈り込みが起こる時期にプルキンエ細胞で発現する分子を明らかにしました。それらの分子の中で、逆行性シグナルとして働きうる膜タンパク質と分泌タンパク質に着目しました。次に、ウイルスベクターを用いて、それらの各分子の発現を抑え、その時のシナプス刈り込みを調べることで、シナプス刈り込みに関わる分子をスクリーニング(注5)しました。その結果、Sema3Aの発現を抑えたプルキンエ細胞ではシナプス刈り込みが促進され、一方Sema7Aの発現を抑えたプルキンエ細胞ではシナプス刈り込みが障害されました。また、Sema7A分子の発現が代謝型グルタミン酸受容体1型(mGluR1、注6)により調節され、シナプス刈り込みにおいてmGluR1−Sema7Aのシグナル回路があることを明らかにしました。
 さらに、Sema3AとSema7Aが直接プルキンエ細胞から登上線維に働きかける逆行性シグナルであるかを調べるために、登上線維においてSema3Aの受容体であるplexinA4、Sema7Aの受容体であるIntegrinβ1、同様にSema7Aの受容体であるplexinC1の発現を抑え、シナプス刈り込みへの影響を調べました。その結果、plexinA4の発現を抑えた時はSema3Aの発現を抑えた場合と同様にシナプス刈り込みが促進され、Integrinβ1やplexinC1の発現を抑えた時はSema7Aの発現を抑えた場合と同様にシナプス刈り込みが障害されました。以上から、Sema3AとSema7Aはシナプス後部細胞であるプルキンエ細胞からシナプス前部である登上線維に直接働きかける逆行性シグナルであること、Sema3Aは登上線維にあるplexinA4受容体に働きかけ、登上線維シナプスを維持・強化し、Sema7Aは登上線維にあるintegrinβ1とplexinC1受容体に働きかけ、弱い登上線維のシナプスを除去していることが明らかになりました(添付資料図参照)。

(3)社会的意義・今後の予定など
 上述のように社会性障害をきたす代表的な疾患である統合失調症や自閉症の病因には、神経回路の発達の異常が知られており、これは発達の特定の時期に起こるシナプス刈り込みの異常による可能性が指摘されています。さらに、統合失調症や自閉症を発症したヒトの脳では、セマフォリン遺伝子やそれらの受容体遺伝子に変異や発現異常があることが相次いで報告されています。今後セマフォリンやそれらの受容体を欠損したマウスをさらに詳しく調べ、さらにはヒトでの臨床的な検証と組み合わせることで、これらの精神疾患の病態を「セマフォリン」および「シナプス刈り込み」の視点から解明することができる可能性があります。

5.発表雑誌:
 雑誌名    :「Science」(2014年5月15日オンライン版)
 論文タイトル :Retrograde semaphorin signaling regulates synapse elimination in the developing mouse brain
 著者      :Naofumi Uesaka,Motokazu Uchigashima,Takayasu Mikuni,Takanobu Nakazawa,Harumi Nakao,Hirokazu Hirai,Atsu Aiba,Masahiko Watanabe and Masanobu Kano


 ※用語解説などは添付の関連資料を参照






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