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東大、電圧によって円偏光光源を制御することに成功
電圧で制御できる「キラル発光トランジスタ」
―3Dディスプレイなどへの応用が期待―
1.発表者:
張 奕勁(ちょう えきけい)(東京大学大学院 工学系研究科 物理工学専攻 博士課程2年)
岡 隆史(東京大学大学院 工学系研究科 物理工学専攻 講師)
鈴木 龍二(東京大学大学院 工学系研究科 物理工学専攻 博士課程1年)
叶 劍挺(いぇ じゃんてぃん)(Groningen大学 Zernike先端物質科学研究所 准教授)
岩佐 義宏(東京大学大学院 工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター・物理工学専攻 教授/理化学研究所 創発物性科学研究センター 創発デバイス研究チーム チームリーダー)
2.発表のポイント:
◆従来の方法では困難と考えられていた、電圧によって円偏光(注1)光源を制御することに成功。
◆円偏光光源の制御は、二セレン化タングステンの電界効果トランジスタ(注3)によって実現。
◆3Dディスプレイなどに応用できる集積デバイスへの展開が可能。
3.発表概要:
すべての光は右回り円偏光(注1)と左回り円偏光の重ね合わせでできている。円偏光光源は、現在、3Dディスプレイ(表示された映像が立体的に見えるディスプレイ)に一部使用されており、将来的には量子コンピュータへの応用が期待されている。しかし、従来の円偏光を生成・制御する手法では、円偏光光源の微細化に限界があり、電場によって制御することは困難だった。
東京大学大学院 工学系研究科 附属 量子相エレクトロニクス研究センターの岩佐義宏教授(独立行政法人 理化学研究所創発物性科学研究センター 創発デバイス研究チーム チームリーダー兼任)率いる研究グループは、同研究科物理工学専攻 岡隆史講師、オランダのフローニンゲン(Groningen)大学 叶劍挺准教授らと共同で、新たな原子膜材料(注2)として注目される二セレン化タングステン(WSe2(*))の電界効果トランジスタ(FET、注3)を用いて、電圧によって左右の回転方向を制御可能な円偏光光源を実現した。
電圧によって制御可能な円偏光光源は、3Dディスプレイや量子情報の担体として非常に期待されており、物質科学、フォトニクスの両面から研究が盛んに行われてきた。本成果はWSe2の特異な構造と電子の状態を利用し、電圧によって左回りと右回りの円偏光を切り替えることが可能な円偏光光源の原理を提案・実証するものである。
本研究成果は、米国科学雑誌『Science』の速報版(Science Express平成26年4月17日版)に掲載される。
*「WSe2」の正式表記は添付の関連資料を参照
4.発表内容:
[1]背景
光は偏光という自由度を持っており、すべての光は右回り円偏光と左回り円偏光の重ね合わせでできている。この円偏光自由度は3Dディスプレイを実現するうえで重要な働きを担っているだけでなく、量子コンピューティングの分野においては情報の担体として非常に期待されている。現在実用化されている円偏光光源のほとんどは光学素子を用いて円偏光の生成と制御を行っているが、この手法では集積化へ向けた光源の微細化や簡便な偏光制御(主に電場による制御)を実現するのは困難である。そのため、光学素子に依存しない円偏光光源の開発が盛んに行われており、その代表例は、スピン軌道相互作用の大きい半導体を用いたスピンLED(注4)、らせん構造を有する物質を利用した有機EL(エレクトロ・ルミネッセンス)である。しかしながら、前者では磁場を必要とし、後者では円偏光を外から加えた電圧(外場)によって制御することはもともと前提とされていないなど、簡便な偏光制御の点から原理的な問題を抱えている。そのような、外場制御型の円偏光光源は、材料科学、デバイス分野での開発ターゲットの一つになっている。
円偏光発光の起源はキラリティである。キラリティとは右手と左手のように、似た形なのに向きが違っている状態を指す。例えば、スピンLEDでは磁性が、有機ELでは有機物のらせん構造がキラリティをもたらしている。スピンLEDや有機ELでは片方のキラリティのみが存在するが、近年、両方のキラリティが内在されている物質が数多く知られるようになってきた。その代表例がポストグラフェン材料(注2)として期待されている遷移金属カルコゲナイド(本研究で用いたWSe2はその一例)である。この内在したキラリティの対称性を電気的に制御することで、外場で制御できる円偏光光源が実現できる可能性がある。
[2]研究内容(具体的な手法など詳細)
WSe2のFETは、粘着テープ(セロハンテープ)を用いてグラフェンのFETと同様な方法によって作製された。大きさは数ミクロン角程度である。今回は、ゲート絶縁膜として、従来の二酸化ケイ素(SiO2)や酸化アルミニウム(Al2O3)などの酸化膜ではなく、イオン液体による電気二重層(注5)を用いた。この手法によって、FETのチャネル内に誘起できる電荷の密度を飛躍的に向上させることができ、デバイス動作の極限状態に簡単に到達できる。図1は、今回作製したデバイスの模式図である。
WSe2は、電子が抜けることによって生じる正の電荷(正孔)も注入できる両極性型のFET動作をすることが知られているため、FETに適切なゲート電圧を加えることによってPN接合を形成した。PN接合とは、正電荷が蓄積した領域(P領域)と、負電荷の蓄積した領域(N領域)が接している状態である。一般的なPN接合は半導体結晶中に不純物を導入することで形成されるが、今回の特徴はFETにおけるゲート電圧によってPN接合を形成したことにある。このPN接合をダイオード(LED)とみなし、順方向電圧を加えると電流注入発光が起こり、それが円偏光していることを発見した(図2)。
このPN接合は、電圧によって形成されたものであるため、加える電圧の符号を反転するとPN接合の向きが反転し、流れる電流も逆になる。この時、円偏光の向きも反転することが実験的に明らかになった(図3)。従来の理論では電流を流したことによる円偏光発光を説明することはできなかったが、本研究では、外場が存在するときの電荷分布のずれを考慮した新たなモデルを構築し、観測された現象が理論的に起こりうることを確認した。
本研究は、電圧による制御が可能な微小円偏光光源を、従来とは全く異なる原理、すなわち物質に内在するキラリティを利用して実現する原理を提案し、実証したものであると結論できる。
[3]今後の展望
本研究により、最近ポストグラフェン材料として注目を集めている原子層物質、二セレン化タングステン(WSe2)が、原子数層の極薄構造を持ち、円偏光を電場で変えられる発光デバイスとして動作することが明らかになった。現状では、円偏光度の制御はまだ十分なものではないが、デバイス作製技術の向上により、さらに大きな円偏光の度合いを制御できるようになることが期待される。今後、図4の模式図のような「キラル発光トランジスタ」といえる新しいタイプのデバイスとして、高度集積化を通した応用研究、そして、単一光子源として基礎研究に寄与していくことが予想される。
5.発表雑誌:
雑誌名 :「Science」(ScienceXpress平成26年4月17日版)
論文タイトル:Electrically switchable chiral light−emitting transistor
著者 :Y.J.Zhang,T.Oka,R.Suzuki,J.T.Ye,and Y. Iwasa
※用語解説と添付資料は添付の関連資料を参照