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理研、植物ホルモン「サイトカイニン」の輸送を担う遺伝子を同定
植物ホルモン「サイトカイニン」の輸送を担う遺伝子を同定
−根から葉へのサイトカイニン長距離輸送の鍵遺伝子−
<ポイント>
・サイトカイニンの根から地上部への輸送を支える遺伝子は「ABCG14」
・ABCG14を介して輸送されたサイトカイニンは地上部の成長を促進する
・農産物やバイオマスの増産のための技術開発に期待
<要旨>
理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、植物ホルモン「サイトカイニン[1]」の長距離輸送の鍵となる遺伝子「ABCG14」を同定しました。これは、理研環境資源科学研究センター(篠崎一雄センター長)生産機能研究グループの木羽隆敏研究員と榊原均グループディレクター、浦項工科大学(韓国)のヨンスク・リー教授、チューリッヒ大学(スイス)のエンリコ・マルチノイア教授らによる国際共同研究グループの成果です。
植物は発達や環境変化に応じて、無機養分や水を吸収する「根」と光合成を行なう「地上部」、この2つの役割の異なる器官のバランスを最適化します。このとき、器官間の情報のやり取りを担うシグナルの1つがサイトカイニンです。サイトカイニンは道管[2]や師管[2]を介して根と地上部の間を移動し、器官間のシグナルとして働くと考えられています。しかし、サイトカイニンの器官間輸送の仕組みは明らかになっていませんでした。
共同研究グループは、サイトカイニンの欠乏時に現れる地上部の矮化(通常より小さな形で成熟すること)を示すabcg14変異体を見いだし、解析しました。その結果、abcg14変異体では道管を介した根から地上部へのサイトカイニンの輸送が滞ることが分かりました。これにより、abcg14変異体の原因遺伝子「ABCG14」が、サイトカイニンの根から地上部への輸送を担う重要な因子であり、根から地上部へと輸送されるサイトカイニンが、地上部の成長を促す作用をもつことを明らかにしました。
器官バランス制御の新たなメカニズムが明らかになったことにより、今後、農産物やバイオマスの増産のための技術開発につながると期待できます。本研究は、文部科学省の科学研究費補助金(新学術研究)平成21年度採択課題「植物生態学・分子生理学コンソーシアムによる陸上植物の高CO2応答の包括的解明」、植物科学最先端研究拠点ネットワーク、大学発グリーンイノベーション創出事業「グリーン・ネットワーク・オブ・エクセレンス(GRENE)」植物科学分野「植物CO2資源化研究拠点ネットワーク(NC−CARP)」などの支援により行われました。成果は、米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the USA』オンライン版(4月28日付け:日本時間4月29日)に掲載されます。
<背景>
植物は多様な器官で構成されており、その代表的なものが光合成を行う地上部の「葉」と水や無機養分の吸収を担う「根」です。植物が環境変化などのさまざまなストレスに順応し生き延びるためには、これらの器官バランスを適宜調節する必要があります。そのためには器官間の緊密な情報のやり取りが欠かせません。植物には心臓や血管などの循環系がないため、道管や師管を通して離れた器官の間でシグナルのやり取りをしていると考えられています。しかし、器官間シグナル伝達メカニズムの理解はほとんど進んでいません。
共同研究グループは、道管や師管中に存在することから器官間シグナルの1つと考えられている植物ホルモン「サイトカイニン」に着目し、このメカニズム解明に挑みました。
<研究手法と成果>
共同研究グループは、実験モデル植物であるシロイヌナズナの変異体の中からサイトカイニンの欠乏時に現れる地上部の矮化(わいか;通常より小さな形で成熟すること)を示すabcg14変異体(図1)を見いだし、解析を行いました。abcg14変異体の根と地上部のサイトカイニン含量を調べたところ、根では蓄積量が増加しているのに対し、地上部では減少していました(図2)。また、サイトカイニンを溶かし込んだ溶液をスプレーで変異体に投与したところ、地上部の成長が回復しました。これらの結果から、abcg14変異体の地上部の矮化の原因はサイトカイニン分布の不均衡であることが分かりました。
次に、サイトカイニンの分布が不均衡になる原因を探りました。abcg14変異体の原因遺伝子はABCG14です。この遺伝子からABC輸送体サブファミリーG[3]に属する膜輸送タンパク質「ABCG14[3]」が作られます。このことから、サイトカイニン分布の不均衡は根と地上部の間のサイトカイニン移行が滞っていることが原因である可能性が考えられました。そこで、放射性物質でラベルしたサイトカイニンの根から地上部への移行と道管液中のサイトカイニン含量を調べました。その結果、abcg14変異体では、道管を介した根から地上部へのサイトカイニン移行が滞っていることが明らかになりました。ABCG14遺伝子は、主に根の維管束[2]で発現していることから、ABCG14タンパク質は道管へのサイトカイニンの積み込みに関与することが示唆されました。
さらに、根から地上部へと輸送されるサイトカイニンの役割を明らかにするため、野生株とabcg14変異体の間で接ぎ木[4]実験を行いました。その結果、根から輸送されるサイトカイニンは地上部の成長を促進する作用があることが分かりました(図3)。
<今後の期待>
この研究により、植物の器官間の成長バランス制御メカニズムの一端が明らかになりました。今後ABCG14によるサイトカイニン輸送メカニズムの詳細を明らかにしていくことで、環境変化などのさまざまなストレスに応じた植物の形づくりの仕組みの理解が進むと期待できます。また、サイトカイニンは植物の地上部の成長や実りを促進する作用をもつため、サイトカイニン輸送を制御できれば、増産を目指した農産物改良への応用も期待できます。
<原論文情報>
・Donghwi Koh,Joohyun Kang,Takatoshi Kiba,Jiyoung Park,Mikiko Kojima,Jihye Do,Kyung Yun Kim,Mi Kwon,Anne Endler,Won−Yong Song,Enrico Martinoia,Hitoshi Sakakibara,Youngsook Lee.“Arabidopsis ABCG14 is essential for the root−to−shoot translocation of cytokinin”Proceedings of the National Academy of Sciences of the USA,doi:10.1073/pnas.1321519111
<発表者>
独立行政法人理化学研究所
環境資源科学研究センター http://www.riken.jp/research/labs/csrs/
生産機能研究グループ http://www.riken.jp/research/labs/csrs/plant_prod_sys/
研究員 木羽 隆敏(きば たかとし)
グループディレクター 榊原 均(さかきばら ひとし)
※以下の資料は添付の関連資料を参照
・補足説明
・図1 野生株とabcg14変異体
・図2 abcg14変異体の地上部と根におけるサイトカイニン含量
・図3 野生株の根とabcg14変異体の地上部の接ぎ木の結果