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慶大と理研など、腸管免疫系と腸内細菌の共生関係の構築に必須の分子を発見

2014-05-08

腸管免疫系と腸内細菌の共生関係の構築に必須の分子を発見


<ポイント>
 ・腸内細菌と宿主免疫系がどのように共生しているか長い間不明であった。
 ・大腸の制御性T細胞の増殖にはエピゲノム制御分子であるUhrf1が重要。
 ・炎症性腸疾患の発症メカニズム解明に向けた画期的な一歩。

 JST課題達成型基礎研究の一環として、慶應義塾大学の長谷耕二教授(理化学研究所客員主管研究員/東京大学医科学研究所非常勤講師)らは腸管の免疫細胞が腸内細菌(注1)と共生するために必須の分子をマウスの実験で明らかにしました。
 ほ乳類の胎児は母体内では無菌状態ですが、ヒトでは出生後直ちに100兆個にも及ぶ膨大な数の細菌にさらされます。生後の無菌環境から腸内細菌が定着する際には、過剰な免疫応答を抑えるための強力な免疫制御システムが働くと考えられています。免疫応答を抑制する細胞として、制御性T細胞(注2)が知られています。しかし、どのような機構で制御性T細胞が活性化し、病理的な炎症が抑制され、腸内細菌と宿主免疫系の共生関係が構築されるのかは長い間不明でした。
 長谷教授らは、無菌状態から腸内細菌が定着する際、大腸の制御性T細胞内のUhrf1(注3)の発現量が高まることをマウスにおいて発見しました。さらに、T細胞においてのみUhrf1遺伝子が欠損したマウス(Uhrf1欠損マウス)では、制御性T細胞が増えなくなり、その結果、免疫抑制機能が弱く慢性大腸炎を発症しました。
 このことから、Uhrf1分子は大腸の制御性T細胞が増殖し働く上で必須であることが分かり、宿主免疫系と腸内細菌が共生関係を築く重要なメカニズムが明らかになりました。また、今回の成果は、腸内細菌と免疫系のバランスの不均衡によって発症すると考えられている炎症性腸疾患(注4)の病態解明や新たな治療法の開発に向けた基礎的知見として役立つものと期待されます。
 本研究成果は、2014年4月28日(英国時間)に英国科学誌「NatureImmunology」のオンライン速報版で公開されます。

 本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
  戦略的創造研究推進事業
  研究領域  :「エピジェネティクスの制御と生命機能」
         (研究総括:向井常博西九州大学学長/佐賀大学名誉教授)
  研究課題名 :「腸内共生系におけるエピジェネティックな免疫修飾」
  研究者   :長谷耕二(慶應義塾大学薬学部教授)
  研究実施場所:東京大学 医科学研究所/(独)理化学研究所
  研究期間  :平成22年10月〜平成26年3月

<研究の背景と経緯>
 腸管免疫系の最大の特色は、病原性細菌など有害な抗原には免疫応答を発動し排除する一方で、食物性たんぱく質、共生細菌など無害な抗原には反応しないような制御(経口免疫寛容)があることです。この免疫バランス制御の破綻が、食物アレルギーや炎症性腸疾患などの疾患発症の主因と考えられています。例えば、出生時から無菌状態で飼育したマウス(無菌マウス)では、腸管内の制御性T細胞のCD4陽性T細胞(注5)からの分化・発達が未熟であり、経口免疫寛容も起こりにくくなっていることが知られています。このように共生細菌と宿主の相互作用は腸管免疫系の恒常性維持に重要であると考えられていましたが、その分子機構には不明な点が多く残されていました。
 これまでの研究で、無菌マウスに腸内細菌を定着させると、大腸における制御性T細胞の分化と増殖が誘導されることが分かっていました。2013年に長谷教授らは、腸内細菌によって産生される酪酸(注6)が大腸の制御性T細胞の分化を促進することを報告しています。一方で、酪酸は制御性T細胞の増殖には影響しないことから、大腸における制御性T細胞の分化と増殖は異なるメカニズムによって制御されると予想されていました。

<研究の内容>
 長谷教授らは、まず大腸の制御性T細胞の増殖誘導機構を明らかにするため、無菌マウスに腸内細菌を投与し、投与されたマウスの大腸の機能を解析しました。その結果、腸内細菌の定着により、制御性T細胞が大腸局所で増殖していました(図1)。
 次に、制御性T細胞の増殖メカニズムを詳しく調べるために、無菌マウスに腸内細菌を定着させる前後で、大腸の制御性T細胞の遺伝子発現パターンを比較解析しました。その結果、腸内細菌が定着すると、制御性T細胞ではUhrf1という分子の発現量が上昇していることが分かりました。
 さらに、T細胞においてのみUhrf1が欠損している(Uhrf1欠損)マウスを作出し、正常な対照マウスと比較解析しました。すると、離乳直後のUhrf1欠損マウスの大腸において、制御性T細胞への分化は起こるものの増殖能が低く、制御性T細胞の数は顕著に減少していました(図2上)。また、Uhrf1欠損マウスの大腸に存在する制御性T細胞は、免疫抑制分子(IL−10など)の発現が低下していたことから(図2下)、Uhrf1が存在することで制御性T細胞は増殖し、働けることが明らかになりました。
 続いて、なぜUhrf1が存在していると制御性T細胞が増殖するのか、そのメカニズムを解析しました。Uhrf1は、DNAが複製する際の、DNAメチル化(注7)を維持することで遺伝子の発現パターンを親細胞から子細胞へ正確に伝える役割を持った、「エピゲノム制御因子」として知られています。そこで、大腸の制御性T細胞においてUhrf1がどの遺伝子の発現を制御しているか調べるため、Uhrf1を欠損する制御性T細胞と正常な制御性T細胞の網羅的なDNAメチル化解析および遺伝子発現解析を行いました。その結果、細胞周期制御因子であるCdkn1aがUhrf1の標的であり、Uhrf1が欠損しているとCdkn1aの発現が増加して、細胞増殖が起こりにくくなることが明らかになりました(図3)。
 次に、Uhrf1の、生体の恒常性維持における役割を検討したところ、Uhrf1欠損マウスは、加齢とともにリンパ球浸潤と粘膜の肥厚を特徴とする慢性大腸炎を自然発症することが判明しました(図4)。大腸における制御性T細胞の数と機能の減弱により、炎症性の免疫細胞が異常に活性化した結果、慢性炎症が引き起こされていると考えられます(図5)。Uhrf1欠損マウスは無菌環境では大腸炎を発症しないため、腸内細菌に対する過剰な免疫応答が炎症の原因であると考えられます。また、正常なマウスから取得した制御性T細胞をUhrf1欠損マウスに移植すると慢性大腸炎の発症が抑えられたことから、この慢性炎症は制御性T細胞の異常により発症していると考えられました。
 以上の結果から、Uhrf1は大腸の制御性T細胞の増殖と働きをサポートすることで、腸管のT細胞が腸内細菌に過剰に応答するのを防ぎ、大腸における免疫恒常性の維持に重要な役割を果たす分子であることが明らかとなりました(図6)。

<今後の展開>
 難治性疾患である炎症性腸疾患(クローン病潰瘍性大腸炎)は消化管の慢性炎症であり、その完全な発症メカニズムや発症原因は不明です。近年の食生活の欧米化に伴って日本人の患者数は毎年増加しており、根本的な治療方法が望まれています。今回の研究により、エピゲノム制御因子であるUhrf1が大腸における制御性T細胞の増殖を誘導し、腸管の炎症を防ぐ重要な分子であることが分かりました。この成果は、炎症性腸疾患の発症メカニズムの解明に寄与するとともに、その治療法の開発にも役立つと期待できます。

<付記>
 本研究は、東京大学医科学研究所(尾畑佑樹、古澤之裕、藤村由美子)、理化学研究所統合生命医科学研究センター(遠藤高帆、JafarSharif、高橋大輔、新幸二、大縄悟、高橋ますみ、伊川友活、小原收、本田賢也、堀昌平、大野博司、古関明彦)、かずさDNA研究所(中山学)、国立国際医療センター(土肥多惠子、河村由紀、大坪武史)、大阪大学(田嶋正二)の研究者各氏との共同で行われました。


 ※参考図などは添付の関連資料を参照



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