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東北大と東大、グラフェンの「質量ゼロ」電子を反映した超高速状態を直接観察に成功

2014-04-30

グラフェンの超高速電子状態を直接観察
−次世代光デバイスの開発を裏付ける−


1.発表者:松田巌(東京大学物性研究所 准教授)
       吹留博一(東北大学電気通信研究所情報デバイス研究部 准教授)


2.発表のポイント:
 ◆ダイヤモンドと同じ元素組成をもつグラフェンは、電子が"質量ゼロ"の状態を有する。
 ◆グラフェンの"質量ゼロ"電子を反映した超高速の状態を初めて直接観察することに成功した。
 ◆光通信やレーザー発振などの光学グラフェンデバイスの開発において前提となっている状態の裏付けと特性評価が行われ、本成果はその設計に重要な役割を果たすと期待される。


3.発表概要:
 グラフェンはダイヤモンドと同じ炭素原子から構成されているが、その構造も性質もまったく異なる。グラフェンとは炭素が蜂の巣状に並んだ2次元の単原子シートであり、電気を通す性質がある。この性質の背景には、電気を伝導する電子の質量がゼロであるという特異な電子状態が存在し、近年、グラフェンの特異な電子状態を利用したデバイス開発が精力的に進められている。しかし、グラフェンの"質量ゼロ"電子を反映した超高速の電子状態はこれまで直接確認されたことがなかった。
 東京大学物性研究所附属極限コヒーレント光科学研究センター(LASORセンター)松田巌准教授らのグループと東北大学電気通信研究所情報デバイス研究部門吹留博一准教授らのグループは共同で、単原子層グラフェン特有の性質で、電子の質量がゼロに相当する状態("質量ゼロ")を直接観測することに成功した。これにより、質量ゼロの電子の振る舞いが、1つの光子に対して複数の伝導電子(注1)が発生するグラフェン特有の光応答現象に対応することも分かった。
 グラフェンを用いた次世代の光学デバイス開発では上記"質量ゼロ"電子を反映した超高速の状態を前提にしている。本研究によりその状態の存在が裏付けられ、さらにその特性評価が行われた。特にグラフェンは原子レベルの構造体として微小素子となる特徴もあるので、光通信やレーザーなどの光学技術の分野にて注目されている。本研究で得られたデータは今後の開発に重要な役割を果たすと期待される。


4.発表内容:
 グラフェンとは炭素が蜂の巣状に並んだ2次元単原子シートで、熱伝能、電気伝導、耐久強度に優れ"SUPERMATERIAL"として応用技術開発が現在世界中で精力的に実施されている。グラフェンの珍しい物性はその特異な電子状態が重要な役割を果たしていることで知られている。一般に物質の性質(物性)を支配する固体中の電子の動きは、質量を有した粒子として扱うことができる。そのためさまざまな物性も、例えば"質量の重い電子"や"質量の軽い電子"といったように電子の質量として表すことができる。グラフェンはこの"質量がゼロ(0)"に相当する稀少な物質であり、これは電子状態のエネルギー分布が直線的であることに起因する。そしてこのような"質量ゼロ"の電子こそが珍しい物理現象の発現の原因であり現在の新規デバイス開発につながっている。
 近年光通信や代替エネルギーの技術開発において物質の光誘起現象(注2)への関心が高まっており、グラフェンでは珍しい振る舞いが報告されている。通常、物質へ1つの光子が吸収すると1つの光励起キャリア(注3)が生成されるが、グラフェンの場合1つの光子に対して複数の光励起キャリアが発生する(キャリアマルチプレーション)。現在、この現象を利用して、テラヘルツレーザー発振や超高感度光検出器などの開発が精力的に進められている。光照射後のグラフェンの電子状態は当然"質量ゼロ"のグラフェン電子特有の振る舞いを示し、上記光誘起現象もそれに起因するとされているが、その様子を電子状態として直接確認した報告はこれまでにない。
 本研究グループは物質の電子状態を直接観測することのできる光電子分光法の時間・角度分解測定を実施した。紫外線よりも短い波長の光を照射すると電子が放出される。これは「光電効果」と呼ばれ、アインシュタインノーベル賞を受賞することとなった「光量子仮説」の元になった自然現象である。光電子分光法は放出された電子のエネルギー分析を行う実験法で、角度分解測定を行うことで物質中の電子の運動量分析ができ、さらに時間分解測定も実施することで電子の振る舞いをリアルタイムで追跡することができる。
 グラフェンの時間分解光電子分光測定は過去にも実施されていたがレーザー光源として紫外線領域のものが用いられてきた。グラフェンの物性を支配する"質量ゼロ"の電子は、物質中で"K点"と呼ばれる高い運動量を持っており、これまでの紫外線レーザーによる実験ではその運動量領域をカバーすることができなかった。東京大学物性研究所附属LASORセンターでは紫外線よりもより波長の短い真空紫外線を発振する高次高調波レーザーを開発し、このレーザーを用いれば広範囲の運動量領域の測定も可能である。
 研究グループは、今回この高次高調波真空紫外線レーザーを用いてグラフェンの"質量ゼロ"の電子の時間・角度分解光電子分光測定が実現し、その非平衡状態の直接観測に成功に至った。図はその測定の様子を模式的に示したものである。本研究では、ポンプ光でグラフェンに光誘起現象を起こし、その後の時間変化を高次高調波真空紫外線レーザーのプローブ光による光電子分光測定によってリアルタイムで追跡した。スペクトルの変化は、"質量ゼロ"の電子の振る舞いを直接反映しており、さらに光学応用にとって重要なキャリアマルチプレーションで期待される変化に対応することが分かった。高次高調波真空紫外線レーザーによるグラフェンの時間分解光電子分光測定は2013年にヨーロッパのグループらによって初めて報告されたが、本研究グループにより"質量ゼロ"を反映した非平衡電子状態そのものが捉えられ、その詳細がより明らかとなった。今回得られたデータは今後グラフェンの光学デバイスの開発、特に設計において重要な役割を果たすと期待される。
 本研究で使用したグラフェン試料は炭化ケイ素(SiC)基板上に成長させたものである。物質のキャリアは電子とホール(正孔)の2種類あり、今回の試料はn−型グラフェンに対応し、キャリアとして電子の数が多いものであった(p−型ではホールの数が多い)。炭化ケイ素基板上のグラフェンは、その成長条件を変えることによってキャリアの種類(n−型、p−型)とキャリア数(電子、ホール数)を制御することができる。今後、種々のグラフェン試料の系統的な時間・角度分解光電子分光測定により、"質量ゼロ"の電子系の非平衡キャリアダイナミクスの詳細を調べると共に、より高性能な新規光学デバイス開発への知見を得ることを目指す。


5.発表雑誌:
 雑誌名:Applied Physics Letters誌Applied Physics Letters 104,161103(2014)
 論文タイトル:Observing hot carrier distribution in an n−type epitaxial graphene on a SiC substrate
 著者:T.Someya,H.Fukidome,Y.Ishida,R.Yoshida,T.Iimori,R.Yukawa,K.Akikubo,Sh.Yamamoto,S.Yamamoto,T.Yamamoto,T.Kanai,K.Funakubo,M.Suemitsu,J.Itatani,F.Komori,S.Shin,and I.Matsuda(*)
 DOI番号:10.1063/1.4871381


 ※用語解説と図は添付の関連資料を参照


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