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東大、治験の段階にある抗がん剤が統合失調症モデル動物にも効果など研究成果を発表

2014-04-11

治験の段階にある抗がん剤統合失調症モデル動物にも効果
思春期のマウスで過剰なシナプス除去を予防


1.発表者:
 林(高木) 朗子(東京大学大学院医学系研究科附属疾患生命工学センター 構造生理部門助教)


2.発表のポイント:
 ◆マウスにおいて統合失調症の発症関連遺伝子の機能を抑制すると、思春期に相当する時期にシナプス(注1)が過剰に除去されることを見出しました。
 ◆このマウスに新規抗がん剤候補薬を投与すると、過剰なシナプスの除去と感覚運動情報制御機能(注2)の障害が予防されました。
 ◆「シナプスを保護する」という従来の統合失調症の治療戦略にない新たな観点は、早期介入による治療有用性を示唆しました。


3.発表概要:
 統合失調症は思春期から成人にかけて100人に1人が発症し、幻聴や妄想、意欲低下、認知機能障害などのさまざまな精神神経症状により社会生活が障害される精神疾患です。統合失調症の発症には遺伝因子が関与し、そして前頭野における神経細胞の接合部位(シナプス)が減少していることが報告されているものの、遺伝子の機能不全がどのように思春期の神経回路網形成に影響をあたえ、統合失調症への発症につながるのかは解明されていません。
 東京大学大学院医学系研究科附属疾患生命工学センター構造生理学部門の林(高木)助教らの研究グループは、マウスにおいて統合失調症の発症関連分子として確立されている遺伝子DISC1(注3)が機能不全に陥ると、思春期にシナプスが過剰に除去され、成体時にはシナプス密度が大きく減少することを見出しました。PAK阻害剤であるFRAX486(注4)は、この過剰なシナプスの除去を予防し、統合失調症に関連する症状の一つである感覚運動情報制御機能の障害も改善させました。
 これまでの統合失調症の創薬はドーパミン遮断薬を中心とした開発が進められてきましたが、その効果は限定的でした。PAK阻害剤は各種がんに対する治験がすでに進行しており、正常の細胞機能に対する影響が少ない安全性の高い薬剤であることが示されつつあります。本研究は、「シナプスを保護する」という従来の統合失調症の治療戦略にない新たな観点により、特に早期介入による治療効果、ならびに既存の創薬の相乗効果の可能性を示唆し、今後の統合失調症の治療戦略に応用されることが期待されます。
 本研究は、米国ジョンズホプキンス大学医学部統合失調症センター長の澤明教授、米国ベンチャー企業Afraxis,Incらによる共同研究グループの成果です。


4.発表内容:
<研究の背景と経緯>
 統合失調症は思春期から成人にかけて100人に1人が発症し、幻聴や妄想、意欲低下、認知機能障害などのさまざまな精神神経症状により社会生活が障害される精神疾患です。統合失調症の発症には遺伝因子が関与し、前頭野における神経細胞の接合部位(シナプス)に見られるスパイン(注1)と呼ばれる小突起構造が減少していることが報告されているものの、遺伝子の機能不全がどのように思春期の神経回路網形成に影響をあたえ、最終的な疾患病態へ進行するのかは解明されていません。
 そこで統合失調症の発症関連分子として確立されている遺伝子DISC1に注目し、神経培養細胞や生きたままのマウス前頭葉のライブ撮影を行うことで、DISC1の機能を抑制した神経細胞におけるシナプスの動態を観察し、その分子基盤の解明を試みました。

<研究方法と発見の内容>
 はじめにラット大脳皮質の神経細胞初代培養系でDISC1の機能を抑制し、神経細胞のスパインのサイズや密度を測定しました。DISC1の機能が抑制されていない対照細胞と比較して、DISC1が抑制された神経細胞ではスパインのサイズ・密度ともに大きく減少しており、統合失調症患者の死後脳で見られる現象と矛盾しない所見を得ました。DISC1の機能を抑制した神経細胞では、PAK(注4)と呼ばれる酵素の機能が上昇していることがウエスタンブロット法(注5)で確認できたため、PAKの働きを阻害することによって、DISC1の機能を抑制することによりスパイン減少を予防する可能性を検証しました。シナプス保護の効果を指標にPAK阻害剤をスクリーニングし、3種類の化合物を見出しました。そして、これらの3種類の化合物(FRAX120、355、486、(注4))は、DISC1の機能の抑制によるスパインサイズや密度の減少を予防できるだけでなく、すでに縮小しているスパインのサイズを正常化する作用を有し、シナプス保護作用を介して統合失調症様症状の新しい治療戦略になりうるのではないか、という仮説を検証しました。
 この仮説を検証するためにまず、2光子レーザー顕微鏡(注6)を用いてマウスのDISC1の機能を抑制した神経細胞を生きたままその動きをライブ撮影しました(図A)。生後間もない人やマウスなどの動物の脳には過剰なシナプスが存在しますが、神経発達とともに必要なシナプスは強められ、不要なシナプスは除去(シナプスの刈り込み)されて、神経回路は成熟することが知られています。本研究グループにおいても、DISC1の機能を抑制していない対照マウスでは、生後35日(マウスの思春期に相当)から生後60日目(マウスの成体期に相当)にかけて約1割程度のシナプスが刈り込まれることを観察しました。一方で、DISC1の機能を抑制したマウスでは生後35日において既にスパイン密度が減少しており、生後60日になるとそのうちの4割ものスパインがさらに刈り込まれ、成体時にはスパイン密度が対照マウスと比較し半数以下になることを見出しました(図B)。同一の個体群に感覚運動情報制御機能の指標であるPPI(注7)を測定したところDISC1の機能を抑制したマウスではPPIの障害が見られました。
 次に、DISC1の機能を抑制したマウスにおけるPAK阻害剤の効果を検証するために、上記化合物のうちFRAX486を生後35日から60日まで連日腹腔に投与したところ、過剰なスパインの刈り込みは完全に予防され、PPIの障害は部分的に正常化することを見出しました(図C)。PAK阻害効果のない偽薬を投与しても上記の効果は認められなかったため、シナプス保護効果やPPI改善効果は、PAKを阻害することにより得られたものと考えられます。

<今後の展開>
 これらの結果は、FRAX486というPAK阻害剤がシナプス密度の減少を防止し、さらに統合失調症に関連する症状をも予防できることを示唆します。これまでの統合失調症の創薬はドーパミン遮断薬を中心とした開発が進められてきましたが、その効果は幻覚や妄想などの陽性症状に限定的で、意欲低下や認知障害などの患者の社会予後に直結した精神機能にはほとんど奏功しないことが良く知られています。本研究のPAK阻害剤は前頭野のシナプス密度減少を予防できることより、統合失調症患者で生じている神経回路網の異常を予防できる可能性があります。
 またPAK阻害剤は各種がんに対する治験がすでに進行しており、正常の細胞機能に対する影響が少ない安全性の高い薬剤であることが示されつつあります。これらの知見を精神神経疾患創薬へ応用することで、シナプス保護という新しい観点より見た統合失調症の治療戦略が加速されると期待されます。


5.発表雑誌:
 雑誌名:「米国科学アカデミー紀要(英語:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America、略称:PNAS)」
 論文タイトル:PAKs inhibitors ameliorate schizophrenia−associated dendritic spine deterioration in vitro and in vivo during late adolescence.
 著者:Akiko Hayashi−Takagi,Yoichi Araki,Mayumi Nakamura,Benedikt Vollrath,Sergio G.Duron,Zhen Yan,Haruo Kasai,Richard L.Huganir,David A.Campbell,and Akira Sawa


 ※以下の資料は添付の関連資料「参考資料」を参照
  ・用語解説
  ・添付資料



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