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北陸先端大、燃料電池材料の新しい設計方法を実証
燃料電池材料の新しい設計方法を実証−高効率・低コスト膜の開発に道−
<ポイント>
・燃料電池の水素イオン交換膜の開発自由度を上げるためにポリマーの配向制御を提案していた
・伝導性の向上が見られるものの、既存材料の特性値は上回ってなかった
・今回、既存材料(Nafion)の水素イオン伝導性を5倍も上回ることに成功
・ポリマー配向制御が水素イオン交換膜の開発に有効であり、今後の高効率化・低コスト化が期待
北陸先端科学技術大学院大学(学長・片山 卓也、石川県能美市)マテリアルサイエンス研究科の長尾 祐樹 准教授と名古屋大学(総長・濱口 道成(*)、愛知県名古屋市)ベンチャービジネスラボラトリー(工学研究科)の永野 修作 准教授らは、燃料電池材料の心臓部にあたる水素イオン交換膜の水素イオン伝導性をポリマーの配向性を利用することで高性能化することに成功しました。
*総長名の正式表記は添付の関連資料を参照
次世代エネルギーの一つとして注目されている燃料電池の多くの材料には、高性能化や低コスト化が求められています。固体高分子形燃料電池の心臓部である水素イオン交換膜に対しても、高性能と低コストを両立させる設計方針が求められてきました。
今回、長尾らは、剛直な主鎖骨格を有するポリイミドの配向性を利用することで室温における水素イオン伝導性を従来材料であるNafion膜と比較して約5倍高めることに成功しました。成果のポイントは、ポリマーの配向性を利用し分子の方向を揃え、水素イオンが流れる道を揃えたことにありました。
この成果により、次世代エネルギーで注目される燃料電池における、水素イオン交換膜に対して、低コストを維持したまま従来膜よりも高い水素イオン伝導性を得ることができる可能性が強まりました。この成果を応用することで将来的には、高効率・低コストな水素イオン交換膜の作成など、環境にやさしい燃料電池(例えばエネファームや燃料電池自動車)への応用展開が期待されます。
成果は英国王立化学会(RSC)の「Journal of Materials Chemistry A」で近く公開されます。
※参考画像は添付の関連資料を参照
論文タイトル:Proton Conductivity Enhancement in Oriented,Sulfonated Polyimide Thin Films
(配向性スルホン化ポリイミド薄膜におけるプロトン伝導の増大)
著者:Karthik Krishnan,Hiroko Iwatsuki,Mitsuo Hara,Shusaku Nagano,Yuki Nagao
なお、本成果は名古屋大学との共同開発成果であり、名古屋大学「分子・物質合成プラットフォーム」事業(文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業)の支援を受けました。
本開発成果は、以下の研究助成によって得られました。
事業名:日本学術振興会 最先端・次世代研究開発支援プログラム
開発課題名:「ナノプロトニクス燃料電池の創成」
チームリーダー:長尾祐樹(北陸先端科学技術大学院大学 准教授)
研究開発期間:平成22〜25年度
※参考図は添付の関連資料を参照
<開発の背景と経緯>
次世代エネルギーの一つとして注目されている燃料電池の多くの材料には、高性能化や低コスト化が急務の課題です。水素−酸素型燃料電池やメタノール形燃料電池のような固体高分子形燃料電池(1)の心臓部である水素イオン交換膜(2)に対しても、その解決が求められており、これまで多くの材料開発が試みられてきました。現在、燃料電池に広く利用されている水素イオン交換膜はNafionと呼ばれるものが使われています。その構造は、家庭にあるフライパン上の頑丈なテフロンコートのような水を弾く疎水性部分の中に、水と親和性が高い強酸性の親水性部分が埋まっていると考えられています。この2つの部分の組み合わせや量の比を調整するなど多くの研究が行われてきましたが、合成がますます複雑になるため、その製造コストも含めて考えると、新しい材料が必要とされる状況になっています。
これまで長尾らは、ポリマーの分子配向をそろえることで水素イオン伝導性を向上させる新しい開発アプローチを示してきました。(2013/5/29プレスリリース(http://www.jaist.ac.jp/news/press/2013/post-357.html))従来材料のNafionは配向させることが難しく、このアプローチでは伝導性を高めることができませんでした。今回、より配向しやすい材料であるポリイミドに着目した結果、ポリイミドが配向構造を有した状態の場合、水分子を取り込むことで水素イオン伝導性が増大し、Nafionの水素イオン伝導性を超えることを見出すことができました。
<作成方法>
本成果のポリイミドは、強酸性のスルホン酸基が側鎖に付いたスルホン化ポリイミドというものです(図1)。この材料の特徴は、剛直な主鎖構造や豊富な分子間相互作用、高い化学的安定性等が挙げられます。合成は、3,3’−ジヒドロキシベンジジンの両末端のアミノ基を、アセチル基で保護した後に、1,3−プロパンスルトンを水酸化ナトリウム下で用いることで、ヒドロキシ基の部分に、スルホン酸基を導入します。次に、陽イオン交換樹脂(アンバーリスト)を用いて、スルホン酸基部分のナトリウムをプロトンに交換します。最後に、塩酸を用いて、アセチル基を脱保護してモノマー原料である3,3’−ビス(3−スルホプロポキシ)ベンジジンをモノマーとして得ます。このモノマーを1,2,4,5−ベンゼンテトラカルボン酸二無水物と反応させることでスルホン化ポリイミドを得ることができます。
配向膜の作製は、石英基板上にスピンコート法(3)により成膜するだけでできます。配向膜の同定は、赤外分光法の一種である多角入射分解分光法(MAIRS)(4)で行いました(図2)。得られた薄膜の電気伝導特性(室温)を調べると、Nafion膜よりも5倍高い2.6 x 10−1 S cm−1(*)(ジーメンスパーセンチメートル、伝導率の単位)であることを見出しました(図3)。また、微小角入射X線小角散乱(5)により、この配向膜はライオトロピック液晶性を有することがわかり、水とポリマーの層が層状にサンドイッチ構造になったラメラ構造を有することもわかりました(図4)。湿度を上げていくと、配向膜の状態のまま層間に水分子を取り込むことがわかり、水素イオンが流れる道が広がっていくこともわかりました。それに伴って水素イオン伝導性が向上していると考えることができます。
*「2.6 x 10−1 S cm−1」の正式表記は添付の関連資料を参照
<今回の成果>
これまで我々は、ポリマーの配向性が水素イオン伝導性を高めることができることを実証してきました。今回、ポリイミド材料に展開することで、我々は初めて、既存材料であるNafion膜よりも高い水素イオン伝導性を得ることができました。今回のポイントの一つとしては、Nafionはアモルファス(無定形物質)であるのに対して、本成果のポリイミドは結晶性(規則的な構造)を有することです。そのため、分子の形成するナノ構造と水素イオン輸送の明確な相関について知ることができるようになりました。よって、今まで以上に水素イオンの輸送機構に関して重要な知見を得ることができるようになり、材料設計指針へのフィードバックがしやすくなります。この成果のポイントは、ポリマーの配向性、具体的には水素イオンが流れる道のナノ構造を制御することが水素イオン伝導性向上のために有用であることを示すことができたことにあります。
<今後の展開>
この成果を応用することで将来的には、高効率・低コストな水素イオン交換膜の作成など、環境にやさしい燃料電池など(例えばエネファームや燃料電池自動車)への応用展開が期待されます。
※図1〜4と用語説明は添付の関連資料を参照
<関連リンク>
国立大学 北陸先端科学技術大学院大学 マテリアルサイエンス研究科
http://www.jaist.ac.jp/ms/index.php
名古屋大学
http://www.nagoya-u.ac.jp/
※参考資料は添付の関連資料を参照