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東大など、哺乳類において雌の生殖制御中枢の活動を促進するフェロモンを同定

2014-03-06

哺乳類において雌の生殖制御中枢の活動を促進するフェロモンを同定


<発表者>
 村田健(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 博士課程3年;当時)
 渡邉秀典(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授)
 岡村裕昭(農業生物資源研究所 動物科学研究領域 動物生産生理機能研究ユニット・ユニット長)
 武内ゆかり(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 准教授)
 森裕司(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用動物科学専攻 教授)

<発表のポイント>
 ◆雌ヤギの生殖神経内分泌機能を促進するフェロモンを同定しました。
 ◆哺乳類で初めて、脳の視床下部(注1)にある生殖制御中枢の活動を促進するフェロモンの単離精製と構造決定に成功しました。
 ◆本研究により、哺乳類フェロモンの中枢作用機構への理解が深まり、フェロモンを用いた家畜の繁殖機能を改善する手段の開発などへの応用が期待されます。

<発表概要>
 フェロモンは、「ある個体が放出し、同種の他個体が受容したときに特定の行動や生理的変化を誘起する物質」で、嗅覚系を介した同種間のコミュニケーションに重要な役割を果たしています。哺乳類では、攻撃行動や性行動などを誘起する「行動を制御するフェロモン」は数種類が同定されており、その作用機構も徐々に明らかにされてきましたが、雌の性成熟を早めたり発情を誘起するなどの効果をもつ「内分泌系を制御するフェロモン」に関してはいまだに確実な分子同定が行われておらず、作用機構についてもほとんど不明でした。
 今回、東京大学大学院農学生命科学研究科の森裕司教授と武内ゆかり准教授を中心とする研究グループは、ヤギにおいて非繁殖期の雌が、雄または雄の匂いを感じることで、排卵と発情が誘起される「雄効果」に着目し、生殖制御中枢に促進的に作用するフェロモンとして、4−ethyloctanal(よん エチルオクタナール)という新奇の揮発性化合物を同定しました。この化合物は、雄ヤギの頭部より放出される多くの物質の中から、雌ヤギにおける脳の生殖制御中枢の活動をリアルタイムで観測できる、研究グループが新たに開発したバイオアッセイ(注2)を用いて同定しました。
 雌における生殖制御中枢活動の促進を明瞭に示すフェロモンの同定は、哺乳類では本成果が初めてです。今後は、今回得られた知見をもとに、フェロモンを用いた家畜の繁殖制御方法の開発などへの展開が期待されます。

<発表内容>
 動物のコミュニケーション手段として嗅覚は重要な働きをしており、フェロモンは特に同種間のコミュニケーションに利用される物質です。哺乳類フェロモンは、行動を制御するリリーサーフェロモンと、生理的変化を誘起するプライマーフェロモンに分類されますが、前者については、攻撃行動や性行動などを誘起する物質が、マウス、ゾウ、ブタなどで同定されています。一方でプライマーフェロモンによる現象はマウスにおいてよく知られており、雌の性成熟を早める効果、発情を誘起する効果などがあります。従来、プライマーフェロモンの同定に関する報告もありましたが、近年になって実験に再現性のないことが指摘されており、いまだに確実なプライマーフェロモンの分子同定については成功例がない状況でした。このように哺乳類におけるプライマーフェロモンの同定は非常に難しいのですが、その大きな原因は適切なバイオアッセイ方法が確立されていなかったことにあります。

 図1“雄効果”と呼ばれる強力な性腺刺激現象

  ※添付の関連資料「図1」を参照

 東京大学大学院農学生命科学研究科の森裕司教授と武内ゆかり准教授を中心とする研究グループは、季節性繁殖動物のヤギやヒツジにおける“雄効果”と呼ばれる強力な性腺刺激現象に着目しました。雄効果とは、本来性腺活動が停止している非繁殖期の雌が、雄または雄の匂いを感じることで、排卵および発情が誘起される現象です。この現象では、雌が雄の匂いを嗅いだときに、生殖機能の最上位中枢である視床下部より放出される性腺刺激ホルモン放出ホルモン(Gonadotropin Releasing Hormone,GnRH)のパルス状分泌が促進されることが示唆されていました。哺乳類では、GnRHの分泌を制御する脳領域(GnRHパルスジェネレーター、注3)が視床下部に存在することが明らかにされつつあります。研究グループはこの脳領域の神経活動を電気生理学的に記録することで、GnRHパルスジェネレーターの活動をリアルタイムで観測するシステムを構築し、雌ヤギに嗅がせた物質のフェロモン活性を判定するバイオアッセイに適用しました。

 雄効果フェロモンは、雄ヤギの被毛に付着しており、特に頭頚部で産生される揮発性物質であることを、研究グループはこれまでに明らかにしていました。この知見を利用して、雄ヤギの頭部に吸着剤を封入した自作の帽子をかぶせることで、揮発性成分を捕集して分析したところ、特徴的な化合物として、エチル基側鎖のついたアルデヒドやケトンが検出されました。これらの物質は精巣除去によりテストステロンが産生されない去勢雄ヤギからは検出されませんでした。こうした特徴的な化合物を人工的に合成し、前述したバイオアッセイにより活性のある成分を絞り込んでいったところ、最終的に4−ethyloctanalという化合物に活性が認められました。4−ethyloctanalは自然界では初めて見つかった物質です。また、雄ヤギから見つかった他の化合物と混ぜ合わせた場合は4−ethyloctanal単独よりも強い活性を示す傾向がみられたことから、他の成分と協調してより強い活性を生じることも示唆されました。

 本研究ではフェロモンによって雌の排卵や発情といった生殖機能の出発点となる神経群が活性化することを示しましたが、今後はフィールド研究によって、実際に非繁殖期にある雌ヤギの排卵や発情の誘起を確認していきたいと思っています。雄ヤギの被毛は雌ヒツジにも雄効果を示すことが知られており、本研究で同定された4−ethyloctanalはヒツジにも作用する可能性があります。今後は本研究の成果を発展させてウシやブタなど、日本国内では雌雄を別々に飼育せざるをえない管理上の制約が繁殖障害の一因となっている主要な家畜種を対象とした研究にも取り組み,それぞれの雄効果フェロモンを同定してその実用化を目指していく予定です。また、ヤギにおいて4−ethyloctanalが作用する脳部位と作用機序をより詳細に解析することで、哺乳類に共通する雌の生殖機能促進機構を明らかにできる可能性が高まります。こうした研究は、前述した家畜の繁殖制御のみならず、ヒトを含めた哺乳類全体の生殖機能障害の新たな治療方法の開発にもつながることが期待されます。

 本研究は、科学研究費補助金(基盤(S)、特別研究員奨励費)の支援を受けて行われました。また、本研究は応用動物科学専攻獣医動物行動学研究室、応用生命化学専攻有機化学研究室、農業生物資源研究所および長谷川香料株式会社総合研究所による共同研究の成果です。

<発表雑誌>
 雑誌名    :「Current Biology」(オンライン版:2月27日)
 論文タイトル :Identification of an Olfactory Signal Molecule that Activates the Central Regulator of Reproduction in Goats
 著者      :Ken Murata,Shigeyuki Tamogami,Masamichi Itou,Yasutaka Ohkubo,Yoshihiro Wakabayashi,Hidenori Watanabe,Hiroaki Okamura,Yukari Takeuchi,Yuji Mori
 DOI番号    :10.1016/j.cub.2014.01.073
 アブストラクト :http://www.cell.com/current-biology/abstract/S0960-9822(14)00140-7

<用語解説>
 注1 視床下部
 間脳の一部であり、交感神経・副交感神経機能及び内分泌機能を統括的に調節する脳領域

 注2 バイオアッセイ
 生物材料やその精製物の生物学的な活性を評価するための手法

 注3 GnRHパルスジェネレーター
 GnRHはすべての脊椎動物において生殖活動を制御する重要な神経ホルモンであり、哺乳類ではパルス状に視床下部から下垂体へと神経分泌される。このパルス状のリズムを駆動する神経機構がGnRHパルスジェネレーターと呼ばれている。



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