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慶大など、アクチン細胞骨格の動態が脂肪分化を誘導するメカニズムを解明

2014-03-04

アクチン細胞骨格の動態が脂肪分化を誘導するメカニズムを解明
―癌幹細胞の分化制御を標的とした治療法確立・治療薬開発に期待―


 慶應義塾大学医学部先端医科学研究所(遺伝子制御研究部門)の信末博行(のぶすえ ひろゆき)特任助教、佐谷秀行教授らの研究チームは、日本大学生物資源科学部応用生物科学科の加野浩一郎教授らとの共同研究により、アクチン細胞骨格の動態(注1)変化が脂肪細胞への分化を誘導するという現象の分子機構について解明しました。
 本研究では、『細胞は、はじめに特異的な転写因子の発現によって機能的および形態的に分化する』というこれまでの細胞生物学の常識を覆し、細胞の形態変化によって、その細胞の運命が決まるという、一見逆とも思える現象のメカニズムの一端を明らかにしました。今後、癌細胞の基となる癌幹細胞の形態を変化させて、機能的な正常脂肪細胞へと導く(終末分化させる)という新たな癌治療戦略の開発に寄与する可能性が期待されます。
 本研究成果は英国科学専門誌「Nature Communications」オンライン版に2014年2月26日(英国時間)に掲載されます。


1.研究の背景と目的
 ヒトなどの多細胞生物の体は、形や働きが異なる様々な細胞によって形成されていますが、このように細胞が特定の形と働きを持つようになることを「分化」と呼びます。細胞分化は種々の転写因子の発現によって誘導されることが知られており、未分化な前駆細胞から成熟した脂肪細胞へと分化する時には、PPARγ(注2)と呼ばれる転写因子がまず発現します。他方、細胞は分化に伴ってアクチンと呼ばれる細胞の骨組み(以下アクチン細胞骨格)を再構成し、それぞれの機能に特徴的な形態へと変化することが報告されてきました。しかしながら、アクチン細胞骨格の組み換えによる形態変化と分化という現象がどのような分子機構でつながっているのかは、ほぼ未解明のままでした。今回、信末特任助教らは、アクチン細胞骨格の動態変化が引き金になって脂肪分化が誘導されることを見出し、その分子メカニズムの解明に向けて本研究に取り組みました。


2.研究方法と研究成果の意義
 まず、脂肪細胞のみならず、骨、軟骨、心筋などの細胞に分化する多能性を有する脱分化脂肪細胞株(DFAT)(注3)を用いて、脂肪分化過程におけるアクチン細胞骨格の変化およびPPARγの発現を、時間を追って調べました(図1)。

 ※図1は添付の関連資料を参照

 その結果、DFATでは、分化誘導24時間以内にアクチンファイバーに脱重合(バラバラになること)が生じ、48時間後に脂肪分化のスイッチであるPPARγが発現したのち、脂肪細胞特有の表層アクチンが形成されることが分かりました。また、脂肪分化誘導したDFATにおいてアクチンファイバーの脱重合を阻害したところ、PPARγの発現および脂肪分化が有意に抑制されることがわかりました。

 さらに、アクチンファイバーの形成を誘導するRhoAタンパク(注4)の活性型変異体をDFATに強制発現させ、分化誘導すると、アクチンファイバーの形成が促進され、PPARγの発現が抑制されたものの、RhoAタンパクの下流で活性化されるRhoキナーゼ(ROCK)の阻害剤あるいはアクチン重合阻害剤で処理すると、アクチンファイバーは脱重合し、その結果PPARγの発現は回復することを見出しました(図2)。したがって、RhoA/ROCKシグナルの不活性化がアクチンファイバーの脱重合を促し、PPARγの発現および脂肪分化を直接制御することが明らかとなりました。

 ※図2は添付の関連資料を参照

 次に、アクチンファイバーの脱重合がどのようなメカニズムでPPARγの発現を直接制御するかを解明するために、脱重合によって生じた単量体G−アクチンと直接結合することで知られる転写活性化補助因子MKL1(注5)に着目し、脂肪分化過程におけるG−アクチンとMKL1の細胞内での局在変化について調べました。その結果、分化前まではMKL1はそのほとんどが核内に局在しましたが、分化誘導に伴ってアクチンファイバーが脱重合し、細胞内でのG−アクチンレベルが増加するとともに、MKL1が細胞質内にとどまるようになりました。また、アクチン重合阻害剤であるLatrunclin A(LatA)(注6)で処理することによって、細胞内のG−アクチンレベルが増加し、MKL1の核移行が阻害され、分化誘導剤を添加しなくてもPPARγの発現が誘導されることを見出しました(図3A)。さらに、G−アクチンと結合できない変異型MKL1(MKL1−N100)を強制発現させた細胞では、野生型MKL1と異なり、LatA処理によってG−アクチンレベルを増加させてもMKL1は核内に移行し、PPARγの発現を抑制することも分かりました(図3B、C)。これらのことから、アクチンファイバーの脱重合により増加したG−アクチンがMKL1の核移行を阻害することによって、PPARγの発現が直接誘導されることが明らかとなりました。つまりMKL1は核内ではPPARγの発現を抑える役割を持っていて、核から外に出ることでPPARγの発現が誘導されることになります。

 ※図3は添付の関連資料を参照

 さらに、DFATにおいてMKL1の発現をRNA干渉法(RNAi)(注7)を用いて抑制すると、分化誘導剤がなくてもPPARγの発現が誘導され、脂肪細胞へと分化すること(図4A)、また、MKL1を発現抑制したDFATをマウス皮下に移植すると、体内においても脂肪細胞へと分化し、脂肪組織を形成することがわかりました(図4B)。さらに、元々脂肪分化能をもたないNIH3T3線維芽細胞株においてMKL1の発現を抑制すると、PPARγの発現が誘導されることを見出しました(図4C)。これらにより、アクチン細胞骨格により制御されるMKL1は脂肪分化のゲートキーパーとしての機能が明らかとなりました。

 ※図4は添付の関連資料を参照

 また、脂肪分化においてPPARγと逆相関して、MKL1の発現が減少することを見出しました。そこで、MKL1の発現制御にPPARγが関わっていると考え、PPARγの発現を抑制したところ、脂肪分化に伴うMKL1の発現減少は見られませんでした。一方、PPARγを強制発現させると、MKL1の発現が有意に減少しました。これらのことから、脂肪分化過程においてMKL1とPPARγは相互に抑制し合う機構があることがわかりました。

 ※図5は添付の関連資料を参照

 以上の結果から、線維状のアクチンがばらばらになることにより増加したG−アクチンがMKL1と結合して核への移行を阻害することによってPPARγが発現し始め、そして増加したPPARγによってMKL1の発現が抑えられることで脂肪細胞へと終末分化するという、巧妙なメカニズムが存在することが明らかとなりました(図5)。本研究は、細胞の「かたち」の変化が分化を直接制御する分子メカニズムを解明したものであり、「細胞分化は特異的な転写因子の発現によって直接制御される」という、これまでの常識を覆す新たな概念であると考えます。


3.今後の展開
 今回の発見によって、アクチン細胞骨格の変化が脂肪細胞の分化を誘導するという分子現象が明らかになりましたが、他の細胞種への分化においても類似のメカニズムが働いている可能性があり、幹細胞から特定の細胞への分化をこれまでより容易に誘導できる手段の開発が見込まれます。また未分化な性質を持つ腫瘍細胞、つまり癌幹細胞を、アクチン動態を制御することで終末分化に導いて治療を行うことも理論的には可能であり、今後様々な応用が期待できます。


4.特記事項
 本研究は、独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の研究領域「人工多能性幹細胞(iPS細胞)作製・制御等の医療基盤技術」における研究課題「人工癌幹細胞を用いた分化制御異常解析と癌創薬研究」(研究代表者:佐谷秀行)、文部科学省科学研究費助成事業新学術領域研究「人工癌幹細胞を用いた治療抵抗性克服戦略の開発」(研究代表者:佐谷秀行)、及び先端医療技術産業化研究事業の研究課題「細胞治療技術における細胞調整技術、評価技術及び作用機序等の基礎研究」(研究分担者:加野浩一郎)における研究の一環として行われました。


5.論文について
 タイトル(和訳):Regulation of MKL1 via actin cytoskelton dynamics drives adipocyte differentiation.
 (アクチン細胞骨格の動態によるMKL1の制御は脂肪分化をドライブする)
 信末博行、大西伸幸、清水孝恒、杉原英志、沖嘉尚、住川優子、千代田達幸、赤司浩一、佐谷秀行、加野浩一郎
 *2014年2月26日に英国科学専門誌「Nature Communications」オンライン版に掲載。


 ※用語解説は添付の関連資料を参照


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