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東大、骨格筋におけるグルココルチコイドレセプターの標的遺伝子を同定し筋萎縮の分子機構を解明

2011-02-05

骨格筋におけるグルココルチコイドレセプターの標的遺伝子同定と
筋萎縮の分子機構解明 −副腎皮質ステロイドホルモンの副作用の
仕組みを解明し新しい治療法を開発


【発表者】
 田中廣壽(東京大学医科学研究所先端医療研究センター免疫病態分野 准教授)
 清水宣明(東京大学医科学研究所先端医療研究センター免疫病態分野 特任研究員)
 吉川賢忠(東京大学医科学研究所附属病院 助教)
 森本幾夫(東京大学医科学研究所先端医療研究センター免疫病態分野 教授)


【発表概要】
 骨格筋は身体の40%以上を占める臓器であり、姿勢保持、運動、そして栄養の貯留と供給など、生きていく上で重要な役割を担っています。成人の骨格筋量は主として筋細胞内のタンパク質の合成速度と分解速度のバランスによって調節され、病気や薬剤などによってそのバランスが破綻すると筋萎縮が起こります。それにより、移動能力の低下、転倒骨折リスクの上昇、病臥の長期化とさらなる筋萎縮の進行という負のスパイラル(悪循環)に至ることも稀ではありません。超高齢化社会に向かう現在、筋萎縮の病態解明と治療法開発は喫緊の課題です。
 膠原病などの代表的治療薬である副腎皮質ステロイドホルモン−グルココルチコイドの作用と副作用は不可分であり、しばしば「諸刃の剣」に例えられます。ここで、グルココルチコイド投与時に合併する筋萎縮は軽微な副作用に分類されてはいるものの、潜在的に筋萎縮と筋力低下に悩む患者さんは決して少なくないことが実態調査によって判明しています。
 今回、私たちは、独自に開発したグルココルチコイドレセプター(GR)標的遺伝子の網羅的探索法を骨格筋に応用し、新規GR標的遺伝子同定によってグルココルチコイド筋萎縮の新たな分子機構を解明しました。同時に、新規治療法を開発し、グルココルチコイド筋萎縮患者を対象とした臨床試験を東京大学医科学研究所附属病院において準備中です。この新規治療法はグルココルチコイドの筋萎縮という副作用克服のみならず、生活習慣病など他の疾患における筋萎縮にも有効な可能性もあります。また、私たちが構築した一連の研究手法が今後他の臓器や副作用にも応用されることによって、グルココルチコイドの副作用克服を通じて多くの患者さんの予後改善に役立つものと思われます。


【背景】
 副腎皮質から分泌されるステロイドホルモンであるグルココルチコイドは生体恒常性維持に必須のホルモンであるとともに、いわゆる「ステロイド」として膠原病などの自己免疫疾患やアレルギー性疾患をはじめ、臨床医学の広範な領域において汎用されています。その一方で、グルココルチコイドの作用と副作用は不可分であり、グルココルチコイド治療はいわば「諸刃の剣」のため、現在も多くの患者さんが副作用に悩んでいます。しかし、副作用発現のメカニズムは未だに不明であり、その根本的解決にはほど遠いのが現状です。

 グルココルチコイドは骨格筋においてタンパク質分解促進作用と合成抑制作用を有し、薬理量が投与されると筋萎縮がおこることが40年以上前から知られていました。教科書的にはグルココルチコイド筋萎縮は軽症の副作用に分類されていますが、正確な実態は不明です。昨年、全国膠原病友の会の全面的な協力を得て調査した結果、グルココルチコイド服用後に筋力低下で悩む患者さんは決して少なくなく、しかも積極的な医療介入も行われていない実態が判明しました。かかる状況は約30年前に骨粗鬆症がおかれていたそれに酷似しています。筋萎縮は、とくに高齢者では、いわゆるロコモティブシンドローム(用語解説1)や運動器不安定症(用語解説2)の主要な原因ともなりえ、転倒骨折リスクの上昇、病臥の長期化と感染などの合併、さらなる筋萎縮の進行、という負のスパイラル(悪循環)に至ることもあるのです。ここで、他の組織と同様に、骨格筋においてもグルココルチコイドの作用は細胞内の転写因子(用語解説3)であるグルココルチコイドレセプター(GR)(用語解説4)と結合することによって発現されます。したがって、GRが様々な遺伝子の発現量を調節した結果として筋萎縮が起こると考えられますが、筋萎縮発症の鍵となるGR標的遺伝子(用語解説5)や、タンパク質の分解促進・合成抑制のメカニズムは不明でした。

 私たちは東京大学医科学研究所附属病院アレルギー免疫科において膠原病患者の診療に携わるとともに、独自の研究成果を膠原病臨床に橋渡しすることをミッションとしております。とくに、グルココルチコイドの作用・副作用の分子機構解明と副作用のないグルココルチコイド療法の開発をとおして膠原病診療を進歩させることが主要なテーマです。今回、独自に開発したGR標的遺伝子の網羅的探索手法(参考文献1)を骨格筋に応用して新しいGR標的遺伝子を同定し、国立精神・神経医療研究センター、味の素製薬、慶應義塾大学医学部との共同研究によってグルココルチコイド筋萎縮の分子機構を解明したとともに、新規治療法のプロトタイプとして分岐鎖アミノ酸(BCAA,用語解説6)によるmTORC1(用語解説7)活性化療法を開発しました。


【研究の内容】
 本研究では、主にグルココルチコイド筋萎縮モデルラットを用いて以下のことを明らかにしました。
 第一にGRは複数の標的遺伝子の発現を介して筋萎縮を引き起こすことを解明しました。すなわち、GRは同じく転写因子であるKLF15遺伝子の発現上昇を介して、玉突き式にKLF15が標的とする多くの筋萎縮関連遺伝子発現を増強します。これらの筋萎縮関連遺伝子には、タンパク質分解を促進するはたらきを持つものと、BCAA分解を促進するはたらきを持つものが含まれます。細胞内のBCAA濃度の低下は、栄養のセンサーでありタンパク質合成促進の鍵因子でもあるmTORC1の活性低下を引き起こします。一方、GRはmTORC1抑制タンパク質であるREDD1遺伝子をも標的としてその発現を上昇させます。つまり、GRは骨格筋タンパク質の分解亢進と合成低下に関与する多数の遺伝子発現を協調的にコントロールして筋萎縮を引き起こすことがわかったのです。栄養の貯蔵と供給も骨格筋の生理的に重要なはたらきであることを考えると、飢餓などのストレスを受けた際にGRは骨格筋から重要臓器に栄養を再分配する上できわめて効率的な役割を果たすといえます。
 第二に、mTORC1はGRに拮抗してグルココルチコイドによる筋萎縮を抑制することがわかりました。骨格筋が栄養を感知するとmTORC1はタンパク質合成を促進すると同時にGRの働きを抑えて筋萎縮に拮抗するのです。このように、mTORC1とGRという、同化促進と異化亢進という各々相反する性質を持った骨格筋量制御の鍵分子同士が多段階的にお互いの活性を抑制し合うことでバランスをとるという、きわめて巧妙な筋量制御の仕組みを紐解くことができました。
 グルココルチコイド療法の場合、生理的必要量を遙かに超える量のホルモンが投与されるため、この仕組みが破綻してバランスが異化に傾き、筋萎縮がおこります。私たちは、グルココルチコイド筋萎縮モデルラットにおいて、このバランスを是正するべく、mTORC1活性化作用を有するBCAAを投与しました。すると、mTORC1活性の回復、GRによる遺伝子発現の抑制が確認されたとともに、グルココルチコイドによる筋量減少と筋力低下を防止することができました。


【治療への応用・今後の展開】
 今回の研究は、骨格筋を用いて、GRの標的遺伝子の網羅的探索がグルココルチコイドのはたらきや副作用のメカニズム解明とその治療法確立にきわめて有効な手段であることを示したといえます。今後、この手法が多くの臓器に応用されることによって、グルココルチコイドの副作用が克服されグルココルチコイド療法が進歩することを期待しています。
 グルココルチコイド筋萎縮は臨床的には軽視される傾向がありますが、膠原病をはじめとしたグルココルチコイド治療を受ける患者さんの日常生活に与える影響は大きく、特に高齢者では骨折や感染などの合併症のリスク因子として重要なことは自明です。私たちの研究成果によって患者さんのQOLが改善されるとともにこれらのリスクが回避され、疾患自体の治療にも貢献することを期待します。また、最近、糖尿病などの慢性疾患に伴う筋萎縮、廃用性筋萎縮(潜在患者数は数百万人)においても、GRの関与が示唆されています。したがって、私たちの研究成果とその実用化は多方面に波及効果を有する可能性もあると考えます。新しい治療法の開発が疾患の臨床に変革をもたらすことは骨粗鬆症の歴史が如実に示しています。今回の成果によって筋萎縮の系統的かつ基礎疾患横断的な研究の進展と臨床への展開が加速化されることを期待します。

 最後に、現在、BCAAを含有する機能性食品を含む膨大な数の民間療法が筋力増強作用をうたい、一定の市場を形成しています。しかし、そのほとんどが健康人、アスリートを対象にしたものであり、本来筋力を増強されるべき疾患に苦しむ患者さんを対象にしたものではありません。このゆがんだ状況を是正するためにも、一日も早く科学的なエビデンスを有する筋萎縮治療を確立して医療的介入を可能にしなくてはならないと考えます。


【参考文献】
 1.Yoshikawa N. et al. Am J Physiol Endocrinol Metab. 2009;296(6):E1363−73.


【用語解説】
1.ロコモティブシンドローム
 運動器の障害による要介護の状態および、要介護リスクの高い状態。

2.運動器不安定症
 保険収載された疾患概念。運動機能低下をきたす疾患(またはその既往)が存在すること、日常生活自立度判定がランクJまたはAであること、運動機能評価テストの項目を満たすこと、が条件。

3.転写因子
 遺伝子DNAの調節領域に作用してその遺伝子の発現を制御するタンパク質。

4.グルココルチコイドレセプター(GR)
 性ホルモンのレセプターなどとともに核内レセプタースーパーファミリーという転写因子のグループに属するタンパク質。GRは1種類であり、ほぼすべての臓器に存在し、グルココルチコイドを結合して核に移行する。その後、標的遺伝子(用語解説5)の調節領域に結合して遺伝子発現を正ないし負に制御して作用を現す。グルココルチコイドの作用が臓器ごとに異なるのは、GR標的遺伝子に違いがあるためと考えられている。一方、グルココルチコイドが薬剤として用いられた場合もGRを介して作用が発現するため、作用と副作用の分離は原理的に不可能とされている。

5.標的遺伝子
 GRやKLF15など、特定の転写因子のはたらきによって、その発現量が直接増減される遺伝子。通常ひとつの転写因子について複数の標的遺伝子が存在する。臓器の違いや細胞内外環境の変化に応じて、標的遺伝子の種類が相違、変化することがある。

6.分岐鎖アミノ酸(BCAA)
 ヒトが体内で合成できない必須アミノ酸である、バリン、ロイシン、イソロイシンの3種類の総称。枝分かれした炭素鎖を側鎖に持つ。タンパク質性食品、スポーツ飲料などに含まれる。mTORC1(用語解説7)活性化を介してタンパク質合成促進作用を有する。しかし、mTORC1活性化機構を含め、骨格筋に対する作用機構は十分わかっていない。

7.mTORC1
 タンパク質合成を促進するはたらきを持つmTORをコアとした酵素複合体のひとつで、栄養状態・酸素濃度などの細胞外の環境変化に応じてタンパク質合成速度を制御する。たとえば、低酸素、飢餓などの際、mTORC1活性は抑制され、タンパク質合成は低下する。この複合体が機能しないモデル動物の骨格筋は、重篤な形態異常が観察され、筋力も低下する。


【発表雑誌】
 雑誌名:Cell Metabolism(2月1日オンライン版発刊予定)
 論文名:Crosstalk between glucocorticoid receptor and nutritional sensor mTOR in skeletal muscle(骨格筋におけるグルココルチコイドレセプターと栄養センサーmTORのクロストーク)
 著者名:清水宣明、吉川賢忠、伊藤尚基、丸山崇子、鈴木友子、武田伸一、
      中江淳、田形勇輔、西谷しのぶ、竹鼻健司、佐野元昭、福田恵一、末松誠、
      森本幾夫、田中廣壽


【参照URL】
 Cell Metabolism誌ウェッブページ
 http://www.cell.com/cell-metabolism/home


【添付資料】
 骨格筋の量は、各々異化、同化の鍵分子であるグルココルチコイドレセプターGRとmTORC1の互いに排他的相互作用によって規定される。グルココルチコイド療法などによってこのバランスが破綻し異化に傾くと筋萎縮が起こる。mTOR活性化薬はそれを是正して筋量を回復させる。

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