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東大、Cas9タンパク質が、標的DNAを切断する分子機構を解明
ゲノムDNAを自在に切断する"はさみ"のかたち
〜Cas9タンパク質の構造解明〜
<発表のポイント>
>ゲノム編集(注1)ツールとして注目されているCas9タンパク質(注2)が、標的DNAを切断する分子機構を解明した。
>Cas9(DNA切断酵素)とガイド鎖RNA(Cas9を標的のDNA配列まで導くRNA)、および、標的DNAとの三者複合体の結晶構造を世界で初めて解明した。
>本研究の成果により、ライフサイエンス研究に幅広く貢献する新たなゲノム編集ツールの開発が期待される。
<発表概要>
ゲノム編集技術は、任意のゲノムDNA配列を挿入・削除できる最新技術であり、ノックアウト動物の作製や農作物の品種改良などさまざまな場面で利用されています。最近、新規のゲノム編集技術として、原核生物のもつCRISPR−Cas系(注3)とよばれる獲得免疫機構の応用が注目を集めています。CRISPR−Cas系では、Cas9タンパク質(DNA切断酵素)がガイド鎖RNA(Cas9を標的のDNA配列まで導くRNA)と共同し、標的DNAを切断します。Cas9を応用したゲノム編集技術は、従来の技術よりも迅速・簡便であるため急速に普及し始めています。しかし、Cas9が標的DNAを切断する分子機構は謎に包まれていました。
今回、東京大学大学院理学系研究科の西増 弘志 助教、石谷 隆一郎 准教授、濡木 理 教授は、MITのFeng Zhang 博士のグループとの共同研究により、Cas9とガイド鎖RNAおよび標的DNAとの三者複合体の結晶構造を解明しました。その結果、ガイド鎖RNAと標的DNAは二重らせんを形成しCas9と結合することや、Cas9の2つヌクレアーゼドメイン(DNA切断活性をもつ領域)は標的DNAを切断するのに適した位置に存在していることが明らかとなりました。
本研究により明らかになった結晶構造は、より安全で効率的なゲノム編集ツールの開発基盤として、ライフサイエンスの発展に大きく貢献することが期待されます。
<発表内容>
ゲノム編集技術は、任意のゲノムDNA配列を挿入・削除できる技術であり、ノックアウト動物の作製や農作物の品種改良などのライフサイエンス研究のさまざまな場面で用いられています。最近、新規のゲノム編集技術として、原核生物のもつCRISPR−Cas系とよばれる獲得免疫機構(図1)の応用が注目されています。CRISPR−Cas系では、Cas9とよばれるタンパク質(DNA切断酵素)が、ガイド鎖RNA(Cas9を標的のDNA配列まで導くRNA)と結合することで、ガイド鎖RNAと相補的な標的二本鎖DNAを切断します(図2)。Cas9とガイド鎖RNAを細胞に共発現させることでゲノム中の特定の標的配列を切断できることから、2012年のCas9の発見以降、さまざまな生物種において適用可能なゲノム編集ツールとしてのCas9の応用研究が急速に進んでいます。さらに、Cas9を用いた応用技術はゲノム編集にとどまらず、Cas9を応用した新規の転写調節技術や生細胞イメージング技術が続々と報告されています。このような応用研究が爆発的な進展を見せている一方、Cas9がガイド鎖RNAと共同して標的DNAを切断する分子機構は謎に包まれていました。
今回、東京大学の濡木 理 教授らの研究グループは、Cas9とガイド鎖RNA、標的DNAからなる三者複合体を結晶化し、大型放射光施設SPring−8(注4)においてX線回折データを収集し、その結晶構造を2.5 Å(オングストローム、0.1ナノメートル)の分解能で解明することに成功しました(図3)。その結果、Cas9は2つのローブ(タンパク質分子中の機能的なひとかたまり、RECローブとNUCローブ)から構成されることや、ガイド鎖RNAは標的DNAとワトソン・クリック塩基対により二重らせんを形成し、2つのローブの間に結合していることを見出しました。Cas9の2つのヌクレアーゼドメイン(DNA切断活性をもつ領域、HNHドメインとRuvCドメイン)は標的二本鎖DNAを切断するのに適した位置に存在していました。
原核生物から発見された制限酵素や耐熱性DNAポリメラーゼを応用した遺伝子工学がライフサイエンスに革命をもたらしたように、Cas9の発見はライフサイエンスに新たな革命を起こしつつあります。たとえば、これまで技術的に困難だった複数遺伝子の同時ノックアウトや霊長類におけるノックアウト動物の作製がCas9を応用したゲノム編集技術により迅速・簡便に実現可能であることが報告されています。したがって、今回明らかとなったCas9の結晶構造は、原核生物のもつこの見事な獲得免疫機構の解明にとどまらず、より有用なゲノム編集ツールの開発を促進し、ライフサイエンスの発展に大きく貢献することが期待されます。
※図1は添付の関連資料を参照
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(さきがけ)「立体構造にもとづく次世代ゲノム編集ツールの創出」(研究代表者:西増 弘志)、JST戦略的創造研究推進事業(CREST)「慢性炎症による疾患発症機構の構造基盤」(研究代表者:濡木 理)、最先端研究開発支援プログラム「未解決のがんと心臓病を撲滅する最適医療の開発」(研究代表者:永井 良三)に支援を受けて行われました。
<発表雑誌>
雑誌名「Cell」(2月13日オンライン版公開、2月27日プリント版掲載)
論文タイトル
Crystal Structure of Cas9 in Complex with Guide RNA and Target DNA
著者
西増弘志(1),(2)、F.Ann Ran(3)、Patrick D. Hsu(3)、Silvana Konermann(3)、Soraya Shehata3、堂前直4、石谷隆一郎1、Feng Zhang3,(*)、濡木理1,(*)
1.東京大学大学院理学系研究科、2.独立行政法人科学技術振興機構、さきがけ、3.Broad Institute of MIT and Harvard、4.独立行政法人理化学研究所
*責任著者
DOI番号10.1016/j.cell.2014.02.00
◇図2〜3は添付の関連資料を参照
<用語解説>
注1 ゲノム編集
人工ヌクレアーゼとよばれるDNA切断酵素を用いてゲノムDNAを配列特異的に切断し、その切断部位が修復される過程で偶発的に生じる変異を利用した遺伝子改変技術。培養細胞から動植物まで広く適用可能な遺伝子破壊(ノックアウト)・挿入(ノックイン)技術として注目されている。これまでゲノム編集にはZFNやTALENとよばれる人工ヌクレアーゼが利用されてきたが、2012年のCas9の発見以降、Cas9を応用したゲノム編集技術が急速に進展している。Cas9の配列特異性はガイド鎖RNAの配列によって決定されるため、従来の人工ヌクレアーゼと比較して、Cas9は標的配列を迅速・簡便に変更できる点で優れている。
注2 Cas9
II型CRISPR−Cas系に関与するDNA切断酵素。Cas9は100〜150kDa(キロダルトン)の巨大なタンパク質で2つのヌクレアーゼドメイン(HNHドメインとRuvCドメイン)をもつ。それ以外の領域は既知タンパク質と配列相同性をもたず、その機能はこれまで不明だった。
注3 CRISPR−Cas獲得免疫系
原核生物がもつ獲得免疫機構。ファージやプラスミドなどの外来DNAからの感染に対する防御機構としてはたらく。原核生物の細胞内に侵入した外来DNAはCasタンパク質のはたらきによりCRISPRアレイとよばれるゲノム領域に取り込まれる。CRISPRアレイから転写されたガイド鎖RNAは、Cas9タンパク質と複合体を形成し、ガイド鎖RNAと相補的な外来DNA(感染経験のある外来DNA)を切断する。CRISPR−Cas系は関与するCasタンパク質の違いなどにもとづきI〜III型に分類される。
注4 SPring−8
兵庫県の播磨科学公園都市にある大型放射光施設。世界最高クラスの放射光(電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する細く強力な電磁波)を発生させることができる。SPring−8の放射光は、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究に利用されている。