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理化学研究所、新しい抗うつ薬として期待されるケタミンはセロトニン神経系に作用

2014-01-15

新しい抗うつ薬として期待されるケタミンはセロトニン神経系に作用
−即効性と持続性を持つ抗うつ薬のメカニズムの一端を解明−


<ポイント>
 ・即効性で持続的な抗うつ作用があるケタミンはセロトニン1B受容体に作用
 ・ケタミンが「やる気」に関わる2つの脳領域でセロトニン1B受容体を活性化
 ・新しい抗うつ薬の開発、うつ病の画像診断の実現に期待


<要旨>
 理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、新しいタイプの抗うつ薬として注目されている「ケタミン」が、セロトニン1B受容体[1]の活性を“やる気”に関わる2つの脳領域で上昇させることを、サルを対象とした陽電子放射断層画像法(PET)[2]によって明らかにしました。これは、理研ライフサイエンス技術基盤研究センター(渡辺恭良センター長)生体機能評価研究チームの尾上浩隆チームリーダー(イメージング機能研究グループ、グループディレクター兼任)、山中創特別研究員らとスウェーデン カロリンスカ研究所の研究チームによる成果です。

 現在一般的に用いられている抗うつ薬は、セロトニン神経系[3]に作用しますが、治療効果が現れるまで数週間かかります。一方、麻酔薬・鎮痛薬として使用されるケタミンは、低用量で既存の抗うつ薬にはない即効性と持続性のある抗うつ効果を示すことが臨床研究で報告されています。ケタミンは、グルタミン酸受容体[4]の1つである「NMDA受容体」に作用しますが、その抗うつ作用のメカニズムは未解明なままです。特に、ヒトと近縁である霊長類を用いてセロトニン神経系に焦点を当てた研究は、ほとんど行われていませんでした。

 研究チームはアカゲザルを対象に、ケタミン投与とセロトニン神経系との関係を明らかにするため、PETを用いて脳内でのセロトニン神経系の活性を測定しました。その結果、ケタミン投与後に、セロトニンの受容体の1つ「セロトニン1B受容体」が、“やる気”に関わる脳領域である側坐核と腹側淡蒼球の2つの領域で活性化することが分かりました。さらに、抗うつ効果に密接に関係するもう1つのグルタミン酸受容体「AMPA受容体」の機能を阻害すると、この活性化は見られなくなりました。この結果から、ケタミンの抗うつ効果にはセロトニン神経系とグルタミン酸神経系の2つが密接に関与していることが分かりました。

 今回、ケタミンの作用に2つの脳領域のセロトニン1B受容体が深く関与していることが明らかになりました。この成果により、ケタミンの抗うつ作用のメカニズムの解明、ケタミンと同様の即効性と持続性を持つ新しいタイプの抗うつ薬の開発や、この領域に着目した脳機能画像によるうつ病の診断法の実現が期待できます。

 本研究の一部は、文部科学省科学研究費補助金 基盤研究(B)の支援を受けて行われ、成果は米国のオンライン科学雑誌『Translational Psychiatry』(1月7日付け:日本時間1月8日)に掲載されます。


<背景>
 うつ病の原因の1つとして、強いストレスなどにより脳内の神経伝達物質であるセロトニンの濃度が低下することが考えられており、現在、脳内のセロトニン濃度を高める薬(セロトニン再取り込み阻害薬)が抗うつ薬として広く使用されています。この薬は効果の発現が遅く、毎日服用しても治療効果が現れるまで数週間かかり、吐き気や神経過敏などの副作用が見られ、このことがうつ病患者の回復を遅らせたり、自殺のリスクを高める要因となっています。最近、麻酔・鎮痛などに使用されているケタミンが、低用量の投与で2時間以内に抗うつ作用を示し(即効性)、その効果が数日間持続すること(持続性)が報告されました。既存の抗うつ薬では効果が低いうつ病の患者にも治療効果が認められたことから、新しいタイプの抗うつ薬として期待されています。

 ケタミンは、脳内の神経伝達物質であるグルタミン酸の受容体の1つ「NMDA受容体」に作用します。これまで、ケタミンのうつ病に対する作用メカニズムについて、マウスなどげっ歯類を用いた研究が行われているものの、不明な部分が多い状況です。特に、霊長類を対象とした研究はほとんど行われておらず、ヒトに近い哺乳動物におけるケタミンのセロトニン神経系への影響は不明なままでした。

 セロトニンによる神経伝達は、シナプスに存在するセロトニン受容体を介して行われます。複数種あるセロトニン受容体の中でも、セロトニン1B受容体は特にうつ病に関係することが知られています。そこで、研究チームは、セロトニン1B受容体に特異的に結合するPETプローブ[2]([11C]AZ10419369)(◇)を新たに合成し、ケタミンがセロトニン神経系に及ぼす影響を調べることにしました。

 ◇「([11C]AZ10419369)」の正式表記は、添付の関連資料を参照


<研究手法と成果>
 研究チームは、[11C]AZ10419369を用いて4頭のアカゲザルで脳のPET撮影を行いました。その結果、ケタミンの投与により、側坐核と腹側淡蒼球において[11C]AZ10419369のセロトニン1B受容体への結合上昇が見られ、脳の2つの領域でセロトニン1B受容体の活性が有意に上昇していることを発見しました(図1)。この2つの脳領域は、“やる気”つまりモチベーションを作り出す領域であり、うつ病に関連が深いと考えられている神経回路の一部です。

 次に、この2つの脳領域でのセロトニン1B受容体が、ケタミンの抗うつ作用と関係しているかを調べました。マウスやラットを用いた実験から、グルタミン酸受容体のもう1つのタイプであるAMPA型受容体の機能を阻害するNBQX[5]を前投与すると、ケタミンの抗うつ作用が失われることが分かっています。そこで、NBQXを前投与したアカゲザルにおいて、ケタミン投与の効果に変化が生じるかを調べました。その結果、側坐核と腹側淡蒼球でのセロトニン1B受容体の活性上昇が見られなくなることが分わかりました(図2)。以上の結果から、この2つの脳領域におけるケタミンのセロトニン1B受容体への作用が、ケタミンの抗うつ作用のメカニズムに重要な役割を持っていると考えられました(図3)。


<今後の期待>
 ケタミンは新しいタイプの抗うつ薬として可能性があると期待されていますが、薬物依存性を持つため、日本ではうつ病患者への投与は認可されていません。しかし、ケタミンの抗うつ作用とセロトニン1B受容体の関連性が示されたことから、今回の成果が即効性と持続性をもつ新しいタイプの抗うつ薬の開発に応用されることが期待できます。また、今回用いた脳内のセロトニン1B受容体のPETによるイメージングは、うつ病の画像診断にも応用できる可能性があります。さまざまな疾患に応じたPETプローブの開発と、それを使った分子イメージング手法による疾患関連分子の動態解析は、創薬・診断技術開発の基盤となるライフサイエンス技術として今後の発展が期待されます。


<原論文情報>
 ・Hajime Yamanaka,Chihiro Yokoyama,Hiroshi Mizuma,Sachi Kurai,Sjoerd J Finnema,Christer Halldin,Hisashi Doi,and Hirotaka Onoe."A possible mechanism of the nucleus accumbens and ventral pallidum 5−HT1B receptors underlying the antidepressant action of ketamine:a PET study with macaques".Translational Psychiatry,2014


<発表者>
 独立行政法人理化学研究所
 ライフサイエンス技術基盤研究センター(http://www.riken.jp/research/labs/clst/
 生命機能動的イメージング部門(http://www.riken.jp/research/labs/clst/biofunct_dyn_img/
 イメージング機能研究グループ 生体機能評価研究チーム(http://www.riken.jp/research/labs/clst/biofunct_dyn_img/img_funct/biofunct_img/
 チームリーダー 尾上 浩隆(おのえ ひろたか)


 ※補足説明・図1〜3は、添付の関連資料を参照


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