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東北大、自分の手の周囲の空間に特化した知覚機構が人間の脳内に存在することを発見

2014-01-09

手の周りがよく見える仕組み
(自己身体近傍空間に特化した新たな視知覚機構の発見)


<概要>
 東北大学電気通信研究所の松宮一道助教,塩入諭教授の研究グループは,自分の手の周囲の空間に特化した知覚機構が人間の脳内に存在することを発見しました。手を使って物を動かしたり,道具を操作する際に,手に対して対象物がどこにあるかを理解することは,効率的な作業をする上で欠かせません。私たちは視覚情報に基づき様々な行動を行うことができ,ロボットではとてもまねができない複雑で多様な行動を行うことができます。そのような処理に関連すると考えられている身体周囲の空間知覚に特化した脳機能が近年注目されており,脳活動計測を始めとした数多くの研究がなされてきました。しかし,その知覚機能がどのような仕組みで働くのかは大きな問題として残されていました。本研究グループは,運動残効と呼ばれる心理現象を利用して,動かしている手が自分の身体の一部であるという気づき(身体性自己意識)と手の周囲の空間知覚の関係を心理物理実験により調べました。運動残効とは,ある一定の視覚的な動き(順応刺激)をしばらく観察した後,物理的に静止したパターン(テスト刺激)を見ると,テスト刺激が順応刺激と反対方向に動いているように知覚される現象です。この現象は,通常,順応刺激とテスト刺激が網膜上で同じ位置にあるときに生じますが,本研究グループはこれらの刺激が手に対して同じ位置に呈示されていれば,網膜上での位置が一致しなくても運動残効が生じることを発見しました。さらに,この運動残効は,動かしている手が自分の身体の一部であると感じるときだけ生じることがわかりました。これらの結果は,手の身体性自己意識が手を中心とした座標系で表現された空間知覚表象を誘発していることを示唆しています。本研究成果により,身体周囲の物体と身体とのインタラクションにおける身体性自己意識の機能的役割の理解が大きく進展することが期待され,身体性自己意識を考慮することで効率よく直観的に操作できる新たなヒューマンインターフェースの開発が期待されます。また,本研究の成果は,事故などで身体の一部を失った患者が装着する義手などの自己身体への帰属の度合いを評価するための新たな客観的指標を提供する可能性があり,今後の発展が期待されます。この研究成果は,2013年12月26日(米国時間)に発行される米国科学誌「Current Biology」(電子版)に掲載されます。

<研究の背景>
 手を使って物体を操作するとき,我々は物体と自分自身の手の両方の動きを見ます。もし,見えている自分の手を自分の手と認識できないなら,物体操作を上手く実行することができないことは容易に想像がつくと思います。実際に,脳の前頭葉頭頂葉(注1)に損傷を受けた患者の中には,見えている自分の手が自分のものでないように感じる患者が存在することが報告されており,この手の自己意識(注2)を失うと日常の手作業に重大な支障をきたすことが指摘されています。しかし,そのような手の自己意識が物体操作においてどのような役割を担っているのかは明らかにされていませんでした。過去の研究により,手と物体の間の空間関係を知覚することが手技操作の精度を向上させることが指摘されていたため,本研究グループは,手の周囲の空間知覚は自己の手を中心とした座標系で視覚信号を処理する脳内の特殊なメカニズムによって実現され,手の自己意識がそのメカニズムに関与しているのではないかと考えました。

<研究の方法>
 本研究では,運動残効と呼ばれる心理現象を利用しました。運動残効とは,ある一定の視覚的な動き(順応刺激)をしばらく観察した後,物理的に静止したパターン(テスト刺激)を見ると,テスト刺激が順応刺激と反対方向に動いているように知覚される現象です。この現象は,通常,順応刺激とテスト刺激が網膜上で同じ位置にあるときに生じます。運動残効は,脳内の初期視覚野に存在する動きの方向に選択性を示す神経細胞の順応を反映していると考えられています。脳内の初期視覚野は,視覚情報を網膜座標系に基づいて表象しているため,順応刺激とテスト刺激が網膜上で同じ位置に呈示されるときに運動残効が生じるという実験的証拠とうまく対応しています。しかし,最近の研究により,より高次の運動視処理機構(注3)にアクセスできるテスト刺激を利用すれば,順応刺激とテスト刺激が網膜上で一致していなくても,外部の座標系(例えば,頭部座標)内でそれらの刺激の位置が一致すれば運動残効が生じることがわかってきました。これは,ある特定の条件では,運動残効が網膜座標系以外の別の座標系に基づいて生じることを示唆しています。
 さらに,近年の神経生理学的研究によりますと,脳内の運動前野と呼ばれる高次領野(注4)に視覚的な動きの方向への選択性を示す神経細胞が存在し,その細胞の応答が見えている自分の手の位置によって変調されることが報告されています。運動残効が視覚的な動きに方向選択性を示す神経細胞の順応を反映していることを考慮すると,この報告は運動残効が手を中心とした座標系で生じる可能性を示唆しています。本研究では,高次運動視処理機構を探査できると考えられているテスト刺激を使って,この可能性を調査しました。この調査を行うために,自然な位置で自分自身の手が見え,その手の近くで視覚運動パターンを呈示し,その視覚運動パターンの動きを被験者の手で操作できる実験装置を開発しました(図1)。さらに,手に対する自己意識を実験的に制御するために,被験者自身の手は見えないようにし,その代わりにコンピュータグラフィックスにより作成された手(CGハンド)を呈示し,CGハンドに対して身体性自己意識(所有感覚と運動主体感覚)が誘発できる実験方法を開発しました。ここで開発された実験方法を用いて初めて,身体性自己意識が自己身体周囲の空間知覚表象に与える効果について心理物理学的に明らかにすることが可能になりました。

<成果の内容>
 図2に,順応刺激とテスト刺激の呈示位置の関係を変化させたときの運動残効の強度を示します。被験者の手の近くに呈示された順応刺激の動きに順応した後,テスト刺激の呈示位置が順応刺激と網膜上で一致していなくても,手に対して同じ位置であれば運動残効(手中心運動残効)が生じていることがわかります。
 図3に,CGハンドの姿勢(被験者の手の姿勢と一致か不一致)と被験者の手の動きのモード(能動的か受動的な動き)を変えたときに,CGハンドに対する所有感覚と運動主体感覚をどの程度感じたかどうかを示します。CGハンドの姿勢が,見えない被験者の手の姿勢と一致し,被験者がCGハンドを能動的に動かしたときに,CGハンドに対して所有感覚と運動主体感覚が強く誘発されていることがわかります。
 図4に,CGハンドの周囲に呈示された視覚運動パターンに対して,CGハンドの姿勢と被験者の手の動きのモードを変えたときの手中心運動残効の強度を示します。CGハンドに対して所有感覚と運動主体感覚の両方が誘発される条件のときのみ,手中心運動残効が生じていることがわかります。
 これらの結果により,CGハンドにおいても自己の手であるという身体性自己意識を誘発することができ,この自己意識が手を中心とした空間知覚表象を立ち上げることが明らかとなりました。

<研究の意義>
 見えている身体部位に対して生起される所有感覚と運動主体感覚は身体性自己意識の様相を表しています。この身体性自己意識は,これまで自己身体の知覚的状態にだけ関与していると考えられてきました。しかし,本研究は,身体性自己意識が自己身体だけではなく自己身体近傍の空間知覚にも影響を及ぼし,身体性自己意識が生起されることで自己の手と物体の間の空間関係に関する知覚表象が立ち上がることを明らかにしました。この空間知覚表象は自己身体周囲の物体に手を動かす際に効率的な知覚表象となっているため,自己身体周囲の物体とのインタラクションにおける身体性自己意識の機能的役割を示しています。本研究の成果は,身体性自己意識の概念の見直しとなることはもちろん,新たなヒューマンインターフェース技術や義手などの身体帰属性における新たな客観的指標などの多くの応用を拓くものであり,認知科学の基礎のみならず応用上もたいへん重要な成果です。


 ※参考図など詳細は添付の関連資料を参照


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