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東大、ムスクの香りを感知する受容体と脳領域をマウスとヒトで発見

2013-12-27

ムスクの香りを感知する受容体と脳領域の決定
産業的に有用な新規ムスク系香料開発にヒント


1.発表者:
 白須未香(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任助教/JST ERATO東原化学感覚シグナルプロジェクト・グループリーダー)
 吉川敬一(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任研究員(当時))
 高井佳基(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 学術支援職員)
 中嶋藍(福井大学医学部医学科高次脳機能領域 学術研究員)
 竹内春樹(福井大学医学部医学科高次脳機能領域 客員准教授)
 坂野仁(福井大学医学部医学科高次脳機能領域 特命教授)
 東原和成(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授/JST ERATO東原化学感覚シグナルプロジェクト・研究総括)


2.発表のポイント:
 ◆トイレタリー製品や香粧品に頻繁に使われるムスクの香りのひとつであるムスコン(注1)という匂い物質(注2)を選択的に認識する嗅覚受容体(注3)を、マウスとヒトで初めて発見しました。
 ◆マウスの1063個の嗅覚受容体のうち、ムスコン受容体は今回発見した受容体を含むたった数個であり、非常に少数の嗅覚受容体で感知されていることがわかりました。
 ◆マウスにおいて、ムスコンの情報は、嗅覚の一次中枢である嗅球(注4)の中の、極めて限局した領域に入力されて高次脳へ伝わっていること、を見出しました。その領域を破壊すると、ムスコンを感じない嗅盲マウスになりました。


3.発表概要:
 日常生活において、香りは生活の質を高める重要な要素のひとつとなっています。多々ある香りの成分の中でも、ムスク系香料は、香粧品に広く用いられる魅惑的な香気をもち、動物種を越えてフェロモン様の生理作用をもつという興味深い性質があります。しかし、ムスク系香料はどのような嗅覚受容体(センサータンパク質)で認識されて、脳のどの部分に情報が伝わるのか、生物学的に解明されていない点が多くありました。
 東京大学大学院農学生命科学研究科の東原和成教授らの研究グループは、ムスク系香料の代表的な匂い物質、ムスコンが、一般的な匂いと比較すると極めて少数の嗅覚受容体で受容されること、また、ムスコンの匂い情報が、嗅覚の一次中枢である嗅球の限局された特定の領域に入力され、高次脳へと伝わることを明らかにしました。本研究で同定されたムスコンを認識するマウスおよびヒトの嗅覚受容体は、特定の構造を有するムスク香料のみを認識します。本研究の成果は、産業的に有用な新規ムスク香料の開発につながると期待されます。


4.発表内容:
 ムスクの香りは、有史以前からインドや中国において、薬や香油等に用いられてきました。この香りは、香調表現用語でMusky(ムスキー、動物臭、温かみがあり肉感的で艶っぽい香調)と表現され、他の香料にはない官能的な匂いを有するため、現代でも、フレグランスから洗剤に至るまで多くの香粧品に用いられています。もともとムスクは、ジャコウジカ、ジャコウネコなどの臭腺(香嚢(こうのう))を腹部から切除し、乾燥することにより得られてきました。ジャコウジカの雄は発情期になると、臭腺から出るこの匂いで自分のテリトリーを示し、雌を呼び寄せるといわれています。またムスクの香りは、ヒトに対して、性ホルモンの量の変化を誘発するなどの生理作用を持つという報告もあります。1926年に化学者レオポルト・ルジチカにより、ジャコウジカの分泌物の主要香気成分が大環状ケトン構造を有することが見出され、ムスコンと名付けられました。しかし、現在はジャコウジカの捕獲が禁止されているため、天然のムスコンは非常に希少となっています。また、工業的側面からみても、ムスコンは合成が非常に困難であったため、香粧品に用いるムスクの香りとして、ムスコンの香気を模した数百種類のムスク系香料(図1)が合成されています。
 匂いを認識する嗅覚受容体(センサータンパク質)をコードする遺伝子は、マウスとヒトの染色体上に、それぞれ1063個と396個あることが知られています。この10年くらいで、ひとつひとつの嗅覚受容体がどの匂い物質を認識するかという研究が進み、受容体と匂い物質は複数対複数の組み合わせで認識されていることがわかっています。しかし、未だに、全体の数十%ほどの受容体の匂いリガンド(注5)が同定されているだけで、ムスコンの受容体は見つかっていませんでした。ムスコンは、産業的有用性をもつだけでなく、さまざまな動物で生理的作用をもち、特徴的な大環状化学構造をもつので、何個くらいの嗅覚受容体で、どのようなメカニズムで認識されて、脳のどの部分に情報が伝わるのか、生物学的にも大変興味がもたれていました。そこで、研究グループはムスコンの受容体を同定し、嗅覚神経系でのムスク系香料の情報処理メカニズムを解明することを目指しました。

 まず、マウスを用いて、嗅覚一次中枢である嗅球上の、ムスコンに応答する糸球体(しきゅうたい)(注6)を探索しました。既存の手法では測定不可能だった領域の匂い応答イメージング手法を確立したところ、内側前部の限局した領域の一部の糸球体のみがムスコンに応答すること(ムスコンの応答糸球体)がわかりました(図2A)。また、免疫組織化学的手法を用いても、ムスコンの匂いに応答したことを示すシグナルが、同様の領域に見られました。さらに、その領域を外科的に除去したマウスはムスコンを感知できませんでした。つまり、ムスコンの匂い信号は、せいぜい数個の嗅覚受容体を介して脳に伝わって認知されていることを示しています。興味深いことに、ムスコンとは異なる構造を持つニトロムスク、多環式ムスク、大環状エステルも、ムスコンの応答糸球体とは異なるものの、嗅球内側前方の領域で受容されます。ムスク系の香り全体を象徴する動物的かつ官能的な香調は、嗅球の内側前部という特定の領域の活性化により生み出されている可能性があります。
 次に、ムスコン応答糸球体に投射している嗅神経細胞に発現している嗅覚受容体を探索したところ、MOR215−1という受容体が見つかりました。実際に、MOR215−1を発現させたアフリカツメガエル卵母細胞やHEK293培養細胞はムスコンに応答を示しただけでなく、MOR215−1を発現する嗅神経が投射するマウスの糸球体もムスコン刺激に対して応答を示しました(図2B)。また、MOR215−1のアミノ酸配列に類似したアミノ酸配列をもつヒトの受容体OR5AN1が、ヒトのムスコンの受容体であることも初めてわかりました。MOR215−1は、生分解性(注7)に優れていて産業界でも重用されている大環状ケトン構造を持つムスク香料のみを認識し、他のムスク系香料やアミン、アルコール、アルデヒド、酸、エステル、ラクトンなどの香料には応答を示しませんでした。MOR215−1受容体の匂い応答特性を利用した香料スクリーニング系を利用することで、産業的に有用なムスク系香料の新規開発につながると期待されます。
 本研究は、文部科学省特定領域研究「セルセンサー」と独立行政法人科学技術振興機構(JST)のERATO東原化学感覚シグナルプロジェクトの研究の一環として行われました。ERATO東原化学感覚シグナルプロジェクトでは、匂い・フェロモン・味物質などの化学感覚シグナルが、どのようにして情動や行動に至るのか、そのメカニズムを分子レベルで解き明かし、「医療」や「健康」、「食」といった産業展開に繋がる成果の蓄積を目指しています。


5.発表雑誌:
 雑誌名:Neuron
 論文タイトル:Olfactory receptor and neural pathway responsible for highly selective sensing of musk odors
 著者:Mika Shirasu,Keiichi Yoshikawa,Yoshiki Takai,Ai Nakashima,Haruki Takeuchi,Hitoshi Sakano,and Kazushige Touhara


 ※以下の資料は、添付の関連資料「参考資料」を参照
  ・用語解説
  ・図1 ムスク系香料の化学構造
  ・図2 マウスの嗅球におけるムスコン応答糸球体の位置


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