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理化学研究所、外国語に母音を挿入して聞く「日本語耳」は生後14カ月から獲得することを発見

2010-10-15

外国語に母音を挿入して聞く「日本語耳」は生後14カ月から獲得
−日本人乳幼児とフランス人乳幼児の子音連続の知覚は発達で変わる−

◇ポイント◇
●生後14カ月でフランス人乳幼児は外国語の子音連続を弁別、日本人乳幼児は不可能に
●「日本語耳」は、語彙や文字を学ぶよりずっと早くから発達
●今後開始される小学校の英語教育への知見にも


 独立行政法人理化学研究所野依良治理事長)は、日本人は生後14カ月までに「abna」のような子音の連続が含まれる単語と「abuna」のような子音連続が含まれない単語の音を区別して聞き取れなくなっていることを発見しました。これは、理研脳科学総合研究センター(利根川進センター長)言語発達研究チームの馬塚れい子チームリーダー、イボンヌ・カオ(Yvonne Cao)テクニカルスタッフ、フランスの国立科学研究センター(CNRS)のE・デュプー教授(Emmanuel Dupoux)、A・クリストフ教授(Anne Christophe)らの共同研究による成果です。

 言語には、母音や子音の組み合わせ方や音節(※1)についての規則があります。日本語の音節は「ku」や「do」のように子音と母音からなるのが原則で、日本人はそれに合わない外国単語に「u」や「o」の母音を挿入して日本語の規則に合うように修正して発音したり、聞いたりしてしまいます。このような、外国語の音を母語の音の体系に合わせて発音したり知覚したりしてしまうことを「修復」といいます。例えば、ハンバーガーチェーンの名前で世界に知られている「McDonald」は、英語では3音節ですが、日本語では母音を挿入して「ma.ku.do.na.ru.do」と修復して発音するため、英語話者にこれが英語の「McDonald」と絶対に通じない単語として有名です。

 研究グループは、生後約8カ月と生後約14カ月の日本人の乳幼児とフランス人の乳幼児各24人(合計96人)に「abna」、「ebzo」などの連続した子音が含まれる単語と「abuna」、「ebuzo」のように母音を挿入した単語を聞かせ、乳幼児が弁別(※2)して聞いているかどうかを調べる実験を行いました。その結果、生後8カ月では、どちらの乳幼児も弁別ができていたにもかかわらず、生後14カ月になると日本人の乳幼児だけが弁別できなくなっていることを突き止めました。これまで修復は、たくさんの語い(彙)を獲得したり、文字を学んだりした結果起こるものだと考えられていました。しかし今回の実験から、この修復が、実は語彙も数少なく文字も知らない乳幼児期からすでに始まっていることが分かりました。これは、個別の母音や子音だけでなく、音の並びの規則(音韻体系)についても乳幼児期からすでに獲得が進んでいることを示す重要な発見で、日本人が外国語の音をうまく聞き分けられない原因の解明にもつながる成果です。

 本研究成果は、米国の科学雑誌『Developmental Science』に近く掲載されます。


1.背景

 日本人は、外国語の音の聞き分けが苦手といわれていますが、その理由には、個別の母音や子音の聞き分けができないだけでなく、音の組み合わせや強勢、韻律(※3)などのさまざまな要素がかかわっています。これまでの研究で、母語に含まれない母音や子音の弁別がどのように発達していくのかが徐々に明らかになってきました。乳幼児は、生後間もなくから、自分の母語にない外国語の音も聞き分けられますが、生後12カ月ごろまでにだんだんと聞き分けられなくなっていくことが知られています。しかし、音の並びの規則がどのように獲得されていくのかについては、よく分かっていませんでした。

 個々の言語には、母音や子音の組み合わせや音節についての一定の規則があります。成人話者は、母語の規則に合わない外国語の単語を聞くと、合うように修正して発音したり聞いたりしています。これを「修復」といいます。日本語には「あ」や「う」のように母音だけの音節や、「こ」や「で」のように子音と母音からなる音節はありますが、子音が連続したり子音で終わったりする音節はないため、日本人は、外国語の単語を聞くと、日本語に合うように「う」や「お」の母音を挿入して発音してしまいます。このような修復を、母音挿入(vowel epenthesis)といいます。つまり、英語では、「but」、「milk」、「strict」は1音節の単語ですが、日本語では、子音の後に母音を挿入して「bat.to」(2音節)、「mi.ru.ku」(3音節)、「su.to.ri.ku.to」(5音節)にして発音してしまいます。このように、日本人の話す英語が外国人に通じないのは、個別の母音や子音の発音の良し悪しよりも、もともとの単語の音節数を変えてしまう母音挿入が大きな理由なのではないかと考えられています。

 また日本人は、外国語の単語を発話するときだけでなく、聞いたときにも母音を挿入して聞いていることがこれまでの研究で分かっています。具体的には、日本人とフランス人の成人に、子音連続を含む「ebzo」のような無意味な単語と、母音を挿入した「ebuzo」のような単語を聞かせると、フランス人は簡単に弁別できるのに対して、日本人は弁別できません。これは、母音がないところに架空の母音を挿入して聞いてしまうためです。英語を聞き分けられる人のことを「英語耳」を持った人と言うことがありますが、「abna」を「abuna」に直して聞いてしまうのは「日本語耳」と呼ぶことができるでしょう。

 このような「日本語耳」がどのように獲得されるのかについてはさまざまな説がありますが、特に日本語の場合には、子音と母音を1文字で表す「かな」を学習した結果だという説が有力でした。


2.研究手法と成果

 今回の研究では、視覚的馴化(じゅんか)、脱馴化法という実験方法を用い、「日本語耳」がいつ獲得されるのかを調べました。この実験は、乳幼児に同じ音声(刺激)を飽きるまで何回も聞かせ、十分に馴化したところで、テスト刺激を聞かせ、その反応から、乳幼児が弁別しているかどうかを知る手法です。具体的には、見るものが何もない薄暗い部屋で、乳幼児を母親の膝に座らせ、前方にモニターだけを置き、ある音声刺激を繰り返し聞かせます。このとき前方の画面にチェッカーボードのような意味のない視覚刺激を出しておくと、乳幼児は、聞こえてくる音声に興味を持って集中して聞いている間、画面をじっと見ることが分かっています。これを何回か繰り返していると、乳幼児は、見飽き始めてきょろきょろと回りを見たり、ぐずったりするようになり、画面をじっと見ている時間が減少します。刺激を最初に聞いたときに、乳幼児が画面を見ていた時間(注視時間)を計算し、それに比べて同じ刺激を聞いたときの注視時間が65%まで減少したら乳幼児が飽きた(馴化した)とみなし、テストに入ります。テストでは、馴化のときに与えた刺激と同じ刺激、異なる刺激をそれぞれ一回ずつ聞かせて注視時間を比較します。異なる刺激を聞かせたときに注視時間が回復しなければ、テスト刺激は乳幼児にとって前と同じ刺激のため飽きていると見なして、馴化に使った刺激とテストに使った刺激を弁別していないと解釈します。しかし、もし注視時間が回復すれば、それは乳幼児が馴化に使った刺激とテストに使った刺激の違いに気がついて興味が回復した(脱馴化)と見なして、刺激を弁別したと解釈します(図1)。

 日本人とフランス人の生後約8カ月と生後約14カ月の乳幼児、各24名ずつ(合計96人)に「abna」、「ebdo」のような子音連続を含む複数の単語と、同じ単語に母音を挿入した「abuna」、「ebudo」のような単語を聞かせ十分に馴化した後、馴化のとき使った刺激と同じ刺激、異なる刺激をそれぞれ一回ずつ聞かせました。生後8カ月のフランス人の乳幼児は、違う刺激を聞いたときの注視時間が同じ刺激を聞いた場合に比べて平均で1.5秒、日本人の乳幼児は平均で0.8秒長くなり、どちらの群も違う刺激のほうを同じ刺激より有意に長く聞いていました。これは、生後8カ月のときは、どちらの国の乳幼児も弁別していたことを示しています(図2)。これに対して、生後14カ月のフランス人の乳幼児は、違う刺激を2.4秒長く聞いていた一方で、日本人は両方の刺激を聞いていた時間がほぼ同じでした。これは、生後14カ月では、フランス人の乳幼児は弁別ができるのに対して、日本人の乳幼児は弁別ができなくなることを示しています(図3)。

 今回の成果は、生後14カ月という、まだ知っている語彙も数えるほどで、もちろん「かな」も知らない月齢の乳幼児が、大人の日本人と同じように子音が連続する単語に架空の母音を挿入して聞いていることを示しています。日本人の生後14カ月の乳幼児は、すでに日本語の音韻体系の規則を修得し、それに合わない単語を日本語に合うように修復して聞く「日本語耳」を持つようになっていることが分かりました。


3.今後の期待

 日本人は、英語の発音や聞き分けが苦手だと言われますが、それは単に学校での英語教育の方法だけの問題ではなく、日本語の音韻体系が英語と大きく違うということも重要な要因です。この研究は、日本人の乳幼児が日本語の音韻体系をどのように獲得していくのかを調べたものです。その過程で、英語のどのような特性が日本人にとっての英語の習得に特に困難になるのかが分かれば、その特性を克服するためにはどのような教え方をすれば良いのかが分かります。今後開始される小学校での英語教育にも参考になる知見です。


< 補足説明 >

※1 音節
 母音を中心とした音のかたまりで、発声の単位。母音の前後に子音が来ることもある。母音で終わる「ba」、「to」などの音節を開音節、子音で終わる「at」のような音節を閉音節と呼ぶが、日本語の音節は例外を除きほとんどが開音節である。また、英語のstrictという単語は一つの母音の前に「str」という子音連続、母音の後に「ct」という子音連続が来る一音節からなるが、日本語ではこのような子音連続は起こらない。

※2 弁別
 さまざまな特性を持つ刺激の、ある特定の特性によって区別すること。例えば「r」と「l」は英語では異なる子音だが、日本語では区別しない。英語話者が発音した「r」と「l」を録音すると、個々の音声は、話者や話速、そのときの体調、情動などによってさまざまに変化する。日本人もアメリカ人も、個々の音声が男性の声か女性の声か、高い声か低い声かなどいろいろの尺度で区別して聞くことができる。その中で、特定の特性、例えば「r」と「l」という「異なる子音であるかどうか」によって音声刺激を区別して認知できることを弁別という。アメリカ人は、「r」と「l」が弁別できるが、日本人は弁別できないというのは、この「異なる子音であるかどうか」という基準で区別して聞くことができるかどうかを指している。

※3 韻律
 話すときの抑揚やリズム、強勢のこと。プロソディーともいう。


 ※図1〜3は関連資料を参照

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