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東北大、腎臓尿細管の上皮細胞の大きさを制御する新たな分子を同定

2013-11-26

細胞の大きさを制御する新たな分子を同定!
〜腎臓肥大を伴う嚢胞性腎疾患の新たな治療法への応用期待〜



【ポイント】
 ・腎臓尿細管は大きさの揃った一層の細胞(上皮細胞)によって成り立つ
 ・腎臓尿細管の上皮細胞の大きさを制御する新たな分子を同定
 ・この分子の機能を破綻させると細胞の大きさが肥大
 ・腎臓肥大を伴う嚢胞性腎疾患のモデルマウスでこの分子の発現異常が観察


【概要】
 国立大学法人東北大学は、腎臓尿細管の上皮細胞の大きさを制御する新たな分子を同定しました。これは、東北大学大学院生命科学研究科の安田貴雄博士(日本学術振興会特別研究員)、福田光則教授による研究成果です。
 胃や腸の消化管、腎臓尿細管は、単層上皮と呼ばれる大きさの揃った一層の上皮細胞が互いに密着し合うことによって成り立っています。このような上皮細胞は、隣り合った細胞や細胞外マトリックスと接する膜領域(=側底膜)(*1)といずれとも接しない膜領域(=頂端膜)(*1)を持ち、それぞれが異なる役割を果たしています。例えば、腎臓尿細管の頂端膜にはアクアポーリン2と呼ばれる水チャネルが特異的に存在し、原尿からの水の再吸収を行っています。二つの膜領域は物理的に隔てられているため、それぞれの膜領域で働くタンパク質は細胞内小胞輸送(*2)と呼ばれる仕組みによって、別個に輸送されています。わたしたちの研究室では、これまで頂端膜への小胞輸送を制御する分子として低分子量Gタンパク質の一種Rab27(*3)とその結合分子「Slp2−a」(*4)を同定しています。Slp2−aは比較的分子量の大きなタンパク質で、小胞輸送を行う際に重要なRab27と結合する部位以外にも、機能未知の部位が存在しており、それらの上皮細胞における役割はこれまで明らかではありませんでした。
 今回、研究グループはイヌの腎臓尿細管由来の細胞株を用いて、Slp2−aに上皮細胞の大きさを制御する新たな機能があることを突き止めました。Slp2−aは細胞膜に存在しており、その機能を破綻させると細胞の大きさが肥大することが明らかになりました。また、腎臓肥大を伴う嚢胞性腎疾患(*5)のモデルマウスでSlp2−aの発現異常が観察されたことから、今後Slp2−aの下流のシグナルをターゲットにした嚢胞性腎疾患の新たな治療法への応用が期待されます。
 本研究成果は、英国の科学雑誌『Journal of Cell Science』の電子版に間もなく掲載される予定です。


【背景】
 腎臓は、血液からの老廃物や余分な水分のろ過及び排出(尿)を行う重要な器官です。腎臓の尿細管は、糸球体から集合管に至るまでの原尿の通り道となる管(チューブ)状の組織で、原尿成分から水分や無機塩類などの再吸収を行ないます(図1上段左側)。腎臓尿細管は、単層上皮と呼ばれる大きさの揃った一層の上皮細胞が互いに密着し合うことによって成り立っています。尿細管の上皮細胞を取り巻く細胞膜は、隣り合った細胞や細胞外マトリックスと接する膜領域(=側底膜)(*1)といずれとも接しない膜領域(=頂端膜)(*1)の二種類から成り立っており、それぞれが異なる役割を果たしています。二つの膜領域は密着結合と呼ばれる構造物によって物理的に隔てられているため(図1上段右側)、それぞれの膜領域で働くタンパク質は細胞内小胞輸送(*2)と呼ばれる仕組みによって、別々に輸送されています。例えば、頂端膜への小胞輸送には、低分子量G タンパク質Rab27(*3)とその結合分子「Slp2−a」(*4)が重要な役割を果たすことがこれまでの研究で明らかになっています。腎臓が正しく機能を発揮するためには、個々の上皮細胞内での細胞内小胞輸送に加えて、大きさの揃った上皮細胞を正しく配置し、管状の構造を取ることが重要です。これらの機構の破綻は腎臓機能の障害(すなわち、腎疾患 ⇒人工透析の必要性)に直結することから、その仕組みの解明は生物学のみならず医科学において重要な研究課題と考えられますが、その詳細は未だ十分に解明されていません。


【研究成果】
 本研究ではまず、腎臓尿細管上皮細胞の頂端膜への小胞輸送に関与する分子として同定された「Slp2−a」の機能解析の過程で、Slp2−aノックダウン細胞の大きさが通常よりも肥大することを偶然見出しました(図2)。次に、Slp2−a分子に存在する機能未知の部位の解析(結合分子の探索ならびに下流のシグナルの同定)を行い(図3)、Slp2−aによる腎臓尿細管上皮細胞の大きさ制御の分子機構の解明に取り組みました。さらに、腎臓肥大を伴う嚢胞性腎疾患(*5)のモデルマウスpcy(*6)に着目し、Slp2−aの機能破綻と疾患発症との関連性を検討することにより(図4)、以下のことを明らかにすることができました。

 1. Slp2−aをノックダウンしたイヌの腎臓尿細管由来の細胞株(MDCK II細胞)は、野生型の細胞に比べ細胞の面積が増大している。細胞の肥大は、単一の細胞培養(未分化の状態)で特に顕著であるが(図2左上段)、上皮細胞様に分化させた状態でも観察される(図2右上段)。

 2. Slp2−aノックダウン細胞に野生型のSlp2−a分子を戻してやると、細胞の肥大の症状がレスキューされる。興味深いことに、Rab27 との結合能を部位特異的なアミノ酸置換法により欠損させ、小胞輸送を促進できないSlp2−a変異体(E11A/R32A)をSlp2−aノックダウン細胞に戻しても、細胞の大きさは回復する(図2下段)。すなわち、Rab27 を介した小胞輸送の機能とは無関係にSlp2−aは細胞の大きさを制御していると考えられる。

 3. Slp2−a分子に存在する機能未知の部位(C2Bドメイン)に細胞の大きさ制御に関わることが知られているRap1GAP2が結合する(図3左側)。野生型の細胞ではSlp2−aがRap1GAP2を細胞膜上にリクルートするが、Slp2−aノックダウン細胞ではRap1GAP2が細胞膜に局在できないため(図3右側)、細胞の大きさ制御に関わるRapという分子の機能を正しく調節できない。

 4. Slp2−a → Rap1GAP2 → Rapのシグナル経路の下流では、細胞膜とアクチンを結ぶERMタンパク質の一種ezrinが細胞の大きさ制御に機能する(図4左側)。Slp2−aノックダウン細胞では、ezrinが通常よりも活性化された状態(リン酸化の亢進)にあり(図4中央)、細胞の肥大を促進するが、ezrinを薬理学的に不活性化(リン酸化の減少)すると細胞の大きさがレスキューされる(図4右側、矢印)。

 5. Slp2−aはノックダウンだけでなく、過剰発現によっても細胞の肥大が引き起こされる(過剰量のSlp2−aによりRap1GAP2の細胞膜への移行が阻害される)(図5)。Slp2−aの発現量は細胞の大きさ制御に重要と考えられる。

 6. 腎臓肥大の症状を示す嚢胞性腎疾患のモデルマウス(pcy)においては(図6左側)、Slp2−aとその下流因子であるezrinの過剰な活性化が観察される(図6中央)。特に、Slp2−aと活性化ezrinは腎嚢胞に顕著に発現が観察される(図6右側、矢頭)。

 以上の結果から、Slp2−aにはRap−ezrinのシグナル経路を調節することにより、腎臓尿細管上皮細胞の大きさを制御する新たな機能があることが明らかになりました。Slp2−aを欠損する細胞(あるいは過剰に発現する細胞)では、Rap1GAP2 が細胞膜上に局在できないため(図3及び図5)、適切なRap分子の不活性化が起こらず、ezrinが活性化(リン酸化)されるため、細胞が肥大することが明らかになりました(図4)。興味深いことに、腎臓肥大を伴う嚢胞性腎疾患モデルマウスでSlp2−aのタンパク質発現量の亢進が観察され、腎嚢胞部位でのezrinの異常な活性化が起こっていました。


【今後の展開】
 今回の研究により、『Slp2−aが尿細管上皮細胞の大きさを制御する新規分子』であること、そして『嚢胞性腎疾患の病態との関連性』が強く示唆されました。嚢胞性腎疾患による腎臓肥大はやがて腎障害を引き起こし、人工透析が必要となることから、その治療法の開発は重要な課題となっています。しかし、嚢胞性腎疾患の根本的な治療法は未だ確立されていません。嚢胞性腎疾患では恒常的に抗利尿ホルモン・バソプレッシンの分泌量が亢進されており、病態発症の原因の一つと考えられることから、これまでバソプレッシン受容体(V2R)をターゲットとした創薬が行われてきました。しかし、V2Rの阻害剤であるトルバプタン(図7)は口の渇き、頻尿などの副作用を示すため、新たな治療薬の開発が期待されています。最近、ニーマン・ピック病 C型治療薬であるミグルスタット(図7)の類似化合物が、嚢胞性腎疾患のモデルマウスの腎臓肥大を抑える効果があることが報告されましたが、その詳細な仕組みは明らかではありませんでした。ミグルスタットは細胞膜に存在する脂質の一種・セラミドにグルコースを付加する酵素(グルコシルセラミド合成酵素)の阻害薬として知られており、細胞内セラミド量の増加を引き起こします。セラミドはezrinの脱リン酸化酵素(PP1/2A)を活性化することから、ミグルスタットによりezrinの不活性化(脱リン酸化)が起こると考えられます(図4右側)。すなわち、腎嚢胞で活性化しているezrin分子(図6右側、矢頭)を阻害することができれば、腎臓肥大を抑えることが可能ではないかと考えられます。ezrinの特異的な機能阻害剤の探索は世界的に見てもまだ始まったばかりですが、今後、ezrinやその上流因子Slp2−aを新規ターゲットとした嚢胞性腎疾患の治療法への応用が期待されます。


 ※「図及び説明」・「用語解説」は、添付の関連資料を参照


【論文題目】
 Yasuda,T.&Fukuda,M.(2013) Slp2−a controls renal epithelial cell size through regulation of Rap−ezrin signaling independently of Rab27.J.Cell Sci.,in press
 「Slp2−aはRab27非依存的にRap−ezrin シグナルを制御することにより腎臓上皮細胞の大きさを制御する」


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