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理化学研究所、ストレスに対する防御応答のバランスを保つ機構の一端を解明
ストレスに対する防御応答のバランスを保つ機構の一端を解明
−タンパク質合成を調節する「Hfq」の分子機構が明らかに−
<ポイント>
・「Hfq」と有害な過酸化水素を分解する「カタラーゼ」が複合体を形成することを発見
・Hfqの働きを制御し、ストレス応答タンパク質の合成量を調節する新規機構を発見
・不明だったHfqが関与するタンパク質制御機構解明へ重要な知見
<要旨>
理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、生物が持つストレスに対する防御応答のバランスを保つ機構の一端を、大腸菌を用いた実験によって発見しました。これは、理研放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)利用技術開拓研究部門米倉生体機構研究室の米倉功治准主任研究員、渡邊真宏特別研究員(現 産業技術総合究所 研究員)、影山裕子テクニカルスタッフ、生物試料基盤グループの眞木さおり研究員らの研究グループによる成果です。
生物は、いろいろなストレスに適応するために必要なタンパク質を合成して防御応答を行い、生きのびています。ストレス環境下の細菌では、Hfq[1]と呼ばれるタンパク質が、RNAと結合することでストレス応答タンパク質の合成を制御しています。Hfqの仲間は、細菌からヒトまで広く存在し、いずれもRNAと結合してその構造を安定化させる重要な機能を持っています。しかし、Hfqが関与するタンパク質の合成制御の分子機構について、ほとんど分かっていませんでした。
研究グループが、ストレスを与えた環境で大腸菌を育成したところ、有害な過酸化水素を分解する酵素「カタラーゼ[2]」とHfqが大きな複合体を形成することを発見しました。この複合体の構造を大型放射光施設「SPring−8[3]」で解析したところ、HfqのRNAとの結合に関与する部位にカタラーゼが結合していることが分かりました。細菌内に多量のカタラーゼが存在するときにできるこの複合体により、HfqはRNAと結合できなくなり、カタラーゼを含むストレス応答タンパク質の必要以上の合成が抑制されていることが分かりました。これは、生体内にHfqの働きを制御して、タンパク質の合成量を調節し、ストレスに対する防御反応のバランスを保つ機構があることを示しています。この成果は、Hfqやその仲間のタンパク質が関わる多くの生命反応への理解を深めるとともに、得られた構造情報を基にタンパク質合成制御機構の生物工学への応用につながることが期待できます。
本研究成果は、科研費補助金(課題番号:20370064)の助成を一部受けて行われたもので、成果は米国の科学雑誌『PLOS ONE』(11月6日付け:日本時間11月7日)に掲載されます。
<背景>
生物は、温度変化、活性酸素、紫外線などのストレスに晒されると、いろいろなストレス応答タンパク質の合成量を調節して、生きのびるため防御の応答を行います。例えば、細菌を富栄養環境で育てると、エネルギー代謝が増え、活性酸素である過酸化水素が大量に発生し細胞にストレスを与えます。この時、細胞内では、カタラーゼという過酸化水素を分解する酵素が増産され、過酸化水素は速やかに水と酸素に分解されます。
タンパク質は、DNAの塩基配列がメッセンジャーRNA(mRNA)に写しとられ(転写)、順番にアミノ酸が重合し合成(翻訳)されます。この過程で、Hfqと呼ばれるリング状のタンパク質と小さなRNA分子(sRNA)[4]がmRNAと相互作用し、mRNAの安定性とタンパク質への翻訳活性の調節を行います。Hfqの仲間はヒトから細菌まで広く存在し、いずれもmRNAやsRNAなどのRNAと結合してその3次元構造を安定化させる機能を持っています。
ストレス環境下では、HfqとsRNAは、RNA合成酵素[5]のシグマ因子[6]の1つRpoSの配列情報が転写されたmRNAと作用し、RpoSの合成を促進させます。合成されたRpoSはRNA合成酵素に結合し、DNA上でカタラーゼの遺伝子を認識して、そのmRNAの合成を促します。その結果、カタラーゼのmRNAの翻訳が進み、カタラーゼの合成量は上昇します。カタラーゼは、有害な過酸化水素を分解するため、細胞内の環境の恒常性はストレス環境下でも保たれることになります。
このように、Hfqは、カタラーゼを含むさまざまなタンパク質合成に関与していることは知られていますが、その詳細な分子機構については、ほとんど分かっていませんでした。
<研究手法と成果>
研究グループは、ストレスを与えた環境で大腸菌を生育し、ストレス環境下において多量に合成されるタンパク質を同定しました。その結果、カタラーゼとHfqの合成量の増加が確認できました。得られた試料を電子顕微鏡で観察したところ、カタラーゼにHfqが結合した大きな複合体が見つかりました(図1)。この複合体の結晶を作成し(図2)、大型放射光施設「SPring−8」のX線ビーム(ビームラインBL32XU)を用いてその立体構造を解析しました(図3)。得られた構造から、HfqにあるRNAとの結合部位のアミノ酸に、カタラーゼが結合し、Hfq−カタラーゼ複合体が安定化されるということが分かりました。また結合に関わるアミノ酸の数は多くなく、両者の結合力はそれほど強くないことが示唆されました。
過酸化酸素が多量に生成されるストレス環境下では、カタラーゼの合成が促進されることが分かっています。今回の実験から多量のカタラーゼが細胞内に蓄積すると、Hfqとの複合体が形成されることが分かりました。これにより、HfqはRNAと結合ができなくなり、タンパク質の翻訳活性が抑制され、結果として、カタラーゼを含むストレス応答タンパク質の合成が抑制されます(図4)。一方、細胞分裂や細胞内の代謝作用で、合成されたタンパク質の濃度は時間の経過とともに下がっていきます。Hfqとカタラーゼの結合は強くなく、どちらかもしくは両方のタンパク質の量が減ると、Hfqはカタラーゼから外れるか、新しい複合体の形成が抑えられ、タンパク質の合成を調節するHfq本来の機能を発揮すると考えられます。
これらの結果は、Hfqの機能に関与する分子機構の一端を明らかにしただけでなく、ストレス応答タンパク質自身に、Hfqと複合体を形成することで自身の合成量を調節する機構があることを示しています。すなわち、生体内にはHfqの働きを制御し、ストレス応答タンパク質の合成量を調節することでストレスに対する防御反応のバランスを保つ機構があると言えます。
<今後の期待>
生物がさまざまな環境下で生きのびるには、ストレスに対する防御応答が非常に重要です。ストレス環境下で、Hfqが関与するタンパク質の翻訳調節は広範にわたりますが、その分子機構や他のタンパク質と結合した際の立体構造は明らかになっていませんでした。今回の成果により、Hfqとその仲間のタンパク質が関わる多くの生命活動への理解が深まるとともに、得られた立体構造の情報を基にしたタンパク質合成制御機構の生物工学への応用などが期待できます。
<原論文情報>
・Koji Yonekura, Masahiro Watanabe,Yuko Kageyama,Kunio Hirata,Masaki Yamamoto and Saori Maki−Yonekura"Post−transcriptional regulator Hfq binds catalase HPII:crystal structure of the complex",PLOS ONE,2013,doi:10.1371/journal.pone.0078216
<発表者>
独立行政法人理化学研究所
放射光科学総合研究センター(http://www.riken.jp/research/labs/rsc/)
利用技術開拓研究部門(http://www.riken.jp/research/labs/rsc/photon_sci/)
米倉生体機構研究室(http://www.riken.jp/research/labs/rsc/photon_sci/biostruct_mech/)
准主任研究員 米倉 功治(よねくら こうじ)
※補足説明などは、添付の関連資料を参照